一話 『赤城レイ』

 ――スキルを抽選しています、しばらくお待ちください。




 どこからか機械的な、無機質な声が聞こえる。いや、声が聞こえるというよりむしろ脳に直接響いてくるという方が正しいか。だって今、自分の五感はしごとをしていないから。目も見えない、匂いも感じない、空気も感じない、生きているか死んでいるかさえよく分からない。意識があるような、無いような、そんなぼんやりとした不思議な体験を正平は味わっていた。


 何かを考えることはできない。ただ、頭に響いてくるようなこの声が言っていることを、なんとなく受け入れることしかできなかった。




 ――スキルが確定しました。スキルの抽選結果は『翁』です。


 スキルの説明にはいります。スキル『翁』は「翁」を演じられるスキルです。以上でスキルの説明を終了します。




 続いて、転送後の異世界での試練クリア条件についての説明へ移ります。今回正平さまが転送される世界はクリア難度「S」、惑星「ローリデンス」となります。クリア条件は、「ローリデンス」の覇者、「サタナキア」の討伐、およびその配下の討伐です。転送者は正平さまを含め、3名となっております。




 今回正平さまに付与された「天界の加護」の効果は「若返り」です。




 以上で説明を終わります、お疲れ様でした――








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「……!!」




 どこからか声がする。いや、これは声が聞こえるというよりむしろ脳に直接響いてくるような……。




「大丈夫か!!!!」




耳元で叫ばれた爆音で、正平は一瞬で意識を覚醒させる。




「大丈夫k……」




「うるさいわ馬鹿たれ!! 声がでかすぎて振動が直接脳に響いてきとるわ!! ワシの安否を気遣うならもっとやさしく起こさんかい!!」




 ガンガンと頭に残る痛みに顔をしかめながら、正平はゆっくりと体を起こした。どうやら先ほど聞こえた声はテレパシー的に響いてきた声というわけではなく、物理的に響かせてきた声だったらしい。


 そしてその声の主は、




「わりいわりい! 俺って昔から声がでかくてな! いっつもかあちゃんから注意されてて気をつけてんだけど、焦ったときとかはつい忘れて大声出しちゃうんだよ! でもまぁ、あんたも無事そうでよかったぜ!」




 そういって彼はニカッと白い歯を見せて笑ってきた。明るい茶髪で背はそこそこ、胴回りはしっかり鍛えられていてがっちりとした体型。幼さが残りながらも顔立ちは整っており、明るく活発な少年、という言葉がよく似合っていた。面倒見がよさそうな雰囲気がにじみ出ており、先ほども必死で呼びかけてくれたが故にあんなに大声が出てしまったのだろう。そこに対して怒鳴るというのはずいぶんと筋違いなことをしてしまったものだ。


 正平は起こした体を青年の方へ向け、少し決まりが悪そうな顔で謝罪と礼を述べた。




「そ、そういうことじゃったのか。ワシのことを心配してくれとったのに怒鳴ってしまって悪かった。おかげで助かったわい、ありがとう」




「へへっ、いいってことよ!」




 青年は恥ずかしそうに指で鼻をこすりながら答えた。






 ――ふと周りを見渡してみると、辺り一面に咲き広がる白い花々が美しく、頭上に浮かぶ満月から発せられる淡い月明かりは、今か今かと出番を待ちわびる彼女らへ、絶え間なく降り注いでいた。かすかに届いた月光を享受せず、惜しみなく反射する白い少女たちは、その見返りとして何よりも美しく輝く権利を得ることができた。そして、互いに一番の輝きを欲さんとする幻想的な争いは、ある種の一体感を生み出し、見る者の目を楽しませた。


 木々もちらほらと生えており、はるか遠くには、かすかにあかりのようなものも見える。どうやら自分たちは都市から離れた平原に転送されたらしい。




 チラリと横にいる青年を一瞥すると、彼は笑みを浮かべ、




「ところで、あんた名前は何って言うんだ? あ、先に自己紹介をしておくと俺の名前は赤城レイってんだ。年は十八歳! よろしくな!」




 そう名乗ってきた。


 ハキハキと親しみやすい雰囲気で自己紹介をしてくるレイに好感を抱きながら、正平もレイに名を名乗ることにした。




「レイ君か、よろしくのぅ。ワシの名前は一ノ瀬正平じゃ。年齢は……この見た目じゃ信じられんかもしれんが八十七歳、おまえさんくらいの子からしたら、ワシはおまえさんのおじいちゃんとおんなじくらいの歳じゃな。」




