二話 『水野ノア』
「み、水野ノアです……。よ、よろしくお願いします……。と、歳は10歳です」
そう名乗った少年はひどく不安そうな顔でこちらを見てきた。
「う、後ろの木の陰から話を聞いてたんですけど……。その……、スキルがハズレって、ほ、本当ですか...? だとしたら相当まずい状況なんじゃ……」
アセアセ、オドオド。まさにそんな様子でしゃべるノアに、呆れ顔のレイ。
「おいおい、どんだけビクついてんだよ、ノア。さっきも言ったが男ならもっとどっしり構えてろ。お前、タマついてんだろ?」
「す、すいません……。ぼ、僕もレイさんみたいに余裕ある男になれるよう頑張ります……! た、ただ、僕のスキルが戦闘向きじゃない以上、実質戦えるのは、れ、レイさんだけってことに...」
「まぁ、そんな気にすることでもないだろ。誰かと会って即戦闘ってなるわけじゃあるまいし。もしかしたら世界を救うってのも案外話し合いとかだけでどうにかなるかもしんねーよ?」
悲観的に状況を述べるノアと楽観的に物事を捉えるレイ。
正平としても楽観的な思考をしたい気持ちは山々なのだが、情報が何もない以上、この場での考えとしては、どちらかと言えばノアの方が正解だろう。
「レイ、ノア君の言うことは一理ある。あんまり悲観的になりすぎるのもいかんが、楽観的に考えて何も備えんのも問題じゃろう。そもそも、提示されたクリア条件は、サタナキアの『討伐』じゃったしな。なんにせよ、とりあえず、ノア君のスキルがどんなもんかワシに教えてくれんか?」
「まぁ、確かにな……。じゃあここらで一旦、情報整理もかねて話し合いを始めるとすっか!」
「それがいいじゃろう。じゃあノア君、ワシに君のスキルの詳細を教えてくれんか?先に言うのがいやじゃというならワシからスキルを説明してもいいが……」
「ノ、ノアでいいです、ショウちゃんさん……。ショウちゃんさんとレイさんのスキルは、さ、さっき聞いていたので大丈夫です。――じゃ、じゃあ、僕のスキルの説明から始めますね」
ノアもだいぶ正平たちになれてきたらしく、最初ほどおどおどする様子はなくなったようだった。が、まだまだ話し方はぎこちない。とりあえずは彼をおどかさないように、ショウちゃんさんという奇妙な呼び方へのツッコミは二人ともスルーすることにして話を聞く体勢を作った。
「えっと、ぼ、僕のスキルは『アンデッド』です」
「あんでっど?」
聞き慣れない単語に正平は首をかしげる。
「あ、アンデッドってのは『不死』を意味する単語です。た、ただ、このスキルにはおかしな点があって、べ、別にこのスキルを持っているからと言って僕が不死になるわけではないんですよ。こ、このスキルの説明で言われたのは『超回復』の魔法が使えるというものでして、ふ、不死と言うより『キュアー』とかの方がふさわしいと思うんです」
「きゅあー?」
またも聞き慣れない単語に、かしげていた首を更にかしげる正平。そろそろ首の角度は九十度を突破しそうだ。
「ま、まぁ回復魔法と思っていただければ早いですかね。例えば……」
ノアはあたりを見回すと、さっきまで自分が隠れていた木のそばへ行き、おもむろに一本の枝を折った。
「見ていてくださいね」
そういって、ノアは折れた枝の部分に手をかざした。するとノアの手が優しく光り出し、その光に当てられた部分から折られたはずの枝がニョキニョキと生えてきたのだ。
正平は目を丸くし、治った部分の枝をまじまじと見た。
「おぉ……。ほんとに治っとる……。折られる前と全く同じじゃ……。」
あまりのスキルのすごさに固まった正平をみて、ノアは得意そうな顔をした。
「……とまぁ、これが僕のスキルですね。もしショウちゃんさんやレイさんがけがをしたら安心して僕に言ってください。パパッと治して見せますよ」
「こんだけ綺麗に治せるなら確かに安心だな! 頼りにしてるぜ、ノア!」
「いやぁ、こりゃほんとにすごいわい……。最近じゃこけることも多くなってきたし、頼ることも多いかもしれんのぅ、その時はよろしく頼みます、ノア先生」
