6-4

 ずるりと、真也の胸から手が引き抜かれる。

 手には未だ脈打つ心臓が握られている。


「おやおや…これはやってしまいましたな、陛下」


 魔術師は小さな童の粗相を、さながら親のように咎めていた。

 そこには呆れの感情が露わになっている。


「せっかくのおもちゃをそのように台無しにしてしまって、勿体ない…。いかがいたします、この状況を?」


「さてな……。しかし、たかが心臓をえぐられたくらいで死ぬとはな……正直、この程度で終わるとは興ざめだ。オレの眼鏡にかなったのだから、もう少し出来が良いと踏んだんだんだが…」


「何もかもが規格外のあなたと同列に扱われては大抵の者は参ってしまいますよ。心臓を取り出されても生存していられる者など、この星では片手で数える位しかおりませんとも」


「お前とてこれの出自は知っているだろう? ならばオレが気に掛ける理由がわからないとは言わせんぞ」


「まぁ…確かにそこを考慮すれば、あなたの仰りたい事も分かりますがね……」


 そも、この少年も元をたどれば普通ではない。

 原点となった大元の存在が特級の異常者、云わば特別という概念を具現化したような超越者だったのだ。

 人間の最高峰、人類にとっての一つの解答、世界に唯一無二であると認められたモノ。

 異常な存在は、異常な現象を引き起こすもの。

 心臓を破壊されるという常識で考えれば絶対の死をも覆す大どんでん返しを期待する彼の心境も分からなくはないが……。


「今は純粋に時期ではなく、タイミングを違えてしまったのですよ。もう少し熟成させてからでなければ、あなたの望み通りの展開にはならなかったという事ですな。心臓を破壊された人間が息を吹き返すなど、それこそ神代の大魔術かそれを上回る奇跡が必要です」


「お前の手でコレを直す事は出来るか、アルギロス?」


 現代の魔術師が聞けば馬鹿馬鹿しい戯言だと一蹴する無理難題な要求に肩をすくめておどける魔術師は王の願いを叶える手段を模索する。

 地球ほしが生れるよりも遥かな過去から積み上げてきた知識、演算能力、それらを駆使して数多の可能性を網羅し、把握していく。

 流れ往く星のように過ぎ去って行く知識のカケラ。

 問いに対する解答が滴り落ちるては泉の如く溜まっていく。


「ふむ…可能ではありますが、やはり時間が掛かりますな。真っ当な手段を用いては五、六十年はかかるかと。急ごしらえの魔術で蘇生させることもできますが…そうなると、ゾンビかグールになる事は避けられませんな。少なくとも人間としての蘇生は望めますま……おや?」


「……ん?」


 なにか異変を察知した魔術師の目線の先へ視線を向ければそこには魔術師が懸想している少女がいた。

 長い金髪は垂れ下がり、素顔を隠してしまっていて表情は読めない。


(まぁ、明朗な表情を浮かべていない事だけは断定できるが…。あの小娘にも拍子抜けだったな)


 友が焦がれたオンナだというから気に懸けてみたものの、蓋を開ければこの体たらく。

 この程度の愁嘆場で意識を手放すなど、所詮はただの小娘でしかなかったか。

 腕が立つと言っても精々が中堅止まりといったところだろう。

 世界各国の名うての魔術師や戦士を探せばこの程度の輩は吐いて捨てるほどいる。

 という要素を鑑みて今後の成長に期待できなくもないが、それでも底は知れている。

 国を滅ぼす程度の器にはなれても、世界を滅ぼす器には届くまい。

 友の伴侶としては落第でしかないこの劣等生物を処理がてら有効活用して今回の興醒めな展開で萎えてしまった心を慰めるとしよう。

 手始めに四肢を素手で引きちぎり、内臓を掻き出したらどのように鳴くのか遊んで試してみるかと獣の性を滾らせて少女へと近づいていく。


「―――ない」


「む?」


 少女の口から漏れてきた微かな声。

 何事かを呟いたのかと耳を傾けると。


「―――死なせない」


 静謐な一言。

 穏やかな……否、穏やか過ぎるその声は不吉が滲んでいて―――。

 空間に存在していた無機物、有機物、物理的要素、概念的要素が一瞬で死に絶えていくのを肌で感じた。

 言葉に籠められた想念の重さ、呪いの深さを識った瞬間に獣の本能が全霊で警告を放つ。

 ここにいては、危険だ。すぐに退しりぞくべきだと――――――!


