第10話 宿場町シオンメリア―1
朝の教会の地下にて。
「ゼノン団長! ルサンチマンの居場所を特定しました!」
「どこだ!」
朝食を頬張っていると、隣の部屋が急に騒々しくなる。
当然だ、憎き敵の在り処が分かったからだ。
俺とレイスも隣の小部屋に駆け込むと、団員が机いっぱいに世界地図を広げていた。
団員が、ある一点を指さす。
「ここです! 場所は……伝承都市ルリ!」
世界地図で見ると、王都から北に位置する所にある。
Hの形をした世界なので、一画目の初めに位置すると言うと分かりやすい。
王都ヒーアートは一画目の半分、三画目の初めにある。
ゼノンは顎をさすりながら、口を開く。
「伝承都市ルリか。歩いていけば、二日ほどだな。ルートは、宿場町シオンメリアを通って北上するしかないな」
「確か、この時期は雨期ですよね。雨具を手配しておきます」
「全員分はいらない。行くのは、俺と殿下とエランの三人だ」
それを聞いた部下三人は、ゼノンに抗議した。
「私たちも協力させてください!」
「団長! 頼ってくださいよ!」
「だめだ。万一の場合、誰が真実を伝えられる? 誰にも忘れられた時が、この国の終わりだ。留守は任せたぞ」
「団長……」
部下は仕方なく聞き入れたようで、頭を垂れながら買い物に向かっていった。
戦いたい気持ちは分かる。
ゼノンは真意を伝えなかったが、おそらく部下は足手まといだと判断したのだろう。
無力な者では無駄死にするだけだと。
ゼノンは、部下が退出していくのを心配そうに見つめていた。
レイスも顔を俯けながら、じっと世界地図を眺めている。
「伝承都市ルリというと、かなり広い港町だな。その情報は確かなのか」
俺が、そう切り出すと自信満々にゼノンが返答する。
「ああ。黒い仮面の男、もしくは赤い仮面の男。そいつらを見つけたら、報告しろと現地の調査員に依頼した。かなり目立つ外見だ。それにいつも決まった時間に、”ヴィーヴル遺構”と呼ばれる場所に向かうらしい。現地に着いてから探す手間も省けた」
なるほど、妙な外見のおかげで情報の信憑性が高いのか。
しかし、そんな目立つ外見で動き回るだろうか。
見つけてくださいと言わんばかりの格好だ。
たとえ、俺たちを釣る餌だとしても構わない。
この力で、真正面から立ち向かえばいいんだからな。
俺たちは、さっさと出発の準備を始めた。
昼頃、俺たちは荷物を背負って、門の外に立っていた。
部下が俺たちを見送ろうと、一緒にいる。
「エランさん、お願いします! この国を取り戻してください!」
「ああ、期待して待っていろ。すぐに帰ってくるさ」
「皆様のご武運をお祈りします」
部下は、俺たちに向けてずっと手を振っている。
あの調子じゃ、姿が見えなくなっても振り続けているのでは、と思うほどだ。
そんな部下に、ゼノンは呆れながらも嬉しそうだった。
レイスは素直に笑っていた。
さて、宿場町を目指して、この長い道のりを踏破するか。
誰かがつくってくれた街道のおかげで、魔物に襲われることなく順調に進むことができた。
夕方には無事、宿場町シオンメリアに到着した。
「ここが、闘技大会で有名なシオンメリアか」
「そうよ。毎年、父上に連れられて観戦に来ていたの」
町を見渡すと、あちこちに武器屋や防具屋が立ち並んでいる。
そして、宿場町と名が付くように宿屋の看板も目に付く。
シオンメリアは元々、王都と伝承都市の中継ぎの場として用意された。
旅行者に加え、この辺りは強い魔物も時々出現するため、狩猟者にとっても助かる宿泊施設が栄えていった。
狩猟者が集まるとくれば、商人も黙ってはいない。
各地から武器や防具など装備品を売りつけるために、大量に店を構えているのだ。
それから、シオンメリアを語るうえで欠かせないのが、中央にそびえ立つ円形闘技場だ。
大陸中から腕自慢が集まり競い合う闘技大会が名物で、年に一度ここで最強の剣闘士を決める大会が行われる。
その大会はどうやら昨日だったようで、既に町から活気が薄れていた。
ということは、偽物の王様は城に帰っているな。
「で、どうします殿下。ここで一晩、過ごしますか」
ゼノンの優しい問いかけに、レイスは首を横に振る。
「いえ、野宿の準備もあるし、このまま先に進みましょ。それに、この町……変なのも多いから」
「分かりました。ここを通って、北門から出ましょうか」
レイスはフードを深く被って、町中を歩く。
そういえば、この町の人間にはレイスの姿が王女として映っているのだろうか。
変に騒ぎになるのも避けたいが、気にはなる。
王都では、レイスを見ても誰も王女様だと騒がなかったが。
レイスは早足で歩いている。
ゼノンと俺も、そのペースに付いていく。
変なの、と言っていたが確かにいるな。
体がごつい酔っ払いをあちこちで見かける。
おそらく、かつてレイスが訪れた際、酔っ払いに絡まれたことがあるのではないだろうか。
まあ、無駄に滞在している暇はない。
奴らが逃げない内に、さっさと戦いを仕掛けたいためにレイスは急いでいるのだろうが、俺は違う。
現在、レベル93。
