追憶 三十と一夜の短篇第38回
白川津 中々
第1話
香山とは友達だった。
互いに肩を組んでは馬鹿な話で盛り上がったり、嫌な奴の悪口を並べて腹を立てたりしていた。それがクラスが変わって疎遠となり、中学に上がる頃にはすっかりと話をしなくなっていった。二人の記憶は心の片隅に仕舞われていたのだった。
その消えゆくはずの思い出が蘇ってきたのは先日の事である。高校へ入学し、クラス内で自己紹介をする際、俺はかつての友の名を聞いたのだった。
「……香山涼です……よろしくお願いします……」
覇気なく小さな声で名乗る香山は暗く陰気だった。一際大きくはしゃぎ、快活に野を駆けていたあの面影はない。いったいどうしてしまったのか。俺と離れてしまった期間に何があったのか。不幸を煮詰めて固めたような香山の変貌に、俺は戸惑うばかりであった。
「香山……」
俺は香山に声をかけようとした。だが……
「香山君。高校でもよろしくな」
それよりも早く、磯村という不良が、香山に蹴りを入れたのだった。
「なにを……」
唖然とし間抜けな疑問を放るも誰も答えなかった。いや、もしかしたら親切な人間が耳打ちをしてくれたかもしれないのだが、俺は香山が蹴られ続けているのを眺め、自失に陥っていたのだった。音も臭いも、何も感じず、ただ、香山がいたぶられているのを見ていたのだ。
香山の目に光はなかった。薄い唇を噛み締め、耐えていた。俺はどうすることもできず教室を出て、廊下を彷徨い時間が過ぎるのを待った。
後に聞いた話だが、香山は中学に上がってから虐めに遭っていたという。主犯は磯村で、理由は「なんとなく」だそうだ。
香山は今日も酷く虐げられている。また、彼を殴り、蹴り、罵り、蔑む人間は磯村だけに留まらず、クラスのほぼ全員が虐めに加担するようになっていた。
それは、俺はも例外ではなく……
「死んでしまえ!」
俺は汚く吐き捨て香山の横腹を踏みつけた。空気と悲鳴が漏れ、それを「豚みてぇだ」とみんなで笑った。
香山の制服には俺の足跡が付いている。
俺の足跡が、香山との思い出を薄汚く上書きしていく。
あぁ……香山……すまない……すまない……
俺は内心で詫びながら香山の腹を踏み続け、その都度笑い声を上げた。彼との記憶を、美しい思い出を、足跡で消していくように、何度も踏みつけた。
何度も、何度も、何度も、何度も。
「藤君……」
香山が俺の名を呼んだ気がした。しかし、それでも俺は、笑いながら……
追憶 三十と一夜の短篇第38回 白川津 中々 @taka1212384
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