第2話

 せっかく助けたポニテちゃんに逃げられた。

 全裸だった俺が悪いんだけど、うっかり忘れてただけで露出狂ではない。

 変態の誤解は解いておかないと。


「組成、服と靴」


 はいこれで服装はバッチリ。今日は旅人っぽい感じにしてみたよ。

 万物を組成できる魔王固有スキルは便利だね。

 さて、ポニテちゃんを追いかけよう。



「待ってくれポニテちゃん! 誤解なんだ!」

「何で先回りされてるの……!?」


 ポニテちゃんは俺を見るなり急ブレーキ、俺と後ろを交互に見遣っていた。理解が追い付かないらしい。

 そりゃ先回りぐらいできるよ。魔王だもの。

 理解を諦めたのか、ポニテちゃんは弓を構えてキッと俺を睨み付けてきた。


「何が誤解なのよ! あんた全裸だったじゃない! 何、何なの!? また脱ぐつもりなの!?」

「だから誤解だってば! お風呂入ってたから裸だったの!」

「迷いの森にお風呂なんてある訳ないでしょ!? 何なの、油断させてからまた脱ぐつもり!?」

「だから脱がないってば! 泉! お風呂じゃなくて泉でした! 訂正!」

「……泉?」


 そう呟いて、ポニテちゃんは限界まで張り詰めていた弓弦を弛めた。

 完全に股間狙ってたな……。


「あんた、泉の場所を知ってるの?」

「そりゃもちろん? その泉にいた訳だし」

「ほんと、ほんとなんでしょうねっ!?」

「……ホントダヨ?」


 ポニテちゃんはなぜかパッと顔を輝かせていた。

 そこ? そこに食い付くの? 泉なんて完全に出まかせなんだけど?


「ちょうどよかったわ! 私、女神の泉に行くところだったの。案内しなさい!」

「いやでもほら俺がいた泉が探してる泉と同じとは限らないし?」

「何言ってんの? 迷いの森には女神の泉しかないわよ。あんた、本当に泉に入ってたの? 怪しいわね。大体、魔物使いなんて職業あったかなぁ……?」


 こめかみに指をあて、ポニテちゃんは眉間に皺を寄せた。何か考えているようだ。

 まずいな。人間の職業事情なんて知らない。もし魔物を操る方法が何もなかったらますますまずい。


「いいよ案内しよう。泉が一つしかないんなら俺がいた泉がそうなんだろうし」

「ほんとっ!? 私はアリス。あんたはジャックだっけ? 特別に道案内させてあげるわっ!」


 てけててん。アリスちゃんが仲間になった。

 いや、むしろ僕が仲間にされたような感じ。

 うん。嫌いじゃないよ。こういう子。



 どこにあるのか分からない女神の泉とやらを探し、迷いの森をアリスちゃんと歩き始めた。

 近寄るなと叫んでおいたので魔族は現れない。

 アリスちゃんポンコツだし、ちょっとぐらい魔族に現れてもらった方が好感度上がりやすそうなんだけど、俺、魔王だしね。同胞を痛めつけるのはさすがにパワハラ。


「本当にモンスター出てこなくなったわ。魔物使いって便利ね!」

「自分より弱い相手にしか通用しないんだけどね。ところで、アリスちゃんは何で弓使いなのにソロなの?」


 人間の職業事情はよく知らないけど、弓使いが後衛なのはさすがに分かる。

 尋ねるとアリスちゃんは不機嫌そうにツンと唇を尖らせた。


「誰も付いてきてくれなかったんだから仕方ないじゃない。ま、アレンの刻印を見せられないし、仕方ないかもだけどみんな薄情よね」


 アレンという名に、一人の男の顔が脳裏に浮かんだ。

 そうか。俺はあいつに封印されたのか。


「こんなかわいい子を誰も助けてあげないなんて信じられないね。……ちなみに、アレンの刻印って、何?」

「嘘でしょ、あんた刻印も知らないの?」


 まずい。人間社会では一般常識だったのかな。

 アリスちゃんはびっくりした様子で、それから薄い胸を張りふふんと自慢げに笑った。

 セーフっだったっぽい。でもこれからは発言に気を付けないと。


「聞いて驚きなさい? アレンの刻印はね、勇者アレンの正統な継承者の身体に現れるの。つまり私も勇者なのよ」

「えっ、じゃあアリスちゃんはアレンの娘……じゃないか、孫って事?」

「違うわ。紋章は血族に受け継がれるものじゃないの。詳しい事は私もよく知らないんだけど、魔王を倒せる資質を持った人に現れるらしいわ」


 そうなのか……。どういう理屈か分からないけど、人間もすごい力を持ってるんだな。

 でも、アリスちゃんがどうしたって俺に勝てると思えないんだけどな?


