桃太郎―another story―

北谷 四音

桃太郎―another story―

『むかしむかし、あるところに、おじいさんとおばあさんがいました。

おじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯に行きました。

おばあさんが川で洗濯をしていると、ドンブラコ、ドンブラコと、大きな桃が流れてきました。……』




 海に浮かぶ小舟から鬼太郎おにたろうは鬼ヶ島を虚ろな目で眺めていた。辺りが暗闇に包まれていたにもかかわらず、島を見ることができたのは、島を飲み込むほどの炎のためだ。彼が島から逃げ出したときは、悲鳴や断末魔の叫びが絶えなかったが、今ではもう舟に波が打ちつける音しか聞こえない。それは島から離れたためではないことは、鬼太郎も分かっていた。逃げ出すことができたのはわずか六人。鬼太郎をはじめ、子鬼がほとんどだった。皆一様に生気のない顔をしていた。そんな中沈黙を破ったのは、最年長の鬼丸だった。

「近くの島で夜を明かそう。和鬼、幽鬼、舟を漕いでおくれ」

 鬼太郎と同い年の二人――和鬼と幽鬼は小さく、はいと返事して櫂に手をかけた。舟はのろのろと進む。それもそうだろう。先程あのようなことがあったばかりなのだから。彼らは手に力が入らず、漕ぐのがやっとという感じだった。

 鬼ヶ島から少し離れたところに位置するその島は小さな無人島で、鬼たちは小鬼島と呼んでいる。一行が島に着くと、鬼丸は、今日はもう寝て話は明日にしようと言った。けれども、皆とても寝られるような心持ではないだろう。

 鬼太郎は他の鬼と離れ、一人横になった。なんとか寝ようと試みた。けれども寝付けなかった。彼は今日の出来事――決して忘れることはない、凄惨な体験を思い出していた。



 悪さをする鬼というものは全くなく、それは人間側の誤解である。鬼たちは平和を愛し、争いもなく、互いに助け合って暮らしている。温厚で穏やかな性格なのだ。しかし、見た目の奇異さから人間に恐れられていた。鬼は人間と仲良くなろうとしていたが、なかなかうまくはいかなかった。

 今日の夜も鬼ヶ島では、人間と仲良くなる方法を考える会が開かれていた。しかし良案は簡単には思いつかず、結局ただの宴になるのはいつもの事だった。鬼太郎はそんな大人の鬼たちに呆れながらも、この楽しい雰囲気が嫌いじゃなかった。平和なこの時間がいつまでも続けばいいのにと思った。

 そんな時だった。泥酔した一人の鬼が口を開いた。

「おい、誰か来たぞ」

 鬼太郎は、初めは酔いつぶれた鬼の戯言だと思っていたが、彼の指さす先には、確かに一隻の舟とそれに乗る三、四の影があったのだ。舟はこちらへ向かってきて、やがて岸に着けた。よく見るとその影は、人型のもの、それと同じか少し小さいくらいの人型のもの、四足歩行のもの、翼を持つものの四つだった。島に上陸するや否や、四足歩行の影が咆哮した。何かの始まりを告げるように、大きく、力強く吠えた。影はゆっくりと近づいてきて、松明の明かりの届くところまで及んだ。そして、その正体が明らかになった。若い男――桃太郎、ゴリラのような体格の猿、狼のような犬、大きな翼、鋭く光る爪と眼を持った雉。