アルギロス!!!」


 叫ぶと同時に魔術師が転移の魔術を行使してこの場から離脱させる。

 転移した先は遊園地の上空、約百数十メートル。

 魔術で足場を形成し、遊園地全体を俯瞰できる場所に位置取らせる。

 転移の魔術を行使する際に術を解いたのか武神呼ばわりされていた老人も常と変わらぬ速度で動き出していた。

 遊園地の全体を見回してみれば状況の把握は容易く、先ほどの戦闘があった広場から南方に数百メートル先から天元家が率いる部隊が散り散りに逃げていく低級の怪物たちを狩りながら広場へと向かっていた。

 滅ぼされていく自身の部下にこれといった感慨は沸かず、ふと隣に佇む共に目を向けてみた。

 そこにはいつも自分の頭脳では理解できない魔訶不思議な気配を漂わせ、ただ其処に在るだけで場を剽軽ひょうきんにしてしまう道化者の魔術師がいる…筈だった。

 ジッと、件の金髪の少女を見ている。

 否、これは

 彼女の身に起きた変化をつぶさに観察し、いったい何が起きているのかを把握する為に実験動物を眺める学者のように少女を凝視している。


「あぁ………あぁ……あぁ…! まさかまさかまさかまさか!! アナタがココで!!! なんという歓喜、なんたる僥倖! 『幸福は人生の意味および目標、人間存在の究極の目的であり狙いである』。あぁ……その通りだとも! その言葉の通り、私はココに彼女が顕れる為に多くを費やしてきた!! 全てはその尊顔を拝する為に!!! 我が至福はココに在り!!! あぁ……主はきませり!!! 主はきませり!!!!!!」


 爆発する喜びの感情が周囲に伝染していく。

 普段の気だるげな雰囲気は何処へやら、同胞である魔術師の変貌ぶりは獣の王からしても珍しい喜びようだった。

 つまるところ、


「なるほど、アレがお前が言っていたモノか?」


「然り。然りですとも我が王よ! あれこそは稀代の器を持つ世界の主となれる素養を持ったモノ。アナタに勝るとも劣らぬ絶対者のさがを有した至高の器!! 私がこの世で最も美しい女性だと祝福したヒトですよ、陛下」


「それはそれは……実に滾る話ではないか」


 獣の気配が昂り、強く脈打つ。

 あそこにいるモノは自分と覇を競い合える器の持ち主であるとの事だ。

 ともすれば自分自身をも超える―――


「フフ…フフフフフフフフフ……!!」


 喉を鳴らしてくぐもった笑いを浮かべる獣の王者。

 自分と対等に渡り合える相手がまた増えた事に戦意が滾りだす。

 熱は際限なく高まり、意思が沸騰しては爆発する。

 留まる事を知らない飽くなき欲望は世界を喰い潰しても足りぬと吠える。

 何もかも、全てを壊そう。

 悉くを殺しては、滅するのだ。

 死に抱かれる喜びを、この世のあまねく全てにもたらそう。

 それが―――この世を統べる王者として生を受けた自分の栄えある務めだと知っているから。


「では…お手並み拝見と行こうか。貴様がどれほど滑稽なまでの異常者であるのか、オレが見定めよう」


 空の領域より、猛き王が世界を見下ろす。

 そこで始まる、この世のあらゆる理を超越したヒトのわざを。

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真理の宇宙~System of Universe~ 天土 洸一/天土 滉一 @amatuti_amara

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