「は!? 八十七!? なーんかじじくせえ喋り方してんなと思ってたらマジにじいちゃんなのかよ!? ……だけどよ、それにしてはショウちゃん、外見が若すぎやしねえか???」




「しょ、ショウちゃん?」




 突然、孫ほどの子からつけられたあだ名に戸惑う正平を見て、レイはまたニカッと笑った。




「だってよ、見た目は俺と同じぐれーだし、正平って呼ぶよりなんかあだ名つけて呼んだ方が親近感湧くだろ? だからショウちゃんも俺のことおまえさんとかじゃなくて、普通にレイとかって呼んでくれよ」




「ま、まぁ確かにそうじゃな……。じゃあ……れ、レイ……?」




 自分より一回りも二回りも年下の子を気安く呼ぶのは思った以上に恥ずかしく、口から出た彼への呼び名はつい疑問口調になってしまった。




 ともあれ、レイは名前で呼んでくれたことに満足したらしく、満面の笑みを浮かべながらうなずいた。




「それとよ、なんで年齢と外見が一致してないかは知らねえけど、せっかく今は見た目が若えんだし、おじいちゃん口調もやめたらどうだ?男の俺から見てもショウちゃんは結構かっこいいし、おじいちゃん口調でそのかっこよさ潰すのもったいないと思うぜ? まぁ、俺よりかっこいいとまでは流石に言わねえけどな!」




 そんな軽口を言いながら笑っているレイを横目に、正平の中には一つ、疑問が浮かんでいた。


 それは何故彼がここにいるのか、ということ。


 この世界に来る前、自分は死んでいて、天国にいく条件としてこの試練を課されているのだ。


 だから、彼がここにいるということはつまり、




 ――レイは死んだからここにいるのだろうか




 仮にレイの年齢が事実で、死んだからここにいるのだとしたら、それはあまりにも早すぎる死だ。レイは誰からも好まれそうな明るい性格をしているだけに、きっと彼を慕っていてくれた友人たちもさぞ多かったことだろう。そんな彼が亡くなったとなれば悲しむ人も多かっただろうし、何より人生これからって時に未来を失ってしまったレイの絶望感は筆舌に尽くしがたいものだろう。事故か病気か、はたまたそれ以外かは分からないが、そんな彼の心境を思うと胸が痛くなってくる。


現状、今がどういう状況かが分からないだけに少しでも情報が欲しいというのも本音ではあるが、内容が内容な分、そのことをレイに聞く勇気が正平にはなかなか出てこなかった。




 そんな様子に気づいたのか、レイは、




「どうしたんだ、ショウちゃん? 苦虫でもかみつぶしたような顔して。まさか、おなかでもいてえのか? あ! さては俺がショウちゃんよりかっこいいっていったから怒ってんだろ! まぁ、確かにショウちゃんもなかなかにかっこいいからな! じゃあ、俺よりかっこいい……とまではいかなくとも俺と同格くらいにはしといてやるぜ!!」




