満月ーShe said moreー

満月ーShe said moreー


「ねぇ、満月だよ」


 ぽつりと、君が言った。

 私たち二人が住処にしているドームの天井は、崩れかけている。

 その、崩れかけた円天井の隙間から、白く丸い月が見えていた。


「ああ…本当だ」


 私が嘆息すると、君は、小さく笑った。

 また、一巡。

 そう考えていることなんて、君にはお見通しなんだろう。


 私たちは生まれてからずっと、ばけもの扱いされてきた。

 だから、逃げた。

 逃げて、逃げて、逃げて、二人で手を取り合って逃げて、ここまで来た。

 ここは、少しだけ安心だった。

 他の人間は誰も近づかない、前時代の謎の建物。

 その、廃墟。

 誰も近づかない、何かを恐れて。

 私たちには居心地のいい住処になった。

 食事は必要なかった。

 私たちは月にたった一度、満月の夜にその光を飲めば、それで生きていられた。

 肝心の満月の夜に雲が出ると困ったけれど、それでも月が一巡りするくらいは、耐えられる。

 それで、ばけもの扱いされてきたのだけど――。


「ねぇ、ストロベリームーンって、知ってる?」


 満足いくまで、白く淡い光を飲んだ君が、つぶやく。


「知らない、なにそれ」


「満月がめっちゃ大きく見えて、苺みたいな色をしてるんだって」


「へぇ、見たことない。それ、いつもの満月と味が違うのかな」


「苺みたいな味、するかも」


 苺なんて食べたこともないくせに、君はそんなふうに言って笑った。

 崩れた円天井の隙間の、直下。

 ぽっかりと開けた空間に、君は両手を広げ、ごろんと寝転がる。

 まるで、差し込む月の光を抱くように。


「ずっと、ずっと、君と一緒にいられたらいいな」


 私が言うと、


「いられるよ、だって他に行くところないでしょ? ずっと一緒にいるしかないじゃない」


「そう、かな」


 そうだといいな……。

 私も、君の隣に寝転がった。

 月の光に抱かれる。

 月を、死者の光だと言ったのは誰だったろう。それを飲んで生きる私たちは、死者を飲んで生きるのだと罵ったのは、誰だったろう……。

 もう顔も思い出せない、それが誰だったのか。

 カラリと乾いた音を立てて、どこかでまた、建物が少し崩れた。

 私は目を閉じて、口を開いた。

 光を飲む。

 甘く、とろけるように滑らかな舌触りだ。

 こんなに美味しいものを飲めないなんて、可哀想。

 私と君をばけもの扱いした、あの人間たち、みんな、可哀想ね。

 こんなに美味しいものを知っているのが、私たちだけだといい。

 私たち、ふたりだけだといい。

 世界に、ふたりだけだといい……。





END.

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

She said more 花宮 @Hana__Miya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る