ゆとり女神

烏川 ハル

5月29日の日記

   

 あら、いらっしゃい。あなたが、今日のお客様ね。

 あなた、びっくりしたような顔してるわね。

 まあ、無理もないかな。

 あなた、死んだのよ。トラックに跳ねられて。


 フフフ……。

 トラックですって。

 そんなステレオタイプな死に方!

 もう笑うしかないわね。


 え? 交通事故の統計? 免許更新のビデオで見た? トラック事故は死亡原因の上位ではない?

 知らないわよ、そんなの。

 珍しい死に方だって、ステレオタイプになるのよ。

 第一、私の言ってるステレオタイプは、異世界転生のことよ。


 い・せ・か・い・て・ん・せ・い!


 あなただって、WEB小説で読んだことあるでしょう?



 ……あら、そう。「読んだことない」ですって?

 でも『WEB小説』の存在くらい、知ってるわよね。

 最近アニメやドラマの原作にもなってる、あれよ。

 そのWEB小説における一大ジャンルが、異世界転生。

 死んだらファンタジー世界で面白おかしく、ってやつ。


 え? 「『死んだら驚いた』なら知ってる」ですって?

 バカ言ってんじゃないわよ。それは昔々の映画でしょう。

 そんなの、WEB小説世代は知らないわよ。私は女神だから知ってるけど。


 あら、そこで驚くの?

 そう、私は女神。

 女神と言っても、ネットで見かけるアレじゃないわよ。素人なのに有名人ぶって、セミヌードを披露して「もっと、もっと!」言われて、得意満面な若い女性たち……。

 そうじゃなくて正真正銘、本物の女神よ!


 ……なんてジョークも、あなたには通じないのよね。

 WEB小説すら知らないのに、ネットスラングの『女神』なんて知るはずないだろうし。

 え? 知らないからこそ勉強になる? 「もっと教えて欲しい」ですって?

 そんなこと覚えてどうすんのよ。現世の知識なんて、もう役に立たないわよ。あなた、これから異世界へ行くんだし。

 生前の知識で異世界無双するにしても、さすがにネットスラングは活かせないんじゃないかしら。


 まあ、いいわ。

 ちょっと話が、脇道に逸れすぎたから戻しましょう。

 そう、私は女神。

 人々の転生をつかさどる女神よ!


 え? 転生ならわかる? 輪廻転生? 「あの世へ送られた魂が、生前の徳に応じた形で、この世へ舞い戻ってくる」ですって?

 いつの時代の死生観よ、それ!


 ……まあ、でも、そうなのよね。

 私も元々は、そういう厳格な女神だったのよ。こんなチャラチャラした格好でもなく、派手な髪色でもなく。

 言っとくけど、これ、最近の『異世界転生』のイメージに合わせて、わざわざ染めたのよ。上からのお達しで。

 ほんとは私だって嫌よ、こんなアニメキャラみたいな髪色!


 そう、昔は良かったわ。

「あなたの転生先は動物です」

 とか、

「あなたのような罪人は、虫ケラになりなさい! これも修行です!」

 とか、

「素晴らしき人生を歩んできたあなたは、もう一度、人間として生まれ変わりましょう」

 とか。

 それぞれの現世での行いに応じて、おごそかに、転生先を伝えてきたんだけど……。

 もう、そういうのはダメになっちゃったのよねえ。



 あなた、ゆとり教育って言葉は知ってる? あなたは、もっと古い世代よね?

 最初は「詰め込み式の教育は良くない」みたいな、立派な理念だったらしいけど……。

 私も「受験戦争における偏差値重視は間違っている」というのは理解できるわ。でも、それが「つまり過剰な競争は良くない」となった時点で、

「それ、論旨のすり替えじゃね?」

 って思うのよね、私。

 ともかく、いつのまにか「競争は良くない! 子供にはストレス! だからみんな平等に! 運動会はみんなが一等賞!」って教育方針になった……。そんな噂を耳にしたわ。

 まあ女神の私は、実際にゆとり教育なんて受けたわけじゃないから、実態は知らないんだけどね。


 しょせん人間界のゴタゴタだし、対岸の火事とか高みの見物とかの気分だったわ。

 でも。

 この「みんな平等に! みんなが一等賞!」って話。

 そうした時代の波が、とうとう女神の世界にも押し寄せてきたの!

 

 そうは言っても。

 音楽を司る女神とか。

 美を司る女神とか。

 いくさを司る女神とか。

 あの辺は、まだ大丈夫みたいだけど。

 でも私のような、転生を司る女神。いわゆる転生課。

 ここに、女神監査機構からクレームが来たのよ!


「転生先が不平等すぎる!」

「もっと平等にしろ!」

「対象者の要望を受け入れろ!」


 これに対して、どう対処しようか。

 女神会議で、具体案を出し合って、あーだこーだと揉めてるうちに……。

 今度は、

「お前たちで処理できない案件ならば、こちらから細かい指示を与える」

 って言われちゃって。

 その結果。

 天国よりもラクできて、地獄よりも刺激的な、ファンタジー世界。

 そういう異世界の住人として転生させろ、って命令が下されちゃったのよねえ。


 だから今、ちょっとした異世界転生ブームってわけ。

 これも、ゆとり教育の賜物よ。

 しかも「刺激的なファンタジー異世界でラクに生き抜けるように、転生者には特別な能力とかアイテムとかを付与しろ」ですって!

 もう、ほんとゆとり!



 ……それで、あなたは、どんな異世界へ行きたい? どんな特別な能力やアイテム、お望みかしら?




(「ゆとり女神」完)

   

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