第4話

 女神の泉は小さな泉だ。湧き出す水が穏やかなのだろう、波紋なく透明に透き通っている。あまり深くもないようで、敷き詰めたような無数の丸い小石がきらきらと煌めいている。泉の周りだけ不自然に森が開けていて、神秘的な雰囲気があるといえばある。


 アリスちゃんから聞いたところによると、アレンの刻印を持つ者がその泉に入ると女神が導きを授けてくれるそうだ。

 迷いの森にあるのも勇者としての資質を試すためらしい。

 刻印システム、相変わらず謎だ……。


 なぜ選別する? なぜ少数に限る? 分からない。

 大勢の大群で攻めればいいじゃないか。俺ならそうする。

 魔王城が空にあるから大勢は無理? 本当にそれだけなのか。


「ちょっとあんた、いつまでここにいる気よ。どっか行きなさいよ」

「何で? 仲間にしてくれたんじゃなかったっけ?」

「そうだけどっ! そういう話じゃなくてっ!」


 アリスちゃんは随分と期限が悪そうだ。

 ちゃんと女神の泉に案内したのに、なぜ。


「今から私が泉に入るの! 何!? 堂々と覗くつもりなの!? やっぱり変態なの!?」

「断じて違う変態ではない。要するに服を脱ぐんだね? 完全に失念していた。じゃあ俺は見えないところまで行くけど、何かあったら叫んでね」

「何があっても絶対に叫ばないから! いい? 私がもういいって言うまで絶対戻ってこないで。いいわね?」

「あの、ジャック様。私はどうすれば」


 そう言ってフレアちゃんが小さく手を挙げた。


「ジャックが覗かないように監視しといて! 師匠だからって絶対に許しちゃだめだからね! これは勇者の命令よ!」

「分かった。フレアちゃん、行こうか」

「かしこまりました」



 来た道を戻り森の中へ。太めの木の後ろに隠れて腰を下ろすと、フレアちゃんも少し離れたところで腰を下ろした。


「覗いちゃだめだと思う?」

「ジャック様のご命令とあらば何なりと。……ですが、その、もし女の裸が見たいだけなのであれば、あの……もし、私でよろしければ……!」


 もともと焼けたような肌をしているので分かりにくいが、フレアちゃんは頬を赤らめていた。本来は紐みたいなビキニ着てるのに脱ぐのは抵抗あるのか……。

 覗くのをやんわり禁止してきたのも意外だ。


「俺はアリスちゃんの裸が見たいんだけど。何なら覗いてるのがバレた時のリアクションまで含めて見たい。こういうのはシチュエーションが大事だからね」

「ではここに水場を作ります! 私が入っておきますので、ジャック様はお好きなタイミングで私の身体をの、覗いて頂ければっ!」

「そこまでしなくていい」


 勢いよく立ち上がったフレアちゃんの腕を掴み、制止した。


「なんでアリスちゃんの裸を覗かせたくないんだ? まさか人間に肩入れしてる訳でもあるまいし」

「そ、それは……」


 フレアちゃんが言い淀んだ、その時。


「きゃあ――――――ッ!!」


 アリスちゃんの悲鳴が聞こえた。


「行くぞっ!」

「はいっ!」


 フレアちゃんが躊躇いなく従ってくれた事に安堵しつつ、俺は女神の泉へと駆け出した。



 戻るまでの少しのあいだ、一つ反省していた。

 俺は森の魔族に近寄るなとは伝えたが、アリスちゃんを襲うなとは伝えていなかった。

 だが女神の泉に辿り着いた時、そんな反省は無駄だったと知った。


「ちょっとそれ、私の服! 返しなさいよっ!」

「何だこの女……? 勇者のくせに持ってるもんがショボいな。金目のもんは仲間が持ってったのか?」


 アリスちゃんの服を奪っていたのは、人間だった。薄汚い恰好をした男だった。

 泉から半身を乗り出し、慎ましい胸を片手で隠しながら、アリスちゃんは男に怒鳴っていた。丁度あいだに男がいるからだろう、俺には気付いていないようだ。


「ジャック様」

「お前はアリスちゃんを頼む」


 フレアを手で制し、男の背後に急接近。

 そのまま顔面を地面に叩き付けた。

 破砕音が響き、骨の砕ける感触がして、辺りに短い草や土が舞い上がる。


「ふごぉっ!?」

「次また豚のような声を出せば殺す。聞きたい事がある。答えろ」

「ジャック、フレアも!? どうして!?」

「フレア、頼んだ」

「かしこまりました」


 アリスちゃんの服を拾うフレアに短く伝え、顔面を血に染めた男に問う。


「お前は何者だ? どうして彼女を狙った? 答えろ」

「おっ、俺は盗賊なんだ! ここまで来れるやつならそれなりに金を持ってる、だから狙ってた!」

「この泉に入るのは勇者の刻印を持つ者だと知っていたか? 答えろ」

「もちろん知ってる! だから――」


 何か言おうとした男の顔を地面にめり込ませた。

 このまま放っておけば死ぬかもしれないし、死なないかもしれない。

 だがそんな事はどうでもいい。


「アリスちゃん、大丈夫だった?」


 振り返ると、アリスちゃんはまだ下着姿だった。

 上下ともスポーティな緑と白のストライプだった。

 顔が真っ赤に染まり、ぷるぷる震えているのがここからでも分かる。


「……こ、の、へんたい――――――ッ!!」

「変態ではない!」


 あろう事か、アリスちゃんは矢を掴んで投げ付けてきた。

 まさか当たるはずもないが、逃げるフリをしておく事にした。

 ついでに盗賊の男を森の彼方へ放り投げておいた。

 あんな人間が死のうが死ぬまいが心底どうでもいいが、アリスちゃんに見せるには少々グロテスクな豚面だ。

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封印から目覚めた魔王が勇者と旅する物語 アキラシンヤ @akirashinya

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