アイアン・お姉様
ペトラ・パニエット
告白はメタルスーツとともに
白百合の薫る、春の庭園。
天上の鐘を思わせる高潔の声が、神々に聞かせる弦楽のように美しい震えを湛えて言葉を告げる。
「ごめんなさい、貴女に恋をしてしまったの――」
その言葉の意味を受け止めるのに数秒の時を要した。
風が吹き抜け、彼女の持つ夜空色の流れたる麗しい黒髪をそっと撫でる。
月の白銀に似たかんばせには、朱が差していた。
彼女の瞳、宝玉の気高さを帯びた円盤の向こう側に私が映っている。その実直な眼差しは真摯な想いの顕れだ。
この聖プロキシマ女学院においては知らぬ人などおらず、慕う者も限りのなき、
彼女が今、私に告白をした。
ああ、聖母様。
御身は道ならぬこの恋にも慈しみを以て祝福を下さいますか。
そして、聖母様。
しかしながら何故、彼女はこんな絶好のシチュエーションの中で、金属製の超ごついパワードスーツなんぞ着てやがるんでしょう――
「由璃穂お姉様。せめてもっとまともな格好でお願いします」
さすがにいくら相手が彼女とはいえ、首から下が
その非現実が、
せめて、せめて制服があるでしょう。最低限。
この時代感の全くないエスもの特有ワンピースタイプのシックな黒の制服が。
私が着てるんですから実はこの学院の制服はどこぞのアイアンな社長製のそれとか言わせませんよ。
「
彼女が小首を傾げる。愛らしいが、アーマーに視界に入れなければの話だ。
「逆です、逆。それと抱き締めるのも一旦ストップ。なんでコスプレとかじゃなく本物なんですか。背中折れます」
私の全身は悲鳴をあげていた。
当然だ。ビルをも砕くメタルアーマーのパワーに対して私の肉体は無力である。
なお私は普通の人間であって、特に血清とかはやってない。
せいぜい体育でやった槍術ぐらいだ。
そんな私の問いに対しての答はひどくシリアスな声で告げられた。
「戦うため」
彼女がそういった途端、地平線の果てから金属の塊が襲撃した。超ロボット生命体だ!
てっきり
よく見ればF15から変形したそいつの頭の上に、ちょこんと背の低い女性が仁王立ちで乗っている。
その人が超ロボットの身長相当の高みから声を投げ掛ける。
「娘を渡しなさい。プロキシマの
見た目のロリっ子感に対して、台詞は悪役そのものだ。
ところで娘って誰?
「……それは出来ない相談ですね。オブディシアンの
わあ、すごく火属性。ちなみにオブディシアンはプロキシマの姉妹校だ。
……あれ、娘って私? もしかして取り合いされてる?
例の台詞いったほうがいいのかな。
「私のために、争わないで!」
しかし悲しいかなこの手の台詞に実際に争いを止める効果はなく、逆にそれが開戦の合図となった。
鋼と鋼が衝突する音が響く――
「いつもこうして来ました!」
「全てがひとつになるまで、私は戦う!」
両者大変勇ましい台詞をあげてくれているのだが、私はここまでの展開についてこれなくなりつつあった。
だが戦いは止まってくれない。
戦況は私をかばっている分、お姉様の不利。重量級のお姉様に対して、向こうがスピードタイプなのも不利な点だ。
強力なリパルサーも当たらなければ意味がない。
それでも敵ロボットの片腕を吹き飛ばしているのだからさすがは文部両道のお姉様、大したものであり、そもそもよく考えたら戦えること自体大したものだ。
しかし、ビームと金属の衝突音、スラスターの燃える音。
さっきまでの百合的な空気は何処?
庭園の花は無惨にも散らされている。
「こんな戦いに、なんの意味があるの!」
私は叫んだ。
叫ばずにはいられなかったのだ。だって、この機を逃したら一生言えない。
「勝者がすべてを手にし――」
「――敗者は何もかも失うのよ!それが私たち
「なんも難しいこたあねえよ、つまり、勝ったやつが正義ってんだからなあ!」
二者が言葉を揃え、超ロボットが補足した。
あ、喋れるんだ。これでガールズオンリーのタグはなしかな。
ともあれ、あんなとはいえ、告白してきた、そして敬愛するお姉様がすべてを失うというのはよくない。
しかし、いかんとも機動力の差は大きく、ついにお姉様のパワードスーツの左手は大破してしまった。
右手は私を抱えているから、もうお姉様の戦う手段は肩のミサイルポッドぐらいしかない。
「どうやら勝負あったみたいね、
明火莉が告げる。
「まだです、まだ……やれます!」
そういうお姉様の余力のなさは明らかだった。
もはや彼女の戦闘力はほとんどない。
このまま、負けてしまうの?
その時私の脳裏に閃いたものがある。
お約束、愛の力というやつだ。
「ハッピーバースデー、由璃穂お姉様――」
そういって口づけする。実際に誕生日ではないが、百合でロボットでキスならやっぱりこの言葉だ。
瞬間、お姉様の目に宇宙が広がった。
私たちは瞬間的には二人だった。
そして、私が現実に戻り背後からの戸惑った気配を感知したとき、アーマーの胸部リアクターから光が迸った――
数日後。
「ビームだせるならもっと早くやってくださいよ、ファーストだったんですよ、ファースト!」
私はお姉様にそんなことを言っていた。
相変わらずの装備だが、戦いが終わったわけではないので仕方なかった。
なぜなら、明火莉は散り際にこう告げたのだ。『所詮私は
そう。
私たちの戦いは、これからだ!
……で、終わっても良いが、その後の話を少し。
まず、ほかのコンソートたちを愛の力で倒した。
というか一戦だけだったのだ。
「勘違いしないで。私は敗者の義務であなたたちを助けるだけ」
なんてありがちな台詞で助けに来てくれた明火莉の力がどれだけ必要だったかは残念ながら怪しい。
なお、
私たちの戦いは結局一週間もしないで終わり、復元した庭園で私たちはお疲れ様会よろしくピクニックをしていた。
屋根付きのベンチで花を見ながら少女五人がといえば冒頭に忘れてきた百合の空気を思い出すが、相変わらずアーマーと超ロボットとメカが鎮座しているため、そこまでそんな空気がない。
「つまり、お三方はお姉様のお友だちで、いわゆる『暴漢から助ける』展開に協力しただけ?」
私は彼女たちの話をまとめてそう言った。
「ええ。まあ、私はあなたのことタイプだったから、勝ったら本気で奪うつもりだったけど」
これは明火莉の言だ。
「明火莉さんってそういうところありますわよね。昔、私のことも狙っていたみたいですし」
と言ったのが優雨華。
「あの頃、すでにボクとゆうは付き合ってたのに、ヒドイよね」
が葉津音だ。
「別に、普通に告白してくだされば、オッケーでしたのに」
という私にお姉様が
「でも、記憶に残る告白にしたかったの!」
とすねるものだからこれが愛らしい。アーマーさえなければ。
彼女は未だアーマーを着ていた。
なぜなら、世界の管理を目論むマッドタイタン女学院との戦いのためだ。
結局、私たちの戦いはこれからなのだった。
アイアン・お姉様 ペトラ・パニエット @astrumiris
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます