第14話

「っ!?」



 先ほどまでの親愛のにじみ出ていた問答は、一体何だったのか。瞬きをする間にこんなことになるとは予想だにしていなかったオレは、遅れて息を飲んだ。それは友人たちも同じだったようで、横から「な、何を」と神三郎が蚊の鳴くような声を漏らすのを耳にした。


 あの流れからいきなり剣を突き付けられるって、どういうことだよ! てか、薄々気が付いていそうって……。


 オレはガルガッディアの顔を見上げる。確かにシュライザは剣を突き付ける前にそう口にした。彼には、こうなることを予期できたのだろうか。

 当のガルガッディアは、不意に首元に添えられた大剣を見下ろしていた。その顔からは、驚いた表情は見えず先ほどまでと何ら変わりない様子だ。目を見開くわけでもなく、口を開き喚くわけでもない。ただ平然と自身の首を落とさんとする武骨な大剣を眺めるばかり。

 かと思ったら、直後に顔を上げてシュライザに目を向けると、小さくため息を吐いた。


「……お主の上は、例の首好きの気狂いだったな。そこに思い立った時点で、こうなることは薄々予想できていたが。相変わらずお主は律儀だな。そんなに我のことが嫌いか?」

「…………」


 ガルガッディアの問いかけに、シュライザはわずかな間口ごもる。しかし、突き出した剣を引く様子は見られない。ハラハラとオレたちが視線を投げかけていると、やがてポツリと漏らした。


「……正直、済まないと思っている。先ほどのお前の話を聞いて、猶更な。私自身このようなことはしたくないのが本音だ」

「だったら――」


「だが」


 言葉を紡ごうとしていたガルガッディアを黙らせるように、シュライザが少し強めの声を被せてきた。


「だが…………。私は、一軍の将なのだ。この意味、お前ならわかるだろう?」


 シュライザの言葉を吟味しているのか、ガルガッディアはじっと彼を眺めながら、僅かな間を空ける。

「…………そうか」

 やがて納得したのか、ガルガッディアはそれだけ呟くと、すぐに口を閉ざした。


 一軍の将……って、それが一体どうしたんだ……? どういう意味合いでとらえた? どこに納得のポイントが?


 動揺が思考を阻害しているのか、全然目の前の展開についていけない。


 夕方なのに変わらず差す強い日の光に、シュライザの大剣が怪しく光り、その切っ先はガルガッディアの首のすぐ真横に添えられたまま。一瞬だけシュライザが弱音を吐いたかのように見えたのだが、説得できなかったのだろうか。


 このままだと、ガルガッディアさんの首が――


 何を為すにも、その凶刃がガルガッディアの首を落とす方が早いだろう。完全に状況は詰んでいると思っていい。

 ……そう、思っていたのだが。



「…………はは」

 不意に、ガルガッディアが小さく笑いだした。



「……何が可笑しい」

 この絶体絶命の状況で何故笑みを浮かべられるのか――恐らく、シュライザもそのように考えたのだろう。大剣を持つ手に力を籠めたのか、ぎりっと小さく音を立ててさらに大剣を首に近づける。

 しかし当のガルガッディアは、その大剣の動きさえも分かっていたとばかりに肩をすぼめた。


「いやなに。お主は変わらぬなと、そうだな……安心しただけよ」

「この状況でよくもそのような戯言を吐けるな、友よ」


 言葉の端に苛立ちを思わせるような荒っぽさを含んだ口調で、シュライザがそう口にする。だが、ガルガッディアは変わらず落ち着いた雰囲気をまとったままだった。


「一軍の将、か。そうだな。確かに一軍の将たるもの、個人の私情で部下を危険にさらすわけにはいくまい。特にお主の上司は、あの気狂いだ。お主の失態でどれだけの人数が殺されるか、わかったものではないものな。それに平然と耐えられるお主ではない」

「……分かっているのなら、大人しく首を差し出せっ」

 いい加減にしろとばかりに、シュライザが強めの口調で言葉を吐く。あるいはもしかしたら、自身の迷いを断ち切るためだったのだろうか。そんなことを思わせるような、複雑な気持ちが感じられるような言葉の発露だった。



