メモリー

糸花てと

第1話

 より良く暮らせるようにと、発展が進んだ。窓から見えるのは、建物の灰色と、くもりがかった青色。

 遺伝子操作で作られる、本物に近いニセモノ。もうそれでもいいか、そう思えるくらい、舌が満たされていた。


「昼御飯、できたぞ」


 俺の声に気づいて、キッチンへと身体が動いている。どこかにぶつけてしまわないか、足取りはフラフラだ。


遥香はるかの、分が無いじゃない」


「遥香は恐竜博へ、勉強に行ってるだろ?」


「あぁ、そうだったわね。ごめんなさい、食べましょうか」


 笑えばふくらんでいた頬が、いまは痩せ細った。体外受精で授かる、新型の妊娠法ではない。

 自然と授かる、旧型の妊娠法を選び、やっと出会えた一人娘。


 遥香は、もういない。大学までいける、エスカレーター式の中学へ行った。高校では課外活動が増えて、泊まりの日々。

 恐竜の赤ちゃんを育てるんだって、楽しそうな報告が、途切れた。


 様々な機械の熱が原因だとか、液が熱された単純ミスだとか。そういうのは、どうでもよかった……。

 遥香が居ない、注意すれば回避できたかもしれない事に、巻き込まれて、この世にいないんだ。


「カレンダーの表示、間違ってない?」


「あぁ、ごめん。仕事の予定を見るのに操作して、戻すのを忘れてたよ」


 間違ってるのは、妻──キミの方なんだよ。そう言いたくなるのを必死に抑えて、遥香が課外活動へ出掛けた日付へ、スッ─と壁を撫でる。ほんと、何でも誤魔化せるくらいに便利になった。


「なぁ、食べ終わったら、恐竜博へ行こう」


「え? 遥香の様子を見に行くの?」


「学生の研究報告があったり、無料で見れるって、遥香が言ってただろ?」


 渋っていたが、食べるのが速くなった。お茶を飲みほして、「そうねぇ、楽しそうだし」


 数分で着替え、目的地を指定して車に任せる。空気抵抗を無くす、丸いデザイン。速さだけの追求、逆に物足りない。


 柵がたくさんあるふれ合い会場、膝くらいの大きさだろうか、恐竜が「キュゥ、キュゥ」と鳴いていた。


「その子、ハルちゃんって名前なんですよ。大人気の子です」


 飼育員が説明してきた。妻はゆっくりとしゃがみ、静かに涙を流す。


「おい…どうしたんだよ」


「え? やだ、なんで…ハルちゃんの目が、遥香に思えて」


 止めどなく流れる涙を、必死に拭う。落ち着いたところで、近くのベンチへと妻を休ませた。

 そうだ、さっきの飼育員に何か聞ければ──


「すみません、その…ハルちゃんについて、知ってること、すべて教えて頂けませんか?」


「数年前になりますが、恐竜博へ勉強にきた学生さんの事故って、知ってますか? それの、生き残りだと僕は聞いています」


 発見当時は、ほんとうに小さかったハル。その小さな前足に、名前の札がついていた。

 人間の様子をしっかり見て、それに合わせた反応ができること。とても愛嬌があると、人気になった。


「とても愛嬌のある学生さんが、誕生させたんだろうって思います」


 やることがあると、丁寧なお辞儀をして奥へと行ってしまった。


 遥香が自分のDNAを、恐竜につけたとしたら、妻の反応とも辻褄が合う。

 タイミングを見計らい言おうと準備していたが、必要なかった。


「遥香が九つのとき、旧型で産んでくれてありがとうって言ったのよね。自然なかたちを望んでるんだって、ほんと嬉しかった。自分のDNAをつけたのは、驚いたけど」


 そう言いつつも、新しい方法も取り入れる姿勢に、嬉しそうだ。


「老後は、旧型にするわよね?」


 新型は、子どもを産むなり、仕事を熱心にするなり、国へと貢献することを申請すれば、寿命の延長が保証される。

 莫大な治療費は、無償だ。ただ、それに肉体が耐えれるか、日々のニュースで今後の課題だと流れているな。


「お前が望むなら、そうするよ」


 どんな姿になったとしても、遥香は大事な家族だ。妻が笑っている。頬にふくらみは無い。しかし、いつの間に増えたんだろうな、その笑いしわは。


 どんな姿になったとしても、お前の隣にいるよ。



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