第3話
「まっ、魔王様!?」
「ごめん飛び方忘れちゃった」
ジャンプした俺はフレアちゃんの身体に抱きついた。一瞬、ガクンと高度が落ちたが立て直し、フレアちゃんはゆっくりと下降していく。
やわらかくて弾力があって甘い香りのする素晴らしい身体、銀髪褐色ビキニなそのおっぱいに挟まれるかたちで顔を見上げている訳だけど、フレアちゃんの表情は険しい。
「まさか、まだ完全に封印が解けていないのでは……!?」
「実はね、俺も薄々そんな気がしてる」
それなりに頭は回っているのに、思い出せない事が多過ぎる。
俺は空を飛べた。それは覚えている。
だけどフレアちゃんみたいに翼を生やして飛んでいたのか?
それとも何かもっと別の方法で?
そんな事すら思い出せないのは、さすがにおかしい。
「すぐ魔王城に戻りましょう! 誠に不甲斐なく……申し訳ないのですが、私一人では魔王様をお連れする事ができません。一旦地上に降り、すぐに有翼種のしもべを連れて参ります!」
「いや、いいよ。そんなに急がなくたって」
「魔王様のお気持ちは分かります! 封印された恨み、憎き人間どもを自らの手で滅ぼしたいお気持ち、痛いほど分かっております! しかし、しかし今は!」
いや、そういう訳じゃないんだけど……。真面目だなぁ、フレアちゃんは。
「今はどうか魔王城にお戻りください! たとえ完全ではなくとも人間ごとき、魔王様の敵ではない事もよく存じ上げております! しかし! 勇者達の力は侮れません! どうか、どうかここは賢明なご判断を!」
どうするかなぁ。魔王城にはまだ戻りたくないんだ。まだ働きたくないんだ。
「いや、戻らないよ。俺はこのまましばらく地上にいる。フレアちゃん、これにはちゃんとした理由があるんだ」
「完全に封印が解けていないと知りながら、あえて……!? それはどういった理由なのでしょうか!?」
「かわいい女の子と知り合いになれたから、もっと仲良くなりたい」
「えっ」
「ごめん今の忘れて」
「はい!」
真面目! フレアちゃんほんとすごい真面目!
思わず本音出ちゃったけど、ちゃんと整合性のある理由を考えないと申し訳ない気持ちになってきた。
「実はさっき偶然、勇者の一人と会ったんだ」
「すぐに滅して参ります!」
「待って最後まで話聞いて?」
「申し訳ありません!」
「その勇者の子としばらく一緒にいて、勇者の弱点とかを掴んでおきたいんだ」
「……さすがは魔王様! 非の打ちどころのない名案です!」
「そうでしょ?」
フレアちゃん、大丈夫かな。わりとガバガバな案だと思うんだけど。俺を妄信し過ぎてない?
とりあえずいいか。おかげで魔王城に戻らなくてよさそうだし。
「じゃ、そういう訳だから。用があったら俺から呼ぶからね」
「いえ。私もお供させて頂きます。地上に降りたら人間の姿に化けますね」
「いいって俺一人で大丈夫だから。魔王城でゆっくりしててよ」
「その命令には断じて従えません。地上で魔王様をお一人にするぐらいならば、私は今この場で即刻命を絶ちます」
………………真面目過ぎる。目がマジだよ。
これは仕方ない。こんな事で自害されたらつら過ぎる。
「分かった。ただし間違っても俺を魔王とは呼ばない事。勇者の子にはジャックって名乗ったから揃えて。許可なく人間に攻撃しない事。いいね?」
「かしこまりました。ジャック様」
「……呼び捨てでもいいけど?」
「その命令には断じて従えません。ジャック様を呼び捨てにするぐらいならば――」
「分かったジャック様でいいよ」
めんどくさいなぁもう。真面目過ぎるのもよくないよ。
「ところでそこから泉見える?」
「はい。見えます」
「そこに降りよう。そのあと勇者の子紹介するから仲良くしてね」
女神の泉とやらに降りると、フレアちゃんは黒い煙と共にぽわんと変装していた。
僧侶みたいな青いローブに似たドレスに、ふちのない眼鏡を掛けている。ツノや翼は消えていた。
なぜ単にローブではないかというと、翼の消えた背中部分が大きく開き、裾のスリットもかなり深いからだ。要するにいつでも元に戻れる状態で、フレアちゃんの本気が伺える。
それからアリスちゃんの元に戻ると、アリスちゃんは目を丸くした。
「この木登ってったはずなのにどうして!?」
「よく見渡せなかったから木の上を飛び移ってたんだ。ところでこの子、俺の弟子のフレアちゃん。よろしくね」
「フレアと申します。ジャック様から話は聞かせて頂きました。あなたが勇者アリス様なのですね。微力なれどお力になれれば幸いです」
丁寧な挨拶をしたフレアちゃんはまだ茫然としているアリスちゃんの手を握り、笑顔を浮かべて見せていた。
これはもうプロ。プロの仕事。俺への忠誠心高過ぎない?
「……えっ、えっ? あんた弟子とかいたの? じゃあフレアも魔物使いなの?」
「まだ見習いだけどね。俺を仲間にしてくれるなら、フレアちゃんも一緒に連れていってほしいんだ」
「よろしくお願い致します。魔物使いとしての力はジャック様に遠く及びませんが、回復や支援系の魔法なら少々自信があります。わがままを聞いて頂けませんでしょうか」
フレアちゃん、本来はエロギャルみたいな恰好なのに僧侶系だったんだ。だからローブっぽいドレスなのか。
「いいわ、特別に仲間にしてあげる! ちょうど回復魔法使える人探してたとこだったのよ!」
握り返したフレアちゃんの両手をぶんぶん振り、目をキラキラさせて喜ぶアリスちゃんが眩しい。
回復魔法使える人っていうか、人間は誰も仲間になってくれなかったんだもんね。
だが俺は魔王だしフレアちゃんは魔族だ。何だか申し訳ない気持ちになってきたな……。
「ありがとうございます。では早速、女神の泉に案内させて頂きます」
「うん、よろしくお願いね!」
フレアちゃんを先頭に、再び女神の泉まで。
うん、いい滑り出し。うまくやっていけそうだ。
しかし、女神の泉って何なんだろう?
さっき見た時は女神なんていなかったけど。
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