カラス部の活動はまっくろ

ちびまるフォイ

黒い部活と白い部活

下駄箱に手紙が入っていたので、

このご時世に素敵なラブレターかと思いきや部活の勧誘だった。


「ようこそ、カラス部へ」


「あの、この手紙を入れたのはあなた達ですか?」


「ああ、そうだ。君は裏部活というのを知っているか?」

「いえ」


「本人の希望を出して部活に入るのが表。まあ普通の部活。

 裏部活は誰が部員なのかを隠す部活だ。

 そして、我がカラス部もその一部」


「それでずっと黒い布越しなんですね。犯罪者かと思いました。

 具体的には何をすればいいんですか?」


「難しくはない。人の話を聞いて、それを文字に起こすだけだ」

「は?」


「カラス新聞を見てくるといい」


部長に案内された学内の掲示板には確かにカラス新聞が貼られていた。


新聞の内容はたわいもない学内の生徒や先生の会話を、

そのままの形で掲載しているものだった。


「これがカラス新聞……」


内容はたいして面白くもなんともない。

それこそ女子トイレでかわされるような何気ない会話。


それなのにカラス新聞は生徒が集まってみんな食い入るように見ていた。


部室に戻ると姿は見えないが部長も満足そうにしていた。


「カラス部員の仕事がだいたいわかったかな?」


「ええ、まあ。意外と需要あることにびっくりでした」


「誰しも人の噂や自分の立ち位置は気になるものさ。

 我々カラスは内容に限らず人の話を聞いてそれを形にする。主観は許されない。

 そして、カラスだとバレることもダメだ」


「どうしてですか?」

「わかるだろ。もし友達がカラスだと知ったらどう思う?」


「……しゃべらなくなりますね」

「そういうことだ」


盗聴するほどの価値もない話だが、誰もが気になってしまう。

俺のカラスとしての活動が始まった。


基本的にはスマホのボイスレコーダを使う。

誰かが話していると何気なく集音距離まで近づいて録音。


会話が終わるとそれを再生して文字に起こして提出する。

俺の創作が行われないように録音データも同時に提出する必要がある。


その後、部員の誰かによる文字と音声の正誤チェックが行われてから

カラス新聞として掲示板に表示される。


「おい、新しいカラス新聞出てるぞ」

「見に行こうぜ」


カラスの活動は俺を含めた新入生の間でも特に人気だった。

俺の書いた記事をみんなが楽しそうに読むので、

まるで一流のジャーナリストになったような良い気持ちだった。


「女子ってこういう話ししてるんだな」

「あ、ああ、そうだな」


「でもカラスってホント怖いよな。この会話も聞かれているかもしれないんだろ」


「……そうかもな」


レコーダーのスイッチは切っていた。


誰もがカラス新聞に興味はあるが、当事者にはなりたくない。

新学期がはじまって1ヶ月もすると誰もが悪口を言わなくなっていた。


「これがカラスの存在理由なのか」


裏部活。それもカラス部なんて誰が得をするんだという話だったが、

監視カメラを設置して24時間動かすよりもずっといじめや悪口への抑止力になっていた。


部活動の楽しさを覚えて慣れ始めた頃、

カラスとしての名声をあげたくてさらに突っ込んだレポートを提出した。


「部長、これどうですか!? 絶対大人気になりますよ!!

 今度のカラス新聞でぜひ一面にしてください!」


「それはできない」


「なんでですか! 告白なんて、それこそ人気の記事ですよ!?」


「我々カラスの活動訓を忘れたのか。

 あくまでも掲載するのは会話であって告白ではない。

 プライベートな事実を掲載する下世話なものじゃないんだ」


「噂を掲載しているのも同じですよ!」


部長は俺の渾身のレポートを退けてしまった。

納得がいかなかったので、自分でカラス新聞の号外を作って掲載した。


「 カラス新聞の号外が出ているぞ!」

「山田と斎藤が付き合うんだってよ!」

「すげぇ、こんな言葉で告白したんだ……」


俺の予想通り、カラス新聞はものすごい人気となった。

一方で告白のやり取りを掲載された女子生徒は学校に来なくなった。


一部では妊娠しただの、駆け落ちしただのの噂は流れ

他のカラスから集まる会話も悪い情報が多くなってきた。

噂を集める最先端だからこそ、自分のしでかしたことの大きさに気がついた。


「カラスどもってホントクズだよな」

「人の話を盗聴して何がいんだ」

「あんな奴ら消えちまえばいいのに」


誰もが疑心暗鬼になり、話している当事者以外の人が近くにいれば声を潜める。

いじめや悪口はなくなったが同時に楽しい会話をする機会すらも潰してしまった。


「やっぱり……掲載しなければよかった……」


それでも学内にわずかに話される幸せな会話を集め掲載するため

俺は廊下や教室などで話しているグループの近くを通っていった。


「おい、てめぇ!!」


思わず振り返ったが絡まれたのは俺とは別の弱そうな男だった。


「さっきからそこに立ってて何してんだよ!

 お前、カラスだろ!? 俺たちの会話聞いてたんだろ!?」


「ちっ、ちがいますよぉ……ぼ、ぼくはただ移動教室がここだったから……」


「嘘つくんじゃねぇ! カラスなんだろ!!」


屈強な男は、細い男の胸ぐらを掴んですごんだ。

細い男は怯えて謝るのではぐらかしているようにも取られてしまう。


「この盗聴野郎が!! 他のカラスの部員共を教えろ!

 これから全員でボコボコにしてやる!」


「僕は本当にカラスじゃないんですぅ!」


「だったら思い出させてやるよ!」


校内はカラスつぶしが盛んに行われていた。

それが目の前で繰り広げられたのは初めてだった。


痩せてひょろひょろの無害そうな男が今にも殴られそうになったとき。


「待てよ!!」


俺はつい声を出してしまった。


「なんだ? お前、こいつの知り合いか?」


「ちがう。でも……そいつはカラスじゃない」

「なんでそんなことがわかるんだよ」


「俺が……俺がカラスだからだ」


部員同士も誰がカラスかどうかなんてわからない。

それでも男を助けるためにはこれしかなかった。


「お前らのしょうもない盗聴のおかげで、

 彼女ができてあんなに喜んでいた友達がどうなったと思う。

 お前ら覗き野郎にはわからねぇだろうから、せめて痛みは思い知れ!!」


人から殴られたのは生まれて初めてだった。

顔が腫れ上がるほど殴られ意識を取り戻したときには日が暮れていた。


「あ、あの……ぼくのために……かばってくれたんですか」


「……まあ……そんな感じ」


「あなたは本当にカラスなんですか?」


「元、ね。カラスは自分がカラスだとバレてはいけない。

 バレた段階でカラスではなくなるからもう違うよ」


「そうなんですか……」


カラスの活動が楽しかったのは事実だった。

それでも罪悪感はどこかにあって、カラスから離脱して少し楽になった気もする。


「それじゃ……俺はもう行くよ……」


「あのっ、待ってください、まだ……」


「まだなにか?」


弱そうな男は手を差し出した。


「実はぼく、裏部活のハト部なんです。

 カラス部で培った誰にも気づかれずに接近する才能。

 ハト部で生かしてもらえませんか?」



ハト部となってからは、依頼者の言葉を人知れず届ける活動がはじまる。

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