第13話

 翌日。


 今日も今日とて日差しが強く、外に立っているだけで汗ばむ陽気。そのせいか、日曜日であるにもかかわらず駅前広場には人の姿はまばらだ。


 ……いや、人が少ないのは恐らくそれだけじゃない。


 少しいつもと雰囲気が違う。それが何なのか、詳しいことは分からないが、オレは敏感にその違いを感じ取っていた。いや……魔法に敏感なこのエルフの体が、無意識のうちに感じ取ってくれた、と言った方が正しいかもしれない。


 今この駅前広場には、どことなく魔力的なものを感じる。


 そんないつも通りの景色なのにどことなくいつもと違う地元の駅前広場に、オレたちは昨日と同じ時間に訪れた。



「……待っていたぞ」



 不意に地の底から響くような声が耳に入る。その直後、今まで何もなかった空間に突如として黒い穴が発生した。そこからぶわっと黒い霧があふれる。

 黒い霧はもくもくと雲のように密集し、大きな塊を作り上げる。かと思えば、空間に滲むように外側から薄れ始める。そしてその現象が収まったころには、昨日も目にした威圧的な黒い鎧が姿を現していた。


「……っ」


 昨日に引き続いてのお目見えであるはずなのに、オレは黒騎士……シュライザの登場に小さく息を飲む。

「やっぱおっかねぇな」

 オレの横で同じく美少女の姿で立っている祐樹が、ぼそりとつぶやくのが聞こえた。

 振り向くと、肩をすぼめながら腕を組む祐樹の姿と、更にその横に難しい表情を浮かべてシュライザを見つめる、こちらも美少女状態の半助の姿もあった。



「遅くなって済まない」



 そんなオレたちが一歩退いて慄いていると。代わりにこの中で一番背の低く幼く見える少女姿の神三郎が、一歩前に出てシュライザと相対した。臆さない神三郎の姿に、シュライザはじっと彼を見下ろしていたが、やがて自らの胸元に拳を添えると、恭しく首を垂れた。

「いや。昨日の今日で感謝する、勇敢な少女よ」

 その姿にふさわしい、まるで騎士のような所作で神三郎に感謝を述べたシュライザ。その後、彼は神三郎から視線をずらし彼の横にいる偉丈夫へと目を向けた。


「…………久しいな」

 重厚な兜に守られているため表情は読み取れないが、恐らく小さく笑みを浮かべているのではないかと思う。それほど、ポツリと漏らしたシュライザの声は穏やかだった。



「そうだな。お主が将の位を授かったときの祝杯の時以来か。相変わらずその慇懃な振る舞い、変わっておらんな」



 彼の視線を一身に受けた偉丈夫……ゴブリンリーダーのガルガッディアは、シュライザの姿を見てそう口にした。彼の場合表情は見えるものの、やはり人間と造形が異なるので少し見え方が違う。だが、恐らく彼も苦笑交じりの笑みを浮かべているのだろうと思う。

 ガルガッディアの言葉を受けて、シュライザの顔が小さく上下に揺れる。


「お前は…………随分と様変わりしたな」

 だいぶ言葉を選んだのか、わずかに間を持たせながらシュライザはそう答えた。


 ……まあ確かに。久々でこの姿を見たらそう言いたくなるのも無理はないよな……。


 オレはちらりとガルガッディアの姿を眺め見た。

 元々異国情緒あふれたローブをまとっていたガルガッディア。しかしこちらの世界に来てからは、この世界の召し物を身に着けることが大半で、特に最近はビジネスマンみたく上下スーツでいることが多い印象の彼。


 そんな彼が今日身に着けているものは…………でかでかとアニメキャラが刻印されたパステル調のTシャツであった。

 筋骨隆々な外国人が、アニメのシャツをぱっつぱつにしながら着ているがごとく。


 続けて何と声をかければいいのか分からないのだろう。にこやかな笑顔を向けてくる魔法使いチックな少女の絵柄に顔を向けながら、シュライザは居心地悪そうに腰に手を当てた。一方ガルガッディアの方は、シュライザの視線が自身の着ているTシャツに言っていることに気が付くと、軽く胸を張って誇張する。


「気になるか? この神作品Tシャツが」

「……か、神? あぁ、いや……物珍しいと感じただけだ。特に興味はない」

「……そうか」

「…………お前はこの世界で何があったんだ……?」


 シュライザがすげなく断ったところ、ガルガッディアが非常に残念そうな声を漏らす。そんな反応が返ってくるとは思わなかったのだろう。シュライザは唖然といった様子でガルガッディアを眺めていた。


「何があった、か……そうだな」


 シュライザの言葉に何か思うことがあったのか、ガルガッディアは落としていた肩を上げると、じっとシュライザを見つめた。

「なあ、シュライザよ。正直に答えてくれ。我らが異界に逝くことになった際、お主の周りの居丈高な奴らは何と言っていた?」


 ガルガッディアの視線を受けたシュライザは、直ぐに言葉を発することはなかった。両者の間にほんの少し静寂が訪れる。

 やがて、言いにくそうに息を漏らしたのち、呟くようにシュライザが言葉を発した。


「……異界の先遣隊としては良き……捨て駒だ、と」

「ふん、そんなことだろうと思った」


 予想通りの回答だったのだろう。ガルガッディアは鼻を鳴らして皮肉げに呟いた。そういえば以前ガルガッディアがこの世界に来た時の演説の中にも、同じように自分たちは力なく虐げられていると言っていた気がする。