褒めて褒めて褒めちぎられたノアはすっかり天狗になっていた。話し方からもぎこちなさは消えたっぽい。
「まぁ、これでも僕は天才小学生ですからね!!」
得意げに薄い胸板を思いっきり張る少年の姿に、二人は思わず頬をほころばせて笑った。
「さて、一応これで全員分のスキルは確認できたわけだが……。今から話し合うべきなのはこれからどうするか、ってことだな。サタナキアとその配下の討伐っていったって、どこに誰がいるかもわかんねぇわけだしよ……」
「――それに関しては何も心配いらないデショー!!」
突如、どこからか奇っ怪で甲高い声が会話に乱入してくる。
「誰だ!?」
大声で叫ぶレイはあたりを鋭い目で見渡し、声の主がどこにいるのかを探った。
正平はおびえるノアをそっと抱きしめ、レイのもとへ駆け寄り、問いかけた。
「なんじゃ、今の声は?」
「分からねぇ。……が、いやな感じの声だ。本能的に拒絶したくなるような……。もしかしたら味方じゃねぇかもな」
そう言うと、レイは声を張り上げて再び叫んだ。
「おい、どこに隠れていやがる! 奇っ怪な声出しやがって! とっとと姿をみせやがれ!!!」
「アァ……、なんて凶暴な声デショー。天界もひっきりなしに次から次へと人間を送り込んできて……。しつこいったら無いデショー!」
瞬間、目の前に大きな炎の渦が現れ、中から人影が現れた。
――否、「人」影ではない。現れた容姿は確かに二本足で立ってはいたが、その顔はフクロウのようで、しかしクチバシからは牙が生えている。人間とは似ても似つかないおぞましい姿だ。頭にかぶったシルクハットがその人間離れした姿にはアンバランスで、醜悪な容姿をより不快なものへと昇華させている。
「初めまして、僕は”アモン”。サタナキア様の配下、三精霊の一人デショー!」
「サタナキアの……配下……。」
重要なワードが飛び出した。
この世界をクリアするために絶対必要な名前。
天国へ行くための最終目的地。
「クリア条件はサタナキア、および配下の討伐……!!」
思わず正平が呟いた内容を聞き、アモンはやはりと呟いた。
「やっぱり君たちも天界からの回し者デショー……。こんな雑に、しかもこんな辺鄙な場所に転送されて、人間とはいえ君たちも哀れデショー。こーんな我々がどこにいるかさえわかっていない状態で、しかも人間風情がサタナキア様を討伐だなんて、無茶にもほどがあるデショー。……でも、安心するといいデショー、誰がどこにいようと関係ない、君たちはここで終わりデショー!」
「あぶねぇ!!!」
大きく口を開いたアモンが見えたと思ったら、次に見えた景色は地面だった。
――突如レイにタックルされた正平は、ノアを抱きしめたままゴロゴロと地面を転がる。
「一体何をするんじゃ……」
「ショウちゃんはノアをつれて逃げろ!! アイツはやばい! 絶対にやばい!!」
正平の非難を途中で遮り、レイは正平に向かって叫ぶ。
「今のを避けるとは……。君、なかなかやるデショー」
叫ぶレイの背後では、焼け焦げた花々がアモンの眼前一直線上を埋め尽くしていた。そしてそこは、さっきまで自分たちが立っていた場所。
――もしレイが助けてくれなかったら。
正平は、脳裏に浮かんだぞっとする光景を即座にかなぐり捨て、叫んだ。
「何を言っとる! レイはどうするんじゃ! おまえさんもわしらと一緒に逃げんと!!」
「そしたら誰がこいつを食い止めるんだよ! 追いかけられたら一発でアウトだぞ!?」
「じゃあワシも残って一緒に戦う! レイ一人だけで戦うなんて、そんな真似させられん!!」
「まともなスキルがねえショウちゃんがか!? そんなんで戦える相手じゃねえことぐらい分かるだろ!?」
グサリとその言葉が胸に突き刺さる。
今の自分では足手まといにしかならないという事実。
それは年老いてもなお残っていた、正平の、男のプライドをひどく傷つけた。
「それに、ノアをつれて逃げるやつだって必要だ。適材適所、今はショウちゃんがノアを連れて逃げた方が助かる可能性は高いだろ?」
