第1話  君は扉を開く

 タッタッタッタッ…

人通りがまばらな歩道を私は走っていた。

時は午前8時50分、すでに高く上った真夏の太陽が私の肌を容赦なく照り付ける。

ふぅ…

額の汗をぬぐい曲がり角に差し掛かる。

その時横から黄色い”何か”が飛び出してきた。

「ふぎゃっ!」

踏みつけられたカエルのような声を出して私は派手に倒れる。

メガネが顔から離れ宙を舞う。視界が一瞬で色の塊になった。

―自慢じゃないが私の裸眼視力は0.01だ、メガネ無しでは生活できない。

研修初日から何も見えず過ごすことになる―そんな考えが私の頭をよぎる。

その時、目の前の黄色い”何か“が跳ねた。

ゆうに2~3メートルはあろうかというジャンプで”それ”は私のメガネをつかみ取りひらりと猫のように着地した。

「ごめんね、周りをよく見てなかったから…大丈夫?怪我はない?」

黄色い”何か”が私にメガネを渡しながら話しかけてくる。

「大丈夫、こちらこそごめんね…あなたは一体…」

「あっ、ごめん、わたし、急いでるから!」

そう言うと黄色い”何か”は風のように走り去り、私がメガネを掛けるころにはその姿はなかった。

「何だったんだろう、今の…」

そんなことをぼんやり考えている―暇はなかった。午前9時から研修のオリエンテーションがある。時は8時55分、大学会館まではまだまだある。

間に合え、私!

私は立ち上がると、再び大学会館への道を走り始めた。

―今思えば、これが私と彼女の初めての出会いだった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 なんとか、間に合った…

汗でぬれた顔をぬぐいながら、私は席に着く。すでにホール内には私以外のセントラルシティ大学の学生、教授、そしてAGNESアグネス―Aninal Girl Normalizing Education School ―アニマルガールの”普通化”教育学校―の生徒たちがいた。

大きな耳、尻尾、角―様々な動物の特徴を持った彼女たち、人であってヒトでない―そんな彼女たちとこの都会まちは暮らしている。

あれ…?

どこかで感じた雰囲気、それを持つアニマルガールがその中にいた。

私は席から身を乗り出し、その顔を見ようとする。そのとき、ホールがスッと暗くなり、壇上に一人の初老の女性が出てきた。

「皆さん、静粛に―これより第35回、セントラルシティ大学、AGNES合同早期研修開会の辞を行います。」

その年齢に反して凛とした声がホール内に響く。うっすらとピンク色がかった白髪を低い位置でまとめたその姿―アニマルガールとヒトの相互理解、それを目的とした機関、MUPROミュー・プロの長官その人だ。

「ここにいる60名の生徒・学生の皆さん、今年もこうしてこの早期研修に多くの方が参加されたことを心よりうれしく思います。セントラルシティ大学とAGNES―場所と通っている人は違えどともにあなたたちが学び、成長するのを大いに助けてくれる場所であることは間違いありません。そして、この早期研修はあなたたちにとっての新たな学び場です。あなたたちがここにいる意味―それはまだわからないかもしれません。しかし、この早期研修はあなたたちがこれからこの都市まちで生きていくうえで欠かせないものを残してくれるでしょう。初めて出会い、ペアとなるヒトとアニマルガール。素直に話せないこともある、相手と衝突することもある、相手の思考に理解が追い付かない―なんてこともあるかもしれません。私もそうでした。それでも相手のことを理解しようとして―」

長官の言葉が途絶える。

長官の目に何か光るものが映る―涙?

「―この1か月があなたたちにとって実りのあるものとなることを願っています。」

こうして半ば唐突に長官の話は終わった。

「では、この後全体説明、その後11時より各自、決められた教室に移動、エリアごとのオリエンテーションを行う」

司会進行の教授がそう言い、全体説明が始まった。


 研修予定地、これから泊まる寮、創設祭フェスタ間の行動など、の話をして、全体説明は終わった。

さて…

今向かっている教室に、一緒に研修する研修生、私とペアになるアニマルガールがいる、そう思うだけで心が弾む。

教室に入るとすでに数人の学生とアニマルガールがいた。

あれ…?

さっきホールで感じた感覚がよみがえる。周りを見渡すとそこに”彼女”はいた。

黄色い髪から延びる2本の大きな耳には白い斑点がある、縞模様の入った尻尾がなんとも綺麗だ。その姿からしておそらく彼女はネコ科の―

そこまで考えたとき、教壇に一人のアニマルガールが立った

「はい、静かに。これからエリアA熱帯の説明をします。私はエリアA司令のディアトリマだよ、よろしくね。」

ディアトリマと名乗ったそのアニマルガールは見た目からして鳥のアニマルガールであることは確かだが―その目に光はなかった。

絶滅種―アニマルガールを誕生させるサンドスターは「動物だったもの」さえアニマルガールに変えてしまう。そうして生まれた絶滅種のアニマルガールの目にはハイライトがないという特徴がある(一説によるとサンドスターによる偏光作用が関わっているそうだ。)