「我はな、シュライザ」



 そう言ってガルガッディアは空を見上げた。つられてオレも軽く顔を上向かせる。夏に片足を突っ込んでいるこの季節。空にはまばらにしか雲はなく、もうすぐ日が傾くとはいえ日差しがまだまだ強い。

「我は……この世界に来てよかったと思っている」


「このような青い空、向こうでは見れなかったであろう?」とガルガッディアは軽く両腕を開いた。そんなガルガッディアにつられ、シュライザも空を見上げる素振りを見せる。


「だが、ここは人の領地だろう。数日間この地の様子を眺めていたが、人間以外の種族を見たことがない」

「当然だ。何せこの世界で知性……というと語弊があるかもしれんが、少なくとも言葉を話せるものは、人間しかいない。我ら魔族もさることながら、亜人すら存在しない世界だ」

 ガルガッディアの言葉に、シュライザが軽く身を退かせた。続いて出てきた言葉から、戸惑いが隠せないといった様子が見て取れた。


「亜人すら……。このような奇妙な建物を、人間が独自に作り上げたというのか」

 シュライザがあたりを見回す。片田舎の駅とはいえ、駅前となると大きな建物が並んでいる。その意匠は、オレたちにとっては珍しいものではないのだが、異世界出身の彼らからすれば、相当奇異に映るのだろう。


「……なれば尚のこと分からない。そんな世界に足を踏み入れて、なぜお前は来て良かったなどと」

 辺りに広がる街から目を離し、シュライザがじっとガルガッディアを見つめる。鎧のせいで表情は全くうかがえないが、困惑の表情を浮かべているであろうことは容易に想像ついた。


 そんな彼に注視されたガルガッディアは、小さく肩をすぼめると軽く自身のTシャツをつまんだ。


「……この神Tシャツだがな。店で買ったのだよ。人が運営し、人が接客をする店で、な」


「……」

「それに率いてきた仲間たちのことだがな。奴らは……まあ我も含めてだが、やはり人とは造形が異なる故、人族の大人たちには少しばかり敬遠されがちだが。何故だが子供達には受けが良くてな。今や人族の子供たちの世話役をはじめ、簡単な仕事くらいならば人族の手伝いをして生活をしている」



「何だと? ……子供に受けが良かったのか、ゴブリン。なんと羨まし――」



「いやいや、反応しそうだなって思ったけど予想通り反応しないでもらえますか……」


 この人ほんとに筋金入りだな。いや分かってたけどさ。


 ゴブリンが子供に受けが良い、という言葉を聞いた瞬間、すかさず神三郎が反応を示した。そしてオレたちもそんな彼のことをよくわかっているので、絶対反応するだろうなとオレ以外も思ったはず。

 その証拠に、ガルガッディアの言葉の途中で神三郎の方を振り向いたが、祐樹と半助とも視線が合ってしまった。


「……人族と共存している、ということか。魔族が……?」

「ああそうだ。ここにいる彼女らを見ても、その片鱗が窺えよう?」

 そこで漏れたシュライザの言葉は、信じられないといった心情が手に取るようにわかるほど、揺れて聞こえた。対してガルガッディアは、自信ありげに大きく頷く。



「だから、我はこの世界に来て良かったと思っている。アニメ、漫画、日本の誇るサブカルチャーに出会えたのも、幸福だ」



「………………」


 果たしてシュライザは何を考えているのか。彼はガルガッディアの言葉を耳にして、うつむきがちに黙してしまった。彼からすれば、死地に赴いたと思った友人に会いに来たら、まさかの充実した生活を送っていて……という状況だろうか。


 そういえば、この人がなんでこの世界に来たのかは、結局聞けてないんだよな。


 それによって心情も異なってくる気がする。そしてそれを、ガルガッディアもまだ聞こうとしていない。友人の好で分かっているということなのだろうか。


「……さて、我の話は取り敢えずこれくらいでよかろう。次はお主の話だ。お主がこの世界に来た理由は、なんだ?」


 かと思ったら、ここでガルガッディアがそう問いかけた。初めからタイミングを見計らっていたのかもしれない。

 問われたシュライザは、ちらりとガルガッディアの方に顔を向けたが、その後小さく俯いた。


「……そうだな。私自身、お前の動向が気になっていたというのは事実だ。私なんかより遥かに賢しいお前のこと、よほどのことがない限りうまくやっているだろうとも思っていた。それを、確認したかった……というのが、『私個人の』理由だ」


「私個人の、か」

 どこか引っかかるシュライザの言い分。面識の薄いオレがそのように感じたのだから、旧知の仲であるガルガッディアが違和感を覚えるのも当然だろう。だが、それ以上に彼は何か思い当たるところがあるのか、真っすぐにシュライザを見つめながら、言葉を続けた。



「……じゃあ敢えて問おう。お前はどんな命令でこの地へ来た?」



「…………」

 ガルガッディアの問いかけに、シュライザは少し間を持たせる。しかしやがて意思を固めたのか、小さく息を吐く音が、耳に入ってきた。


「……その様子だと、薄々気が付いていそうだが。良いだろう、教えてやる。私がこの地に赴いた理由だがな――」


 不意に、シュライザの右腕がぶれる。かと思ったら突然甲高い音と暴風が吹き荒れ、次の瞬間には、右腕がガルガッディアの方に突き出されていた。だが、ただ突き出されているわけではない。

 そこには、いつの間にか背負っていた身の丈ほどもある大剣の姿があった。

 大剣はガルガッディアの肩辺りに添えられ、切っ先が彼の首へと向いている。


 その状態で、シュライザは冷たく語った。



「――お前の首を、もらいに来た」


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