第2話 夜襲③

 しん、と静まり返った宿場の村。表通りには人っ子一人見当たらず、月明かりによって出来た影さえも動かない。時が止まったようだと思った。人の目もない、事を起こすなら今だ。宿屋の一室の窓から外の様子を見つめていたが、やがて壁から背を離し行動を開始した。


 そっと部屋の扉を開けて、廊下の様子を確認する。すでに女将は眠りについているようで、階段の踊り場から見える一階のフロントも照明が消えていた。廊下はただひたすらに暗闇と静寂が漂っている。

 扉の隙間から身体を滑り込ませ廊下に出た。足音を消して目当ての部屋の扉を探す。自分と同じフロアの角に位置する二部屋。あの一行はここに寝ているはずだ。

 ドアノブに手をかけてみた。何の引っかかりもなく扉は空いた。鍵をかけていなかったらしい、何と不用心な事か。忍び込もうとしている自分が言うのもおかしな話だが。


 部屋の奥に通りに面した窓があり、その両脇に簡素なベッドが二つ並んでいる。二人の男が安らかな寝息を立てていた。

 忍び足で男の枕もとへと移動する。左手側で眠る男はまだ若い少年だった。目を引くのは左目にあてがわれている黒い眼帯だ。寝る時まで付けていて邪魔ではないのか。しかし厳つい眼帯とは裏腹に、その寝顔は実に呑気なものだった。寝像も悪く上に被っていたシーツはすっかりはぎとられて足元に丸まっている。


 こいつは問題じゃない。厄介なのは、―――


 今度は右手側で眠る男を凝視した。少年とは逆に、身体を崩すことなく仰向けに寝ている。気味の悪いくらい姿勢が良い。

 一行がもう一人の女性と共に街道を移動しているのを発見した辺りから、彼らを尾行していた。この村に着いてからも、彼らと同じ宿屋に部屋を取り、しばらく動向を探っていたのだが、この男はそのどちらでもこちらの気配に気づいた。最初は泉の近辺、その時はまさか気づかれるとは思わなかったので、慌てて茂みの方に隠れてしまい、男の素性を知る事は叶わなかった。二度目は夕食をとっていた酒場だ。やや距離の離れた席にいたはずだが、この男だけがこちらの視線に気づいていた。鋭い眼光を店全体に行き渡らせ、己を監視する者の様子を探ろうとしていた。


 只者ではない。まずはこの男から片付けてしまわなければ。


 小さな呼吸を一息つくと、右腰につったサーベルを静かに抜いた。刀身に月明かりが反射し、光が揺らめく。逆手に持ちかえ、ゆっくりと柄を目線の高さまで持ち上げると、男の心臓部に向けて一気に振り下ろした。

 ―――ガッ、と固いものにあたる感触。驚いて目を見開くと、先ほどまで横たわっていた場所に男の姿はそこに無く、振り下ろされたサーベルはベッドのマットレスに深々と突き刺さっていた。一瞬の速さでわからなかったが、この時男はベッドと並行の状態で、上半身のみを九の字に折り曲げ刃を回避し、足のばねだけでベッドから飛び降りていた。

 どこに―――!まさか目の前で男の姿を見失うとは思いもよらず驚愕していると、右の視界の隅で黒い何かが横切るのが見え、本能で反対方向へと飛んだ。

 一瞬遅れて重い一撃が肩にかかる。とっさに後退したためそれほど衝撃は無かったが、恐るべき速さと威力に戦慄した。すかさずもう一方の腰に携えていたサーベルを抜き放つ。右手に構えたサーベルで前方を薙ぐも、虚しく空を切った。その下方で、やや低姿勢に構えていた男が、がら空きになった胸に飛び込んでくる。間近に迫った銀の鋭い双眸が月明かりを反射して揺らめき、その奥に目を見開いて驚愕した自分の姿が映り込んだ。

 一瞬、その銀の光に目を奪われてしまう。が、勢いよく喉を掴まれ後ろに押し倒された。サーベルが手から離れる感触があり、そのまま後方のベッドに倒れ込んだ。顔の横で最初に自分が付きたてたサーベルがギラリと光り息を飲むと、手首を男の両膝で拘束され身動きが取れなくなってしまった。下半身が中途半端にベッドに乗り上げているため足を動かすこともできない。それでも何とか反撃しようともがいていると、


 ―――カチリ


 冷たい金属音が小さく響いた。眉間に重い金属が付きつけられる。―――拳銃だ。


「……てめぇ、何者だ」


 低く静かな声が頭上から降ってきた。月明かりを灯した鋭い双眸が、拳銃よりも重く冷ややかな目でこちらを見下ろしている。

 その瞬間、心の中で声にならない悲鳴を上げた。身動きが取れない事よりも、拳銃を突きつけられている事よりも、この男の存在が本能的な恐怖を煽った。もう死を覚悟する他に無い―――、そう思った時、突然部屋の明かりが灯り視界が明るくなった。


「―――ヴェルナー!どうした、何があった!?って、……え?」


 男の背後で寝ていた少年が慌てた様子で起きてきた。少年が明りを付けたのだろう。

 明るくなった室内で、男と至近距離で目が合った。


「……は?……女?」


 今度は男の方が目を見開き驚愕した様子でこちらを凝視している。先ほどの低く気圧されるような声とは違い、呆けた声で呟いた。

 しばらくの間、どちらとも動かない沈黙の状態が続く。それを破ったのは部屋の扉が勢いよく開かれる音だった。


「ヴェルナー!バズ!どうしたの!?」


 飛び込んできたのは、彼らの同行者であった女性だった。


「なんだか大きな物音がしたから―――、ってまぁ!」


 女性はこちらの存在に気付くと、口を手で覆った。


「アイリ!?あなた一体何をしてるの!?」


 女性の言葉に、二人の男も拘束されている女を驚いた様子で見下ろしていた。

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砲火の記述者-unknown notes- 三木桜 @miki-sakura

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