ディアトリマ―司令が説明をしていく。(ところどころに私たちを年少者扱いしている節があるがこれは鳥の先祖としての性だと後でわかった)

「これから、この1か月間の研修を共にするペアと班を発表します。まずは1班―」

学生とアニマルガールの名前が呼ばれていく。

「次、3班。ミランダ・ミラーとサーバル!」

「「はい!」」

私と名前を呼ばれたアニマルガールが立ち上がり、互いに顔を見合わせる―そのとき彼女―サーバルが言った。

「あっ、今朝はごめんね!私はサーバル、よろしくね、ミランダ。」

「こちらこそよろしく―今朝はどうも…」

そう今朝私とぶつかった黄色い”何か”、その正体はサーバルキャットのフレンズだった。あのジャンプ力はヒトが出せるものではない。

静かに、挨拶は後で。次、モニカ・モンクとインパラ、この4名がエリアAの3班、以上3班、皆さんにはこの班でエリアAで研修を行ってもらいます。これでエリアAの説明は以上です。この後顔話わせの後、解散となります。」

ディアトリマ司令がマイクを置く、そして

「はい!じゃあみんな班に分かれて!わからないことがあったら―あっ、えっと私―に聞いてね。」

…?」

ざわめきが教室に広がる

「えーと、その…私、あまりこういう場になれてなくて…時々素が出ちゃうんだけど…これからよろしくね…」

おね―ディアトリマ司令が照れくさそうに微笑む。

その笑顔を見て思った。この人は信頼してもよさそうだ、と。


 班に分かれて椅子に座った時、私は妙な視線を感じた。

何…?

監視されているかのような感覚。サーバルもそわそわしている、きっと同じ視線を感じ―

「ねえ!はやく話そうよ!わたしはサーバルキャットのサーバル!AGNESの6年生!好きな食べ物はアメリバーガー!よろしくね!」

―てなかった。気づくと視線は感じなくなっていた。何だったのだろう?

「次はあなたね!」

サーバルがこっちを見てくる。

「私はミランダ・ミラー。セントラルシティ大学の1年生。!えーと好きな食べ物は

卵料理…かな、よろしく。」

たどたどしくなってしまった…(昔から人の前で話すのは苦手だ)

「次はわたしね、わたしはインパラ!」

インパラの頭から生えた2本の角のような髪の毛が揺れる。角のような髪はウシ科のアニマルガールの特徴だ。

「サーバルとおなじAGNESの6年生!」

「インパラはすっごく頭がいいんだよ!」

「サーバルが勉強しなさすぎなんじゃない?」

「うっ…そ…そんなことないよ!」

―AGNESにはヒト社会での最低限のマナーを教える初等過程、読み、書き、計算などを教える中等過程、ヒトの高校生レベルまでの教育を行う高等課程がそれぞれ3年ずつある。サーバルとインパラは年生なの6年生なのでヒトでいえば中学3年生に相当するということだ。

「好きな食べ物…特にないかな、よろしくね!」

「この前アイスクリームが好きだって言ってなかったっけ?」

「あれね…数日食べたら飽きちゃった。」

サーバルがインパラに突っ込みを入れる。同じサバンナの動物ということもあり仲がいいのだろう。

「あ、あの…私はモニカ・モンク…」

最後の一人―モニカが話し始めた。モニカと私は中学校の時からの親友だ。ベリーショートの黒髪に浅黒い肌、高身長という活発そうな見た目に反してモニカはとても気が弱い。

「私も…セントラルシティ大学の1年生で、好きな食べ物は…なんでも食べるからとくには…」

全員の自己紹介が終わり、なし崩し的に好きなアイドルや旅行したい場所、今度の創成祭フェスタで何が楽しみか―そんな話が始まった。

サーバル、インパラ、モニカそして私。

私たち4人がこれからどんな研修を受けてそしてどんな人と出会うのか―そして何を見るのか。そのことを私たちはまだ、知る由もなかった。





―――――――――――――――――――――――――――――――――――――





 「―彼女の様子はどうでしたか?何か変わったことなどはありませんでしたか?」

「―特には。ごく普通のアニマルガールだとしか言えません。」

広い部屋に女と男の声が響く

「そうですか…引き続き様子を見てあげてくださいね、彼女はきっと―」

「なぜ、彼女に固執するのですか?ほかにもアニマルガールは多くいます。本島ジャパリパークならまだしもここはアメリパークです。そろそろ現実を見てください。」

女の声を遮って男が言う。その声には疑念と多少の苛立ちのようなものがにじんでいた。

「確かに私は彼女に固執しすぎているのかもしれません。ですが、彼女―いえ、が幾多もの奇跡を起こしてきたことは確かな事実です。ともかく、いまは彼女の観察を続けてください。」

「―承知致しました。。」

そう言うと男は部屋を出て行った。

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けものフレンズA やまうずら @Perdix-Novel

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