 鬼たちは突然の人間の来訪に戸惑った。そんな中でも鬼たちの長――響鬼は、つとめて冷静に若い男に話しかけた。

「我々に何か用かい? そうじゃ、今宴を開いているのだが、君も一緒にどうだい?」

 彼は、チッと軽く舌打ちをして、うるさいと言い放った。

 彼と響鬼の間を一陣の風が駆けていった。

「猿」

 彼がそう言うと、猿は勢いよく響鬼にととびかかった。辺りに赤いシミを作って、首がころりと転がった。

 鬼太郎は、狐に(猿ではあるが)つままれたような顔をした。

「お、おいお前! なぜ殺した!」

 鬼の一人は元から赤い肌をさらに紅潮させた。

「なぜかって? それはお前らが鬼だから。お前らは悪事を働く醜い存在。生きているだけで罪な存在。殺すには十分すぎる理由だろう?」

 時が止まったかのように静まり返った。そして鬼たちは悟ったのだった。このままではみんな殺されてしまうと。

「この島で採れる金、銀を差し上げます。どうか我々の命だけはお許しください」

 一人の鬼が、自身の鋭い角を地面に突き刺す勢いで地に伏し、桃太郎に懇願した。

「金銀財宝は当然いただいていく。もちろんお前らの命もだ!」

 桃太郎は口角を大きく吊り上げ、ニヤリと笑ってさらに続けた。

「女子供だろうが鬼は鬼だ! 一匹たりとも逃がすな! 根絶やしにしろ!」

 彼はそうお供の三匹に言い放った。三匹は黍団子の恩のため――なぜ三匹は黍団子一つに命を懸けるのだろう? なぜ彼らは異常な戦闘力を持つのだろう? 答えは単純明快であった。黍団子には、お爺さんが山からとってきた非常にキケンな植物を混ぜているからである――鬼を殺し屠った。平和だった鬼ヶ島は一瞬のうちにして阿鼻叫喚の巷と化した。

 鬼太郎は混乱していた。たくさんの同胞が目の前で殺されている。自分も殺されてしまう、そう思ったが、ただただ恐怖で足が動かなかった。

「早く逃げなさい、鬼太郎!」

 鬼太郎の母の叫びで、彼は我に返った。そして勢いよく走りだした。しかし彼は、母が逃げていないことに気づいた。

「か、母さんも、早く!」

 彼は震えた声で叫んだ。

「母さんは後から行くから、早く逃げなさい!」

 彼は、母の手を引いていこうとしたが、雉がもう近くまで来ていた。

「行きなさい!」

 彼は母に従って全速力で逃げた。前だけを見て走った。聞きなれた声音の悲鳴が聞こえたが、決して振り返らなかった。彼は島の裏側にある船着き場を目指した。

 桃太郎は鬼ヶ島の金山、銀山でとれる金や銀、それから金品――これは、鬼と出会った人間が勝手に恐れ、代わりに命だけは助けてほしい、と勝手に献上してきたものである――を奪い取った。彼はそれを犬と雉に船へ積ませた。

「ここは不浄の島だ。猿、焼き払え」

 桃太郎の命令を受けた猿は、宴の明かりに使われていた松明を手に取り、家々に火を放った。火はたちまち大きくなっていた。島を飲み込むほどに。

「舟を出せ。帰るぞ」

 そうして桃太郎たちは海の向こうへと消えていった。



 闇夜に鬼太郎の目から溢れた雫が光って、地面を湿らせる。鬼太郎は、突如襲った理不尽に憤慨し、それを恨んだ。

 彼は横たえた体を起こし、皆の方を見ると、鬼丸を除いて皆はもう寝ていた。鬼丸は海を眺めていた。鬼太郎は彼と話をしようと近づくと、彼の視線が海ではなく、鬼ヶ島の方へと注がれていたことに気付いた。

「鬼丸さん、僕の母さんはきっと助からない。ニンゲンが憎いよ。僕たちは人間にいったい何をしたというの? 僕たちは本当にあんな奴らと仲良くしなくちゃいけないの? 人間たちが言う『鬼』ってさ、本当は人間自身の事なんじゃないかな」




『……こうして金銀財宝を持ち帰った桃太郎は、お爺さん、お婆さんと幸せに暮らしましたとさ。おしまい。』

 

 パタン、と語り手は絵本を閉じた。


「ちーちゃん、このお話どうだった? 桃太郎さんすごかったねー!」

「うん!」 

「ちーちゃん、悪さをする人には何をしてもいいのよ。例え暴力をふるってもね」

「はーい、ママ!」

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