「もしよかったらその刻印見せてくれない?」

「だから見せられないって言ったでしょ!? もうこの流れうんざりなんだけど!」

「何で見せられないの? 紋章は確かにあるんだよね?」

「だーかーらーっ! 察しなさいよ! 女の子が! 見せられないって言ってるの! 分かるでしょ!?」

「……なるほど」


 つまり、おっぱいとかお尻とかに紋章がある訳だ。

 何それ? 何なの? そんな便利システム作っといて場所はランダムなの?

 背中にあったら一生気付かないかもしれないじゃないか。


「そんな便利システムがあるなら、証明できないと仲間を探すのは確かに難しいね」

「そうなのよ! でも私に紋章があるのは本当よ。絶対に本当なんだから!」

「別に疑ってないよ。アリスちゃんがあるって言うならあるんだろう」


 そんな嘘をついて旅に出る意味なんてないし、俺にはどうでもいい話。

 確かに、俺を封印したアレンの右拳には変な模様みたいなのがあった。おそらくそれが刻印なんだろう。

 刻印の理屈が知りたいな。どうにか調べてみよう。


「…………ねぇ、もしよかったらなんだけど」

「うん、何?」


 振り向くとアリスちゃんは目を逸らした。ほんの少し頬が赤い気がする。一体どうしたんだろう。


「もしよかったらって言うか、特別になんだけど! あんたを仲間にしてあげてもいいんだけど! ほら、よく知らないけど魔物使いってすごく便利そうじゃない? 特別に仲間にしてあげるわ!」


 ……ポンコツなのにすごい自信だなぁ。

 でも嫌いじゃない。むしろ好き。


「ありがとう。喜んで仲間にならせてもらうよ」

「ほんとっ!? ありがと……じゃなくて! 光栄に思いなさいよねっ!」


 わぁ、すごい嬉しそう。全然照れ隠し切れてないし。

 でもそうだよね。自分は間違いなく勇者なのに誰にも信じてもらえなくて、弓使いなのにソロ攻略しようとしてたぐらいだもんね。

 そんなの守ってあげたくなっちゃうよ。


「でも一つお願いがあるんだけどね。長いあいだ人里を離れて鍛錬してたし、もともと俺は常識に疎いんだ。だから知りたい事ができたら調べたいし、そのためには寄り道だってするかもしれない。構わないかな?」

「別に構わないわ。私だってどうせ旅するならいろんな世界を見てみたいし。でも忘れないでよね? これは私の旅。魔王を倒すのが目的なんだからね」

「うん。分かってるよ」


 俺が魔王だし。

 ……でも、魔王城に魔王がいなかったらどうするんだろ?

 逆にアリなのかな。このまま人間のフリしてるのも。


「だったらいいわ。分からない事があったら何でも聞きなさい?」

「じゃあまず一つ。アリスちゃんは何で魔王を倒す事にしたの?」

「私の事? ……まぁいいけど」


 いや、俺も本当は他の事聞きたいんだけどね。

 魔族と人間がなんで争ってるのかとか。

 でも常識のレベルが分からなさ過ぎるんだよね。


「刻印があっても旅に出ない人はいっぱいいるのよ。でも仕方ないと思うわ。人それぞれ事情があって、生活があるもの。誰だって危険な旅なんかしたくないだろうし。でも刻印がなくたって世界の平和を守りたい人達だっている。見せられないけど、私には刻印がある。だったらそういう人達の分まで頑張りたいって思うの。それだけよ」

「なるほど。アリスちゃんはすごいね」


 俺の身体にアレンの刻印とやらはない。確かめた訳じゃないけど、絶対にない。

 しかしこの刻印システム、致命的なバグがあるんじゃないだろうか?

 やる気と実力があっても、刻印がなければ仲間を集める事も難しい訳だ。


「もし俺に刻印があってもおそらく旅には出なかったと思うよ。ましてや一人でなんてね。魔王を倒すと何かいい事があるの?」

「そりゃあ何かしらあるんじゃない? でも勘違いしないでよね。見返りが欲しくて魔王を倒す訳じゃないんだからね」


 アリスちゃん、すごい正義感だなぁ。魔王の俺が職務放棄してるってのに。


「ところで女神の泉はまだなの? もう結構歩いたと思うんだけど」

「もしかしたら迷っちゃったかな。ちょっと木に登って確認してくるよ」


 そう言ってすぐ近くの木に登り始めた。

 別に登らなくてもジャンプすれば森を上から眺めるぐらい訳ないんだけど、多分そんな事ができる人間はいないだろうし。

 高く高く登ったところで……もういいかな。アリスちゃんからは見えないはず。


「せーの……うん?」


 ジャンプしようとした寸前、聞き覚えのある声が聞こえた気がした。

 下からじゃない。アリスちゃんじゃない。


「……魔王様、魔王様ーっ!」


 見上げれば、遥か高くにコウモリのような翼を生やした人間? が見えた。

 まずいな。フレアちゃんだ。まさかもう見つかってしまうとは。


 申し訳ないがまだ働きたくはない。

 フレアちゃんに向かって、俺は高くジャンプした。

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