優しい笑みを浮かべながら、レイは正平にそう語りかける。
そんなことを言われては、逃げるしか選択肢はないではないか。
ーーー悔しい、とても悔しい。
自分より若い者が、自分より危険な目に遭う。
まだまだこれからって時に命を奪われた若者に、再びそのリスクを負わせねばならない。
自分はそれを指をくわえて見ていることしかできない。
情けない、恥ずかしい、悔しい、悔しい、悔しい。
考えてみればいつだってそうだ。
昔話に出てくるお爺さんだってそう。
桃を拾って、生まれてきた子には危険な鬼退治をさせる。
子が危険な目に遭っている時だってのうのうと家で暮らしてる。
竹を切って出てきた子供には世の常識を押しつける。
帝と結婚すればそれは幸せだと、かぐやの意見なんてまるで無視。
挙げ句の果てには、その子も月へ連れて行かれ、うじうじ泣いて何もできない。
昔から決まっているのだ、お爺さんは何もしない、何もできないのだと。
昔から決まっているのだ。
せいぜいお爺さんができることなんて――
「――シバカリくらいか」
――――ズパン
「……あ?」
この場にいた誰も、何が起こったか分からなかった。
レイも、ノアも、正平も。
――右腕を失ったアモンでさえも。
「あ? ……ああ、ああああああああ!!! ああああああああああああ!?!?!?」
突然消えた自身の右腕。いくら大精霊のアモンとはいえ、あまりに予想外なことに、そしてあまりの痛みに、対処すべき事柄が多すぎて頭が対応しきれなかった。
「はああああああ!?!? 僕のっ、僕の右腕があ!? なぜ! なぜ! 一体何が起こったというのデショー!?!?!?」
正平はわめくアモンを呆然と見つめていたが、そんな場合ではないと頭を振って、意識を切り替える。
「レイ! ノア! 今だ、逃げるぞ!!」
同じように呆然とアモンを見つめていたレイとノアに声をかける。その一言で彼らは我に返り、一目散に駆けだした。
「ああああああああ!!! 痛い! 痛いデショー!! 僕の! 僕の右腕がああああああ!!!!」
動揺し、痛みに悶えるアモンは、正平たちが逃げていることに気づかない。
――走る、走る。
あの怪物から少しでも遠くへ、遠くへ、遠くへと。
――走る、走る、ひたすら走る。
時間にして5分ほどだろうか、実際はもっと短かったかもしれないが、死の恐怖から逃げていた体感時間としては5分でも短い。ともあれ、後ろを振り向いてみるともうアモンの姿は見えなくなっていた。平原で姿が見えないと言うことは、相当な距離を走ってきたのだろう。
が、まだ油断はできない。
「森だ! あそこの森に隠れればそう簡単には見つからないはず!!」
レイが指指す方向には大きな森がある。
そんなに遠くはない。
このまま走りきることができれば――!!
「許さん」
――ずいぶん離れたはずなのに。決して大きな声でもないはずなのに。
どうして聞こえた。どうして聞こえるんだ。あの忌まわしき声が。あの甲高くて奇っ怪な声が。
今の声は、間違いなく、アモンのものだ。
ぞっとする寒気が背中を駆け巡り、自然と足が止まった。止められた。
どうやら今の声が聞こえたのは自分だけではないらしく、一緒に走っていた二人も足が止まったようだった。
――止まっていなければ、死んでいた。
足を止めた一同の目の前に湧き上がったのは、最初に見た渦より遙かに大きな、尋常ではない火力を持った炎の渦だった。
中から現れたのは、最初と同じく醜悪な容姿をしたアモン。
最初と違っているのは、あったはずの右腕がないこと。あったはずの自己紹介がないこと。
そして、なかったはずの――『殺意』があることだ。
「おまえら全員……『ミナゴロシ』デショー」
――悪魔がそこに立っていた。
ワシ、異世界最強の翁になる。 @poiful2000
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