「…………良かろう。切り落とすがよい」



「ガルガッディアさん!?」

「っ――」


 潔くそう宣言したガルガッディアに、オレたちは彼の名前を呼ぶ。シュライザも、彼の言葉に若干気圧されたのか、小さく息を飲む声が聞こえた。


「だが――」


 しかし、ガルガッディアの言葉はそこでは終わらなかった。

 彼は楽し気に鼻で笑うと、悠然と口を開いた。




「……お主にそれができるかな?」




「!?」


 不意に、一瞬で剣を引いたシュライザが大きく後ろに跳躍した。

 直後、ガルガッディアの正面……今まで彼の大剣が居座っていた空中に甲高い音を立てて何かが通り過ぎる。一瞬過ぎてよくわからなかったが、まるで空間が歪んだようにも見えて。かと思ったら、直後に強い風が一陣吹き抜けた。


 咄嗟のことで無理な動きをしたのだろうか、数メートル先でよろよろとシュライザが姿勢を正す。そして吹き抜けた風を受けながら、小さく呟いた。


「……風の刃か」

「ほう、よく避けたな。これで決めるつもりだったのだが。相変わらずこと戦闘中においては、鼻が利くようだ」

 楽しそうに手を広げて語るガルガッディアに対して、シュライザは油断なく剣を構えて周囲を見回し始めた。


「……この結界もお前の作ったものだろう。魔術の多重起動なぞ、いつの間に。しかもこんな魔力の薄い世界で」

「その答えは、お前をある程度聞き分けが良いようになるまでいじめてから、答えてやろう」


「ふざけたことを――」

 シュライザが言い終わる前に、不意に彼の足元で茨が発生し彼の足にまとわりついた。


「なっ」

「ほれほれ、休んでいる暇はないぞ」

 そう言いながらガルガッディアは軽く腕を払う。すると彼の前に数個の魔法陣が形成された。直後、その魔法陣から先端のとがった木の幹が突き出す。木の幹は、空を切り裂く勢いでシュライザへと襲い掛かった。


「お前――」


 しかしシュライザも相当な腕前のようだ。わずかに時間差で迫ってくる木の幹を、身の丈ほどもある大剣を軽々と振り、次々と切り落としていった。


 魔法陣は消えることなく木の幹を生成し、それをシュライザがすべて切り落とす。そんな光景が何回か繰り返されたころ。不意に真正面から突き刺しに迫ってきた木の幹を真っ二つにしたところで、シュライザが勢いよく身をかがめた。


 直後、切断された断面から鋭い針のようなものが、まるで剣山のように爆発的に生えた。

 あのまま立っていたら、シュライザの身は無事では済まなかっただろう。


「な――」


 それだけでは飽き足らず、さらに事態は動く。地面に身をかがめたところで、シュライザは驚きの声を上げた。


 先ほどまでなかった魔法陣が、いつの間にかシュライザの足元に輝いている。いや、足元だけではない。大柄な彼をすっぽりと覆えるほどの大きな魔法陣が、足元だけでなく頭上でも回転運動をしていた。


「な、何故こんなっ!?」


 直後、魔法陣で囲まれた空間が歪んだ。

 そしてうめき声を上げながら、シュライザが地面に倒れ伏す。

 よく見たら、彼の周囲一帯がわずかに陥没しているのが分かった。それほどに魔法陣の中は、大きな重力がかかっているということだろうか。



「どうだ、このような魔術。見たことないであろう?」



 魔法陣の中から……いや、それ以前に指一本動かせそうになさそうな様子のシュライザを見ながら、ガルガッディアは悠然と近づいていった。

「しかしよくかわす。避けるであろうと思いながら起動させていたが、まさかここまで無傷で突破されるとは思わなかったぞ」


「……お前、どういうことだ、これは……っ」


 首を動かすだけで精いっぱいなのか、わずかに兜を鳴らしながらシュライザが苦しそうにそう漏らす。それに対し、ガルガッディアは彼の傍で片膝を折ると、軽い調子で答えた。



「全てこの国のアニメが教えてくれたのだ」



「……は? あにめ?」

 何を言っているのかわからない、といった様子でシュライザが呟いた。

 まあ何を言っているのか分からないのは、当然のことだろうが。


「この国のアニメには、我らの世界では到達しえない、ありとあらゆる知性と、思考の種が内包されている。これを嗜むだけで、お前も変わる。必ず変わる。だから、見ろ」

 倒れ伏すシュライザへぐっと顔を近づけながら、鼻息荒くガルガッディアは口を開く。



「アニメを、見ろ」



 あれだけの戦闘を繰り広げた直後。そんな意味不明なことを口走り始める同僚に、彼は何を思ったのだろうか。シュライザは魔法陣の外から鼻息荒く見つめてくるガルガッディアから顔を反らせて、口を開く。



「……まず、この魔術を解け。馬鹿者――」



 ……まあ、そうなりますよね。

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モテるための賢いやり方? 沖野 深津 @Fulmina-th

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