目覚めてから、七日が経過し、7もレベルがダウンしていた。
レベル100の時と比べて、力の衰えも自覚できるようになってきた。
衰えは微々たるものだが、塵も積もれば山となるというやつだ。
早期に決着をつけねば。
「ええー!? 通れない!? 通れないですって!?」
「だから、さっきから言っているでしょうお嬢さん! 北門は封鎖しているんです! 諦めてください」
北門の衛兵はレイスに衣服を掴まれ、振り回されていた。
ゼノンは別の衛兵に近づき、穏やかな口調で話をする。
「すまないが、ルリに向かう用事があるのだ。ここを通してもらえないだろうか」
「そう言われましても……」
「俺たちは商人なんだ。ルリの港に急がなくてはならない」
「商人なら尚更、通ってはいけませんよ」
丸眼鏡を着けた若い衛兵が、申し訳なさそうに話す。
ゼノンは眉をひそめて質問をした。
「どういうことだ」
「この先の街道で、商人狩りと呼ばれる何かが暴れているのですよ」
「商人狩りだと?」
「はい……商人狩りのグルヴェイグ。正体は不明。討伐依頼が酒場で出されて、現在十数名ほどが向かっています。もし、討伐されたなら、すぐにでもお通しできるのですが」
衛兵が喋り終えると門の外から、叫び声が聞こえた。
すぐに、声のした方向に目を向けると、足を引きずりながら負傷した人物を運ぶ者がいた。
全員で、七人ほどだ。
その全員がどこかしらを負傷しており、四人が意識を失っているみたいだった。
衛兵がすぐに駆け付け、負傷者に肩を貸す。
「何があったのですか!?」
「商人狩りにやられた。奴は……強すぎる」
俺は、腹に手を当てている狩猟者に話を聞く。
「そいつは魔物なのか?」
「いや、それは分からない」
「分からないだと? 姿は見たのだろう?」
「いや、見えなかった。だが、奴は確かに存在している。これらの傷は、グルヴェイグにやられたものではない。周辺の魔物にやられたんだ」
目の前の狩猟者は、腹に爪痕がある。
しかし、意識を失っている者の腕や脚には竹の矢が刺さっていた。
これは人によるものだ。
矢を扱う魔物なんて、聞いたことがない。
「魔物とグルヴェイグに襲われたということか。街道で戦えば、少なくとも魔物との交戦は回避できそうだが」
「違うんだ、兄ちゃん。俺たちは、街道で戦っていたんだ。奴は、魔物を刺激して、俺たちに襲わせたんだよ」
「もしかして、弓矢で誘発させたのか。草原で眠る魔物を、わざと攻撃して」
「その通りだ……いてて」
狩猟者たちは、近くの宿場まで懸命に歩いて行った。
石畳に血が流れている。
重傷の狩猟者は、もう駄目だな。
回復の見込みがない。
衛兵は十数人が討伐に向かったと言っていたが、帰ってきたのはたったの七人。
グルヴェイグと呼ばれる商人狩りの正体は、人間だろう。
だが、複数人の狩猟者を相手にして、奴は無傷なのだろうか。
狩猟者といっても、ここは大陸中の腕自慢が集まる場所だ。
少なくとも、どこの町よりも強い狩猟者のはずだ。
そんな奴らを瀕死にまで追い込む能力。
ゼノンとレイスは頭を悩ませながら、北門を突破する方法を考えていた。
「これでは先に進めないな。殿下、少し遠回りですが死都グラウシンザを通る道があります」
「死都は強力な魔物ばかりなのよ。ルリに辿り着く前に、死んでしまう。それに、かなりの遠回りになってしまう」
「ですが、こちらにはエランがいます。今なら強行突破も考えることができます」
「俺は反対だ、ゼノン」
ゼノンは、こちらに向き直る。
「なぜだ?」
「強行突破はできるが、食料は持つのか? 死都を通るとなると、ルリまで五日は経過する。それにあそこは瓦礫だらけで、まともに進む道がないはずだ。おまけに、魔物の数も草原の比ではない。そんな状況で、ゼノンやレイスを庇いながら進む余裕はないように思える」
「やってみなければ、分からないだろう」
「やってみなければ分からない、そう言って世界で何人が無駄死にしただろうな。大人しく、安全な道を通るしかない」
「だが、北門は通れない。衛兵を殺してでも、突き進むつもりか」
「なに馬鹿なこと考えているんだ。もっと簡単な方法がある」
「なんだそれは」
「商人狩りを討伐する」
近くで狼狽えている衛兵の肩を掴み、顔を近づけた。
「グルヴェイグの討伐依頼を引き受けたなら、ここを通れるのだな」
「そ、そうですね」
「討伐に成功したなら、封鎖は解除されるのだな」
「そ、そうですが。まさか、あなたたちが?」
「ああ、そうだ。レイス、ゼノン……酒場に向かおう」
レイスは首を縦に振り、賛成してくれた。
首を傾げるゼノンだが、王女のやる気に背中を押され、しぶしぶ納得したようだ。
予想外の事態に遭遇してしまったが、仕方がない。
とりあえず、討伐依頼を受けてから考えるか。
それより、野宿を回避することに全力を注ごう。
衛兵に酒場の居場所を聞いてから、再び町中を歩いて行った。
エラン・ヴィタール:一日経過レベルダウン 神島しとう @shimei4977
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