第9話 王都―7

 教会の地下、一室で朝食を食べ終わると皆、急いで飛び出ていった。

 部屋にいたのは、ゆっくり食べていた俺と食器を片付けるレイスの二人だけだ。

 ゼノンと部下は、情報収集で忙しい。

 別の部屋にあるコンピューターで、各地の調査員と連絡しているらしい。

 その調査員は、金で雇われた探偵だそうだ。

 ゼノンの部下というのも、城が乗っ取られた夜、たまたま外出していた兵士だ。

 運よく(不運でもあるかもしれない)生き残ったのは、たったの七人。

 その内、三人がゼノンの近くで働いている。

 残りの四人は何をしているのか。

 いっさい会話にも上らず、見たこともない。

 ああ、これはおそらく……。



「どうしたの、暗い顔して」

「色々と考え込んでしまっていた。そうだ、レイス。何か、手伝えることはないか」

「じゃあ、一緒に買い物しよ!」



 俺は快く承知して、出かける準備をした。

 といっても、リュックを背負うぐらいしかないが。







 現在、レベル95。

 100の時と比べても、あまり変化はないように思える。

 むしろ身体が目覚めてきた感じだ。

 教会を出て、貧民街から王都中央に向かう道をレイスと歩く。

 ここは、水気が全くしない。

 王都周辺は噴水が目立って、あれほど水で溢れているというのに。

 ここの噴水は涸れて、蔓植物にされるがままだった。

 レイスに、貧民街の質問をする。



「貧民街って、前からあったのか?」

「うん。借金で苦しむ人や事業が失敗した人とかが、ここに住んでる。お父様は、貧民街の人たちにも、手を尽くしていたんだよ。だけど、進展しなかった」

「精神が衰弱しているから、仕事を与えても一部の者しか働かないだろうな。人間不信になっている者もいる」

「それよりも、反対している者が多くて、なかなか動けないの。貧民街に手を出さないでほしいとか、貧民を追い出せとか」



 崩れかけの家の玄関で佇んでいる女の子と目が合う。

 声は掠れて出ていないものの、「えーしぇりあ」と確かに口を動かした。

 改めて、彼女を見ると、今度は恨みのこもった瞳をしているように思えた。



 彼女らは、どこから食料を手に入れているのだろう。

 王都で盗みを働いているのだろうか。

 貧民街から王都外への出入り口があるから、魔物を仕留める者や川の水を汲んでくる者がいるのかもしれない。

 水に関しては、その可能性が高い。

 ここらでは蛇口の栓をひねっても、何も出ない。

 だから、教会でも部下が王都外で汲んできた水を貯蔵させていた。

 つまり、貧民街の者は王都の綺麗な水を飲めない生活を強いられているのだ。

 彼らの横を通り過ぎる時、視線は全てレイスに向けられている。

 王族だから、何とかしてほしいと訴えているのだろう。

 レイスは俯いたまま、静かに通り過ぎていく。



 貧民街を抜ける小さな門をくぐった先は、これまでの静けさとは一転して、大きく賑わっていた。

 子供たちの笑い声、商人の呼び込む掛け声、誰かと談笑する声。

 通りには多くの人が行き交い、レイスの横を過ぎていく。

 子供がレイスの側を通る時、横顔がチラッと見え、足が止まった。

 その表情は、あまりにも周りの状況と合わない悲しいものだった。



「レイス……」

「ううん、ごめん。なんでもないから」

「なあ、訊いてもいいか?」

「何を?」



 今までは、レイスの後ろを付いていたが、今度は横に立って歩くことにする。



「レイスは王女として、公の場に顔を出したことはあるのか」

「もちろん、あるよ。兵士をつけて、街を歩き回ったり、民と話をしたり」

「なのに、なんでレイスが王女だって認識されないんだ? 昨日、偽物の王女を見て、レイスに似ているところはあった。だけど、雰囲気はまるで違う。こうして隣に本物の王女がいるわけだが、王族の気高さを感じる。それは、国民にも感じ取れるはずなんだが」

