もし、考えるだけで創作活動できる機械があったなら。
雨乃時雨
もし、考えるだけで創作活動できる機械があったなら。
ぴんぽーん。
日曜日の昼下がり、寝間着から着替える事もせずにパソコンに向かってカタカタと文字を打っていると、インターホンの音が聞こえた。
そういえば通販サイトで予約していたものが発送されたんだった。その事を思い出して、私のテンションは否応なしに上がる。
「はーい」
「宅急便です」
扉の向こうには果たして小包みを一つ持ったお兄さんが立っていた。
「ここにサインお願いします」
言われるがままに自分の苗字を書く。サインした紙を渡せば彼は「ありがとうございました」と言い残して去っていく。私は扉を閉めて、スキップでもしそうになるのを堪えながら、その小包みをパソコンなどが雑多に置かれている作業用の机に置く。
そして段ボール箱を開けてその中身を取り出した。
注文したジャッシン――Just Thinkingはその名の通り、考えるだけで創作活動ができるという代物だ。入力は自分のアイデア一つだけ、出力できるものは小説、ゲーム、音楽、映像、イラストと多岐に渡る。まさに創作者にとって夢のアイテム、世紀の大発明と謳われるのも納得である。
もうこんな文字を打つ作業も必要なくなるのだ! 私はパソコンのディスプレイに表示される書きかけの小説を見て思った。
早速、商品を開封する。ジャッシン本体は直径ニ十センチ程の真っ白な球体らしい。これを付属のケーブルでパソコンに接続すれば初期セットアップは自動的に行われる。初期セットアップが行われるのを待てば、出力を何にするか選択する画面が出てきた。
映像やイラストも興味あるけど、まずは小説からかな。
そんな事を考えて小説ボタンをクリックすると、何を創るか考えてからジャッシンに頭を近づけてくださいとの指示が画面に表示される。
さて、何を創ろう。
趣味で十年ほど文字書きをしているとはいえ、最近は時間があまりなかったせいで小説を書く事ができず、ネタだけが溜まっている状態だった。ネタだけなら沢山ある。
あぁ、そうだ、あのネタなんかはどうだろう。
そう思ったのは、溜めていたネタのうちファンタジーに分類されるもの。序盤の序盤だけを書いて、忙しくなったせいで放置してしまったあのネタ。
文字が神聖な物とされる世界で、文字を食べなければ生きていけない『文字食い』と文字を扱うのが仕事であり神官的なポジションにあたる『操字師』の二人が織りなす物語。操字師と、彼らが作った文字を食べてしまう文字食いは敵対した存在であるが、操字師である主人公がその関係をどうにかしようと奔走するのだ。主人公には操字師になる前に仲良かった文字食いの友人がいて、その友人を救う為に――。幾重にも伏線が張り巡らされ、感動のラストで終わる予定になっている。
カクヨムに上げれば最終回までに異世界ファンタジージャンルの年間ランキング一位は間違いないという超傑作である。
私はジャッシンを手のひらで包み込むように持ち、それを頭に近付けた。球体の白が青色へと変わっていく。私はジャッシンを額に当てながら、先程の小説のネタ全てを流し込んでいく。
必要だと判断されたものは全てジャッシンに伝える事が出来たのだろう、ジャッシンの色が青から緑へと変化し、画面に小説作成中。しばらくお待ちください。との文字列が表示された。
私はジャッシンを頭から離して、小説が出来上がるのをずっと待っていた。
五分程待っただろうか。ようやく画面が切り替わる。
小説を書く為の五分はあまりにも短いが、何もしないだけの五分はあまりにも長い。私は小説完成までの暇潰しに読んでいた本から顔を上げた。
どうやら小説はテキストファイルで出力されるようだ。私は作成されたテキストファイルを開いた。
テキストファイル名は『紙とペンさえあれば』。その小説の題名として考えていた一文だ。
本当に考えた事が文字になってる!
その事実に対する高揚感を胸に、そのファイルを開いた。
最初は神話から始まる。文字は神様から与えられしもの。だから文字が神聖なものだとされるという理由付けの為の神話。文体は神話っぽく少し古めの文語で書かれている。ここまで考えた通りに文章が出てくるとは! 私はその文を読み進めていった。
神話が終われば、物語が主人公の操字師の視点から始まる。仕事をしているシーンだ。その時に文字食いの人に対する悪口を聞いて主人公が気分を害して――。
「ん?」
妙な空白があった。
ジャッシンの不具合かな? そんな事を考えて読み進める。しかし空白は減るどころか、二つ、三つ……仕舞いには空白だらけでとても文章と呼べるものではなくなった。
「なにこれ」
不具合どころではない。これはとんだ不良品だ。何が世紀の大発明だ。考えるだけで創作ができるんじゃなかったのか。こんなにも空白が多ければ、到底作品と呼ぶことができないだろう。
私はパソコンを操作してジャッシンの返品手続きをしようと、その商品ページを開いたところで。ふと、手が止まった。
気づいたのだ。
もう一度テキストを読み返すと、以前書いた事のある序盤の序盤の方だけはちゃんと文字になっている。空白が出てくるのはその後だ。特に私が伏線を入れようとした辺りや、その伏線を回収しようとしたところ辺りは空白が酷い。ラストなんかは真っ白だ。
ジャッシンは考えた事を創作物として出力する機械だ。考えた事を小説に、ゲームに、音楽に、映像に、イラストにしてくれる。しかし考えていない部分があればどうなる?
私はこの小説の伏線部分に関して、具体的にどこにどんな伏線を張るか、どのように回収するかはっきりと決めていなかった。ラストなんかは考えてすらいなかった。書いているうちに何とかなるかと放置していた。
思考が悪い方へと転がっていく。
そもそもこれを書かなかったのは時間が無いからだと思っていたが、本当にそうなのか? だってこの小説のネタを考えたのは一年前くらいだ。流石に三六五日毎日時間が無かった訳ではない。ジャッシンで出力された文章で空白が出始めるのは、最序盤以降の部分、つまりは私が一度も書いていない部分からだ。……この小説を書かなくなったのは単に思い浮かばなかったからじゃないのか。凄い小説を書きたいという欲望に応えるだけの技量と発想力が自分には無かったからじゃないのか。
つまり、自分の限界を見たくなくて時間が無いなど、それっぽい理由を宣っていたのだ。
現実を、見つけてしまった。
目の前にはジャッシンの商品ページが開かれたままだ。その商品評価欄を見てみる。
本当に考えた事をそのまま作品にできると星を五つ付けている人と、空白ばかりで使えないと星を一つしか付けない人に二分されていた。
一番下までスクロールすると今度は私が、商品はどうだったかの星とコメントを書く欄が出てきた。
私はしばらくマウスをレビュー画面の上で彷徨わせて。
星を一つだけ付けて投稿した。
もし、考えるだけで創作活動できる機械があったなら。 雨乃時雨 @ameshigure
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