She said more

花宮

空虚ーShe said moreー

 自覚したのがいつだったのか、あまり覚えていない。

 でも気づいたら、それはそこにあった。

 私の胸の中に、埋められない穴。

 底が見えない暗さで、常に、そこに存在していた。

 いろいろなもので埋めようとした。

 最初は、家族愛。

 両親から愛されるように、死ぬほど勉強した。褒められたら嬉しかったし、自慢の娘だと言われたら誇らしかった。

 だけど、埋まらなかった。

 それどころか、私はそれによってそこに穴があることを、さらに強く自覚することになった。

 次は、友情。

 友達から大事に思われるように、行動した。面白いと思えないことにも大笑いして、和を乱さず、歩を揃えて、いつもくだらない話をしまくった。

 だけど、埋まらなかった。

 次は、恋愛。

 初めて出来た恋人から必要だと言われたくて、努力した。彼の好みの髪型、彼の好みの化粧、彼の好みの服装、いつだって彼の隣で楽しそうにニコニコ笑った。

 だけど、埋まらなかった。


 だから全部、放り込んでやった。

 ぽっかりと空いた私の虚に、片っ端からぽいぽいと放り込んでやった。


 そして今、私、こうして夜の街をふらついている。

 明らかに様子がおかしい私のことを、指さしてヒソヒソする女たちがいる。

 ああ、あいつらもみんな、放り込んでやろうかしら…。


「ねぇ、そんなことしても、駄目だよ」


 ふいに、そう声をかけられた。

 歩道の端っこに座り込んだこどもが、私を見上げ、クスクスと笑っていた。

 男なのか、女なのか、判然としない、けれどとても綺麗な顔立ちをしていた。

 こんな夜にひとりでこんな街にいていい年齢じゃない、すぐに補導されそうなのに、誰も、そのこどもに声をかけない。


「おねぇさん、聞いてる? そんなことしても、ぜーんぜん埋まらないよ」


 何を言ってるの。

 何がわかるの。

 私のいったい


「あなたに何がわかるの…」


「わかるよ、見えるから。ねぇ、教えてあげるよ」


 こどもは、ぴょこんと立ち上がって、踊るように私の前まで歩いてきた。

 リズム感がいいんだわ。

 まるで、歌ってでもいるよう。


「ね、教えてあげる、どうしたらその穴が埋まるのか」


 そうして、に、っと笑った。

 白い、白い歯。小粒で綺麗に揃った、白い歯。

 立ち上がっても、私の胸あたりまでしか背丈がない。私だって小柄なほうなのに。


「あのね…」


 そうしてそのこどもは、私にそっと耳打ちした。

 私は目の前がぱあっと明るくなったような気がして、目眩すら覚えた。

 ああ、そう、そうだわ、始めからそうしていれば簡単なことだったのよ。

 ふと気づくと、こどもはいなくなっていた。

 天使だったのかしら。


 私は、しゃっきりとした足取りで、来た道を帰り始めた。

 それは、行く道でもある。

 私が抱えたこの虚を、埋めるための、最善の方法。

 いいえ、埋めるというよりは穴そのものを、なかったことにすればいいんだわ。


 どこで「しよう」かしら。

 どこが、いいかしら。

 どこでもいいのよね、きっと。

 きちんと出来るところなら、どこでも。


 知らず、歌を口ずさんでいた。



END.

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