第2話 夜襲②
日が落ちる少し前に、街道沿いの小さな村に辿りついた。
「私は御者の宿舎の方に宿泊する事にします。明日の出発は何時にしますか?」
ここまで運送してくれた御者が明日の段取りについて尋ねてくる。朝方には出発したいと伝えると、御者はではその頃に門の前に馬車を付けておきますと言った。
「それから、この村は旅人が多く集まる村でして小さいながらも良い宿場が整っております。治安もいい方ですが、時々ぼったくりも発生しますので宿を選ぶ際はお気を付け下さい。宿泊客を狙った強盗なんかも旅人が集まる村では多いです」
まあ、と御者はちらりとヴェルナーを見る。
「軍人さん相手にそんな馬鹿な事を考える輩はいないでしょうが、くれぐれもご用心を」
そう言って御者は、では明日にと馬屋の宿舎の方へと去っていった。
残されたヴェルナーたちも宿を探すため村の中を歩いた。手頃な値段で人当たりの良さそうな女将が経営している宿を見つけると、二部屋借りたいと申し出て手続きを済ませる。女将はヴェルナーを見て一瞬怪訝な顔をしたが、すぐに笑顔を取り持つとキーを二本差しだした。あてがわれた部屋は宿屋の二階の角部屋とその隣だ。
「これ脱いだ方がいいかもなぁ」
部屋に入り一度荷物などの整理をしている最中、ヴェルナーは自分の姿を見下ろして呟いた。
「……まぁ、見るからに軍人ってわかるもんな。ここじゃあまり良い顔されないみたいだし。というか、さっき女将さんが変な顔してたのって、その服じゃなくてヴェルナーの悪人顔にたいしてじゃ―――ぶっ!」
ヴェルナーの隣のベッドで荷物を整理していたバズの顔面に、思い切り枕を投げつけてやった。部屋はヴェルナーとバズが相部屋、もう一方はカテラが使用している。何かあった時はお互いすぐに駆け付けられる配置だ。
「宿場村といっても小さな村だし。御者のおっさんはああ言ってたが、あまり威圧感与えすぎるのも良くないな。揉め事は出来るだけ避けたい」
そう愚痴ると、ヴェルナーは上に羽織っていたジャケットだけ脱いで自分のベッドに投げ出した。もう日は落ちたがそれほど肌寒くはないのでこのままで大丈夫だろう。
「さて、ひとまず腹ごしらえにでも行くか」
軽装備に身支度を整え宿のロビーに向かうと、バズも鼻をさすりながらその後を追ってきた。
◆
街道沿いに位置するこの村は今でこそ旅をする商人や旅団に対しての第三次産業が発達しているが、元々は農業や林業を主流とした村らしい。特に林檎によく似たビクという果物が特産品らしく、飲食店にはビクのソースを使用した煮込み料理や、果肉を一口大に切って山菜や加工肉と合わせた炒め物、果実酒等がメニューに並んでいた。それらを一通り注文すると、三人は旅の一日目を平穏に終えられたに乾杯し料理を食べ始めた。
「うまい!ここの料理は当たりだな」
よほど腹がすいていたのか、バズは注文した料理を豪快に食べ始めた。
「あんまりがっつくなよ、俺らの分無くなるだろ」
呆れた目でバズを見ながら果実酒を煽っていると、横からクスクスと笑い声が聞こえた。
「ふふ、食べ盛りなのね。旦那もよく食べる人だったわ」
「旦那さん……確か、お偉方の将校殿であったとお聞きしましたが」
昼間泉で話を聞いた時は娘や軍事学校の事ばかり話していたが、旅を始めてからカテラの夫については一度も触れていなかった。
「そういえば、メテルリオンを目指そうと決めたのは旦那さんの遺言とおっしゃっていましたよね?遺言というのはどういう内容だったんです?」
何気なく聞いたつもりだったのだが、カテラはとたんにはっと目を見開き、そして困ったように睫毛を伏せてしまった。
「すみません、俺何か悪い事言ってしまったようで」
「いえ……、そうね。いずれはきちんと話さなければならない事だと思っているわ」
それはつまり、何故カテラがメテルリオンに向かう事を決意したのか、亡くなった夫との間に何があったのかを話すという事だ。護衛としてカテラに付いて行くヴェルナーには、その理由を知る権利がある。しかし、カテラの気落ちした様子を見るとどうにも追及する気が憚られてしまう。
「無理に話そうとしなくても結構ですよ。俺は任務通りあなたをメテルリオンまでお連れする、それだけですから」
