序章2 姉妹
「どなたかお知り合いに会いに行かれるんですか」
身を乗りだすような少女の態度にエイメールは肩を竦める。
「いや、特にあての有る旅じゃないから」
気恥ずかしさも手伝って、手元を見たまま上目遣いで少女を見やりエイメールは逆に問い返す。
「君も都会に興味有るのかい」
「あ、いいえ……そうじゃなくて」
言い淀んだ少女は申し訳なさそうな顔で言うとトレイにのせた指をもじもじと動かしている。
少女の表情を窺おうとしたエイメールの視線が、奥の部屋から顔を覗かせるリンダと呼ばれた小さな少女の興味津々の瞳を捉えた。誰に結んでもらったものか、両脇でぼんぼりの様に垂らした髪が小さく揺れている。まだ幼さを残した丸みを帯びた手が小さなエプロンをしっかり握っている。
先程奥からパンを運んで来たところを見ると奥が厨房なのだろう。
目の前の少女があの子に「おじさんの所へ」と言っていたところを見ると奥の厨房でさっきの男性がパンを焼いているのか。
好奇心が髪の毛を生やした様な丸い顔にエイメールは思わず微笑みかける。
エイメール自身に兄弟はいないが、故郷に居た頃近所に年嵩の子供が居なかったせいでエイメールが自分より小さな近所の子供達の兄の様な役目をはたしていたのだ。
小さい子供の扱いに慣れているエイメールの笑顔にリンダと呼ばれた少女の笑顔が輝いた。
「お許しが出た」とでも解釈したのか、満面の笑顔で奥から出て来た少女は姉と思しき少女に並んだ。窓越しのエイメールには見えぬが、窓際に踏み台でも置いているのだろう、向き合うエイメールと少女の横に、窓の下からひょっこりとリンダが頭を出す。
「あら」
リンダの登場に驚く少女に小さな少女が問いかける。
「アイダお姉ちゃん、なんのお話ししてるの」
好奇心一杯のつぶらな瞳をくりくり動かしてリンダは姉とエイメールの顔を交互に見比べる。
「なんでもないのよ、お客さんがサンクトプリマに行くっていうお話をね……」
「さんくと?」
顎に人差し指を充てたリンダと呼ばれた少女が小首を傾げる。
「サンクトプリマ……商業都市と言ってね、お店が沢山あって、大勢の人が集まる街なのよ」
言い聞かせるような姉の言葉にリンダはエイメールの顔をまじまじと見つめる。
「いろんな人が集まるの?」
「そうだな、いろんな土地のいろんな人が商いに立ち寄るらしいよ」
少女の無邪気な好奇心に思わずエイメールも兄の様な返事を返してしまう。
エイメールの答えにリンダは今度は隣の姉の顔を見上げる。
「一杯人が集まる所なら、お父さんお母さんの事知ってる人も居るかも」
何処か縋るようなリンダの言葉にアイダと呼ばれた姉が表情を曇らせる。
「そんなに、簡単な事じゃないのよ……」
姉妹の様子に要らぬ好奇心を刺激されたエイメールは思わず問いかけた。
「ご両親、どうかしたの?」
エイメールの問いに姉妹は無言で顔を見合わせた。
見つめるエイメールの前で少女達はもじもじしていたが、妹のリンダの方が堪り兼ねたように口を開いた。
「帰ってこないの」
一瞬、咎めるような表情を見せてピクリと手を動かしかけたアイダだが。思
い直したように手を握りしめると横目でエイメールを見て続けた。
「半年ほども前なんですけど、出掛けたきり帰ってこないんです」
ハーバーバタフライ 夏 露樹 @dacciman
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