 そんな見当違いの推測をしてくるレイに正平は苦笑を浮かべて、




「いや、そんなんじゃないんじゃ……そんなんじゃないんですよ。ただ、少し気になったことがあっての……ありましてね」




「おじいちゃん口調をやめるイコール、丁寧語を使えって訳じゃねえんだけどな……」




 レイのアドバイス通りに口調を変えてみようと思ったのだが、うまくいかなかったらしい。


 レイはあきれた表情を浮かべながら苦笑していたが、ふと何かを思い出したらしく、突然真剣な面持ちに変わるとこう聞いてきた。




「そういえばショウちゃん、ショウちゃんがもらったスキルは何だった?」




「スキル……」




 そうだった、完全に失念していた。確かに異世界へ飛ばすとき、一つランダムでスキルをもらえるとか言っていた。


 今思い出せば、意識が戻る前に頭の中でスキルの説明がどうとか言っていた気がする。


 確かスキル名は――




「大丈夫か?ショウちゃん、急にぼーっとして」




「……翁」




「は?」




「ワシがもらったスキルは、確か『翁』というやつじゃった」




「……なんじゃそら?」




 とりあえず口調を変えるかどうかは後で決めるとして、とりあえず思い出したスキルの内容はレイと共有する必要がある。


 ピンときていないレイにピンときていない自分が説明してもどこまで意味が分かるかは分からないが、少しでも分かることは話しておいた方がいいだろう。




「スキルの説明では、『翁』の能力は、『翁を演じられる能力』と言っておったかの」




「……ますます意味が分かんねぇ。なんだその翁を演じるって。……ショウちゃん、一応中身はじいさんなんだろ? 演じるも何も、もう立派にじいさんやってんじゃねえか」




 そうなのだ。このスキル、すでに年老いた自分からすれば演じるも何もすでに自分は立派にじいさんとして完成してしまっているのだから全く無意味なものなのだ。そもそも、仮に自分が若者だったとしてもじいさんを演じたいと思う場面なんてまず無いだろう。このスキルには、身体能力が向上したり、魔法が使えたりといった、一見して強力と分かる部分が一切存在しない。ここまでのことで一つの結論にたどり着いた正平は思わず顔をしかめた。


 つまり、このスキルは




「……なんかハズレスキルっぽいなぁ、それ。どんまいだぜ、ショウちゃん」




 ……思っても口に出さなかったことをあっさり言われてしまった。




 レイは恨めしげな顔で見てくる正平の視線で自分の無神経さに気づいたらしく、同情と申し訳なさを含んだ目を向けながら、ポンと正平の肩に手を置き、慰めるような口調でこう言った。




「ごめんごめん、悪かったって……。そんな怖い顔すんなよ。たとえショウちゃんのスキルがダメダメだったとしても、ショウちゃんのことは俺のスキル『ガイア』でしっかり守ってやるからよ!」




 同情していた割にはガツガツ言ってくるレイを、一層非難めいた目で睨んだ正平だが、純粋に彼のスキルは気になった。




「『ガイア』?」




「あぁ、それが俺がもらったスキルだ! マジですげーんだぜこれ!! 体が地面についている限り、自分の周りの大地を意のままに操れるんだ!! 地面の形を自由に変えれたりとか、大きい岩を宙に浮かべられたりとかもできるし、マジでめちゃくちゃかっけーよ!!」




 まるで新しく買ってもらったおもちゃを自慢するかのような口調で興奮気味に説明するレイの話をききながら、正平は純粋に、いいなと思った。確かにレイのスキルは相当強力そうだし、そのスキルがあれば本当に世界も救えそうな気がする。そして何より、まさに世界を救うにふさわしい、そういうかっこいい系のスキルがもらえたレイがうらやましかった。




(若返ったのは外見だけなはずだが、もしかすると自分は少し、そういった存在に憧れる少年の心も取り戻していたのかもしれないな。)




 そんなことを思いながら、正平はなおも自分のスキルについて熱く語るレイを眺めていた。




「さて! ショウちゃんのスキルも教えてもらって、ショウちゃんが悪い人じゃねえってのも充分分かったことだし、そろそろ紹介しても大丈夫だよな!?」




 ひとしきりしゃべり終えたレイは、突然自分以外の何者かに話しかけだした。


 ここにいるのは自分とレイの二人だけではないのか。そう困惑すると同時に、正平は意識が戻る前に聞こえた声を思い出した




 ――転送者は3名。




 ハッと何かに気づいた様子で見つめてくる正平に、レイは苦笑を浮かべて、




「わりいな、ショウちゃん。このこと隠してて。ただ、あの子はまだ幼いからよ、もしショウちゃんがパニックになってたり、悪いやつだったりしたらその子に危害を与える可能性も無いとはいえねえだろ? だからショウちゃんがどんなやつかを見極めてから紹介しようと思っててな。――ノア! もう出てきても大丈夫だぞ!!」




 彼がそう言うと、後ろの木陰から小さな人影が、様子をうかがうようにしながら恐る恐る現れた。




「あ、あの……。ぼ、ぼくは水野ノアっていいます……。よ、よろしくおねがいします……」








 ゆっくりと近づいてきた少年は、ポツポツと自己紹介を始めた。


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