あまり気負わないように軽い口調で言うと、カテラも弱弱しい笑顔ではい、と返した。その後も変わらず、バズが手当たり次第に料理をかき込み、ヴェルナーがそれをたまに注意して、その様子をカテラが横で微笑ましそうに眺めている。こうして一日目の夕食は何事も無く過ぎていった。しかし、食べ始めた時とは異なる重苦しい空気がどことなく漂っていたのを肌で感じていた。そしてもう一つ、昼間泉の傍で一瞬感じた視線が、また一度ヴェルナーを射したのを見逃さなかった。
◆
夕食と簡単な買い物を終え、宿に戻った一行は共同の洗い場で湯をもらい、早々に床に着いた。明日も早い。基本は馬車での移動だが、今日のように途中で寝てしまうことの無いように、身体を休めておかなければ。しかし、どうしても夕食時のカテラの様子が気になってしまう。そして、度々己らに向けられる怪しげな視線も。あらゆる不安が頭の中をぐるぐると駆け廻りどうにも寝つけずに何度も寝返りを打つ。すると、隣のベッドでも同じように何度も寝返りを打つ音が聴こえた。
「……寝てないのか」
返事は無いかと思ったが、一拍遅れてもごもごとした返事が返ってきた。
「うん、なんか寝れない。ここ静かすぎて」
そういえばグリアモはいつも真夜中を過ぎても外は酔っ払いで騒がしかった。ここは行儀のいい奴らばかりなのか、窓の外からは物音ひとつ聞こえない。
「なあ、ヴェルナー」
「ん、なんだ」
「カテラさんの旦那って、軍人だったんだよな」
どうも夕食での一件はバズにとっても気になる事だったらしい。
「ああ、連隊長を務めたほどの将校だったらしい。戦争で亡くなったらしいがな」
「それって、イシルとの戦争か?」
「ああ、そうだろうな」
「どんな戦争だったんだろうな」
「……俺も講義で習った程度の事しか知らないけど」
―――イシル。オルセン帝国の東端に隣接する新興の共和国。基は帝国の領地に属するイシル族という民族が暮らす異民族自治区であったが、三十年ほど前に、帝国からの庇護を捨て独立を宣言。以来、それを承認しないオルセン帝国と幾度となく戦争を行っては、停戦し、また戦争を始めるという繰り返しだ。
最も激しかった戦争は十五年前のことだ。両国の国境に位置するイシルの領地ジョアンナを征服する帝国に対し、共和国側は新兵器を投入することで帝国を圧倒した。更には戦線を押し上げ、その戦場はメテルリオンにまで肥大する。
「結果、帝国はメテルリオンで共和国軍を食い止め国境を維持。そのまま停戦に入り事態は収束したが、戦場となったジョアンナとメテルリオンには今でもその爪跡が残っている。そして今俺たちが向かっているのがそのメテルリオンだ」
戦争の経緯を説明している間、バズは一言も発することなく黙っていた。妙に静かなので寝てしまったのかと思ったが、しばらくしてぽつりと声が返ってきた。
「……どうして、カテラさんはそんなとこに行きたがるんだ?」
「―――さあ、それは本人が話してくれないとわかんないことだろ」
「なあ、ヴェルナー」
眠いからだろうか、バズは苦しそうにヴェルナーに疑問を投げかける。
「……なんで、戦争なんて起こるんだ?」
単純に聞こえて、何よりも難解な質問だと思った。ヴェルナーはまた寝返りを打つとあえてぞんざいにその質問に答えた。
「戦争なんてのは、政治家が自分の面子を守るために始めるもんだろ。軍人はそれにそれらしい大義を立てて乗っかるだけだ」
「……なんだよそれ」
「そういうもんなんだよ。結局俺たちがやってるのは、敵味方問わない非情な殺し合いと無益な腹の探り合いだ」
そういえば、いつのことか似たような事を言っていた人がいた。あの時は理解できなかったが、自分がその立場に立った今、その意味が少しはわかる。
「俺には……わからない……よ」
バズの言葉が、だんだんと途切れ途切れになっていく。
「人が……死ぬの、は…………誰かが……、」
やがて、背の向うから規則正しい寝息が聞こえてきた。自分もそろそろ寝なくては。ヴェルナーも眠りにつくために、冴えた目を無理やり閉じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます