2019年9月6日『ネクタイ』
ネクタイを締めるのは何のためかという問いに対し緩めるためだとのたまった奴がいたそうだ。聞いたときは身もふたもないというより無意味この上ないと思っていたが、なかなかどうして意外と的を射ていると最近思う。仕事帰りで自分の家の前に立ったときは特に。俺は財布から鍵を取り出しドアを開いた。最初に目に入ったのは…
廊下にうつ伏せで倒れる女の姿だった。ご丁寧に首に荒縄が巻き付いた状態で。
全世界が、停止したかのように思われた。しばしの沈黙が廊下を覆う。俺はとりあえずネクタイを緩めながら鍵を閉める。
「今日は随分とベタなやつだが…帰ってきたばかりか」
押し殺したような笑いが小さく聞こえた。
~家に帰るとハルヒが死んだふりをしています~
「久しぶりに原点回帰しようと思ったのよ」
原点回帰、ねぇ。何事もなかったかのように手際よくご飯とおかずを机に並べてハルヒはそう言った。
ハルヒの死に際は日によって異なり、ある時は包丁が刺さって床が血まみれだったり、またある時は頭に矢が刺さっていたり、軍服を着て銃を抱えたまま名誉の戦死を遂げていたり。入浴するまでその恰好のままなので、現に今も首には荒縄が巻かれたままだった。
「とりあえずその荒縄を外してくれ。首輪みたいになってる」
「あら、付けたままだったのね。なんか首がむずむずすると思ったのよ」
マフラーを外すように首から縄を外し、寝室の衣装棚の中に仕舞いこんでいた。あの中にはどれだけ小道具が入っているんだかしらんが、学生時代の奴もまだあるらしい。本人曰く、着ようと思えば着れるとのことだ。リクエストが通ったことはまだないが。
「はいキョン、お疲れ様」
「お互い様にな」
グラスにビールを傾けてくれるハルヒから缶を受け取り、残り半分を注ぎ返す。同居したときから変わらない儀式みたいなもので、このあとから家事担当は俺になる。共働きだから家事も折半しているのだが、料理を作るのと片付けるのだと明らかに俺の方が負担が軽いのが悩みどころだ。
「キョンの方が帰りが遅いし気にすることないんじゃない?あたしは食後にのんびりお茶淹れてもらってる方が好きだしね」
そう言ってくれると嬉しいが…。というか食後は血のりの片づけとか軍服のアイロンがけで動き回ってるじゃねえか。ハルヒは何がおかしいのか愉快そうに笑った。
了
おまけ
「ちなみに今晩のおかずの魚って…」
「あぁ、気が付いた?鵜飼という獲り方でとった」
「もういい」
原曲
「家に帰ると妻が必ず死んだふりをしています」
ハルヒ短編集(一話完結) むーらん @muuran
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