「……皆にはたぶん、私の姿が見えていないんだと思う。それは実体が、ということではなくて、私を見ても無意識に王女ではないと思い込まされている、といった方がいいのかな」

「無意識に思い込まされている、と? 奴らの仕業か」



 ここの人々が、レイスを見ても本物の王女だと気付かない。

 それは、スキルによって可能ではある。

 もし、奴らが暗示や洗脳といった類のスキルを用いたのであるならば、できないことはない。

 いや、既に発動している。

 ただ、これだけの大勢の人を巻き込むスキルは、かなりのレベルの持ち主でないといけない。

 レベルアップに伴って、ステータスは上昇する。

 魔力が増えれば、それだけスキル創造に幅が広がるわけだ。

 王都ごと支配するスキル……。

 なるほど、敵の強さを見せられているな。



「エラン……奴らを倒さないと、私を王女だと認識してくれない。だから、戦いにいくしかないんだよ。ジェノシデールか、ルサンチマン……どちらかを倒せば、きっと!」

「ああ。それに、どちらかではなく、どちらも倒す! 大丈夫だ、俺がいる」



 レイスは前を向き、頬を叩いて気合を入れた。

 俺はレイスがいなければ、封印されたままだっただろう。

 以前の俺は何者だったのか。

 それも気になるが、まずは彼女のために尽くすなければな。

 このまま、レイスに付いていれば、俺の正体も見えてくるはずだ。

 それに、王族の巨富を手にするためにも。







 ヒーアート城の正面を真っ直ぐに通る舗装道路。

 その周りを囲うように、人が隙間なく並んでいた。

 何が人々の関心を寄せているのかが、一目で理解できた。

 城の門が開き、一台の馬車が飛び出る。

 王城の外を目指して、舗装道路の上を馬車が堂々と突き進む。

 それが目に入ると、人々が活発に叫び始めた。



「ヒーアート王様の馬車だ!」

「なんて優雅なの!」

「お父さん、王様は何をしにいくの?」

「シオンメリアで開催される闘技大会を観戦しにいかれるのさ」



 シオンメリアというと、王都からそう遠くない宿場町か。

 そういえば、あそこには円形闘技場があったはずだ。

 行ったことはないが、知識として記憶していた。

 ふと、隣のレイスを見ると、頬を膨らませてじっと馬車を睨んでいる。



「私が、私が……観に行けたはずなのに。ズルいよ」



 嫉妬しているのだと知ると、複雑な感情になった。

 悲劇がなければ、父と一緒に観戦できていただろう。

 今のレイスに対して、何と声を掛けていいのか悩んだ。

 逡巡している内に、馬車が正面の噴水を通り過ぎようとする。

 客車の中に乗っている人物は黒い箱で覆われ分からないが、馬を操る御者は赤いケープと赤い中折れ帽を装着していた。

 あの御者、今こっちを見て笑った?

 どこかから、御者に関係する話が漏れ聞こえる。



「あの御者の人って、宰相だよね」

「あの人が入ってきてから、王都の景気もがらりと変わったよな。良い方向に」

「ああ、こうして儲けているのも宰相様様だよ。まあ、貧富の差が深刻化したみたいだが、汗流して努力している内は安泰だな」



 宰相も、ジェノシデール達が用意した偽物なのだろうか。

 少なくとも、偽物が支配する都でも生産活動は維持されているみたいだ。



 いきなり腕を引っ張られ、前のめりに倒れそうになった。

 倒れる前に足を出して、体勢が崩れることを防いだ。

 こうなったのは、レイスが引きずるほどの力で腕を掴んだからだ。



「さ、商店街で買い物しよ!」



 微笑んだ顔を見せて、人混みの中を突破していく。

 曖昧な返事をして、言われるがまま、商店街へと足を踏み入れたのだった。



 そして二日後、事態が急展開を迎えることとなる。

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