無職のクマさん

@ranbuta

第1話:最初の6匹

 リビングに到着したのは、俺が最後だった。広いけれど机はなくて、でっかいソファとテレビだけがある部屋。普段はチーチーがテレビを見るために使っているが、ゴウザからの呼び出しがあると、みんなが集まってくる。

 ソファの背にはイティーが、クッションの上にはダイアナが寝そべっていた。他のみんなは床だ。掃き出し窓を背に座るゴウザの顔が見えるように、思い思いの格好でいる。そのゴウザはひっくり返した金だらいに腰を落ち着けていたが、これも床に含んで良いだろう。

 俺はぐるりと辺りを見回して、空いていた出窓の側に座った。それを確認したゴウザが、落ち着いた低い声で喋り出した。もちろん、口は開かない。


「連絡事項は1つだけだ。明日から、担当の医者が変わる」


 4匹の動物たち、つまり俺とゴウザ以外のみんなは無反応だった。それが何を意味するか分からなくて、戸惑ったのだろう。

 代表して、俺が間抜けな質問をした。


「つまり、どうなる?」


「最も重要な変化は、行動の自由が増えることだ。常駐する予定の医者に許可を取れば、出かけても良い。逆に、誰かを呼ぶことも出来る」


俺はちょっと考えてから、更に質問した。


「扱いが人間並みになるってこと?」


「パディントン、君の認識はいつも大雑把だ。だが今回に関しては、あまり間違っていない。当座は、その理解でも良いだろう」


そりゃどうも。俺は思わず鼻を鳴らした。


「なあゴウザ、俺たちはもっと単純なルールに従って生きてきたんだ。あんたの言う通り、状況はもうちょっと複雑なのかもしれないが、それを認識してなくたって俺たちは困りゃしない。だろ?」


「全員が動物園出身というわけではないし、群れを作らないというわけでもない。例えば私は元々アフリカにいたし、群れの中で生活していた。他の動物とともに暮らすためには、細かいと思えるようなことも理解しておかねばいけないよ。

 無論、最初から全てを知るべきだとは思わない。少しずつで良い」


「分かったよ」


 俺は早くも後悔しながら言った。ゴウザのいう通りだ。

 この場所に来てから1ヶ月だが、ゴリラに命令されるってのはどうも落ち着かない。それで、事あるごとに言い返してしまっていた。きっと、自分の縄張りに戦闘力の高い生き物がいることが嫌なのだろう。けれど彼の言う通り、他の連中のことも知らなきゃならない。


 1年ほど前、脳にチップだかなんだかを押し込まれ、俺たち6匹は人間らしい考え方と言葉を身につけた。話しかけたいと思うと、首にかかっている小型のスピーカーがチップからの通信を受け取り、発声するのだ。口を開く必要はない。

 聞いたところによると、提唱したのは動物愛護団体だそうだ。曰く、俺たちは自己決定権ってやつを持つべきらしい。動物園の柵の中で日がな一日寝ていたり、アフリカの大自然の中で陽射しを浴びているのは、どうやら主体的な人生を送っているとは言えないようだ。

 そういうわけで、儲かると踏んで首を突っ込んできた半導体業界やソフトウェア業界とかいう連中によって、俺たち最初の6匹 ファースト・シックスはこの取り組みのマスコットになった。


 ここに至る背景は様々だ。

 密猟者の手から救われたが、帰るべき群れを見つけられず団体に引き取られたマウンテンゴリラ、ゴウザ。

 潰れたペットショップで飢え死にしかかっているところを拾われた芝犬、ジップ。

 飼い主にタバコの火を押し付けられ、虐待されていた三毛猫、イティー。

 動物園に連れてこられたが、群れに馴染めなかったカピバラ、ロータス。

 実験動物として研究者と共に暮らし、コーラの味を覚えて野生に帰れなくなったチーチー。

 動物園でのんべんだらりと過ごしていただけのツキノワグマ、俺。


 これは、動物が人間社会に向き合う物語だ。


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