封印から目覚めた魔王が勇者と旅する物語

アキラシンヤ

第1話

 よく寝た。すっごい寝た。

 こんなに爽快な目覚めは初めてかもしれない。

 見渡せば俺の寝室だった。天井の高い真っ白な部屋。

 とても魔王城の部屋には見えないかもしれないが、この方がよく眠れるんだから仕方ない。


「魔王様、ジャーク様! お目覚めになられましたか!」

「うん、起きた。おはよ」

「おお、おおお……! ついにこの日が……!」


 身体を起こすと、ベッドの隣で褐色ビキニな銀髪悪魔ちゃんが跪いていた。

 小さな肩を震わせている。どうやら俺が起きた事に感動しているらしい。


「起きただけで感動される。優しい世界」

「当然ですっ! 魔王様が封印されて一九九年、この日を待ちわびておりました……!」

「あっ、そうなの?」


 俺、封印されてたのか。一〇時間ぐらいぐっすり寝てただけだと思ってた。

 いやもうね、よく寝たーって覚えしかない。

 なるほど、逆に言えばそれだけしか覚えてないな。確かに年単位で寝てたっぽい。


 褐色ビキニな銀髪悪魔ちゃんに目をやると、相変わらずおっぱい、じゃなかった肩を震わせて感動していた。


「ごめんちょっとど忘れちゃった。きみ、誰だっけ?」

「フレアです! 四天王の一人、フレアでございます! まさか魔王様、記憶が……!?」

「いや、寝ぼけてるだけだと思う。ここが寝室なのは覚えてるし」


 フレアちゃん。褐色ビキニな銀髪悪魔のフレアちゃんね。

 つーか四天王とかいたんだ。やっべ全然覚えてないな。


「ちなみに四天王って、みんな女の子?」

「いえ、女は私だけですが?」

「あっそう。じゃあいいや」


 俺の事だしみんな女の子で揃えてると思ったんだけどな。

 二〇〇年ぐらい前の俺、何基準で選んだんだろ。バカじゃないの。


「さっそくですが魔王様。永き封印からの目覚めたお姿、皆にお見せして頂けませんでしょうか」

「えっ、今から? 早くない?」

「魔王様を失い、少しずつではありますが人間との均衡が崩れてきております。しかし魔王様のお目覚めを知れば、魔王軍も必ずや再び奮起致するでしょう!」

「えっ、二百年ずっと戦ってたの? 長くない?」


 長い長い。封印されてたって事は俺が負けたんだよね?

 じゃあもうやめようよ。かっこ悪い。往生際悪い。


「……あの憎き勇者は自らの命を犠牲に魔王様を封印しました。顛末を知るのは我ら四天王のみです。我らは魔王様が封印された事を人間に隠し、お目覚めになるのをずっとお待ちしておりました」

「なるほど。フレアちゃん頭いいね」

「あらかじめ魔王様と打ち合わせしておりましたので」

「………………」


 往生際悪いの俺だった。完全にブーメランじゃないか。

 いやでも、俺が負けて魔王軍の負けですってなったら、残った魔族がどんな目に遭わされるか分かったもんじゃないもんね。

 これでよかった。うん。俺ってば頭いい。


「では、さっそく着替えを持って参ります。皆、さぞ喜ぶ事でしょう」

「待って待って。その前に風呂入りたい。つーかもうちょっと休みたい」

「……申し訳ありません! 私とした事が魔王様のお心も考えず……!」


 フレアちゃんは今にも泣きそうな顔で顔を伏せた。

 真面目だなこの子。すっごい真面目。何でこんなエロい格好してるんだろ。


「そんな凹まなくていいから。それよりお風呂沸かしてきてくれる?」

「かしこまりました! ただちに!」


 立ち上がり、一礼したフレアちゃんはしっぽを揺らして駆け出し、寝室から出ていった。紐みたいなTバッグだった。

 間違いない。フレアちゃんだけは俺の好み全開で選んでる。


 ……つーか一九九年、ヤバいな。

 何がヤバいって寝ぼけがヤバい。まだ何も思い出せてない。

 あといきなり働くの何かやだ。正直あと一年ぐらい休みたい。


「働きたくないな……」


 魔族のみんなに顔見せしたら、きっと魔王軍を指揮したりしなきゃならなくなる。正直めんどくさい。

 俺がいなくても二百年近く大丈夫だったんなら、もうしばらく大丈夫なんじゃないか?

 いざって時は俺が本気出せばいいだけだし。


「魔王様! お風呂の準備ができました!」

「ありがとー」



 そんな訳でお風呂。

 ここも真っ白。広くて明るく、大きな天窓から見える青い空もいい感じ。

 パジャマ脱いでタオル持っておっきな湯船にどぼーん。

 うーんいいお湯。生き返る気分。


「さて、逃げるか」


 寝起きだし、うまい言い訳なんて全然思い付かない。

 ぶっちゃけ、何で魔族と人間が争ってるのかすら忘れてる。


「せーの、っと」


 天窓をぶち破り、青い空を漂う事しばらく。

 俺は一つ、大切な事を思い出した。


「そういや空に浮かんでるんだったなー」


 魔王城は雲より高く遥か上空をゆっくり浮遊している。

 翼ってどう生やすんだっけ? 転移魔法とか使えたっけ?


「ま、いいか。落ちるまでには思い出すだろ」



 そして俺は地面に激突した。

 要するに思い出せなかったという事だ。

 俺自身によるクレーターから這い上がると、そこは深い森の中だった。

 遠くから聞き覚えのあるようなないような鳴き声が聞こえる。

 とりあえずそっちに行ってみよう。



「ああもうっ! 寄ってこないでよぉ!」


 近付くにつれ人間の声が聞こえていたので、木の上からこっそり観察してみる。

 

「ぴきーっ! ぴきぴきーっ!」

「ぴきぴき! ぴーきぴき!」

「ぴき! ぴき! ぴぴぴきっ!」

「いい加減離れなさいよぉーっ!」


 鳴き声は三匹のスライムだった。三匹で一人の女の子を襲っていた。

 旅人風の女の子は黒いポニーテールを振り乱し、なぜか弓でスライム達に応戦している。

 おそらく近接用の武器を持っていないんだろうけど、だったら尚更スライム三匹に接近を許すなんてヤバい。へなちょこ過ぎる。冒険者デビューなのかな?


 それから俺は考えた。

 こっそり、スライム達に溶解属性を付与してみようか。

 もちろん服だけ溶けるやつ。とてもえっちな絵になると思います。


 それとも、スライムを帰らせてあの子とお近付きになろうか。

 気が強いのにポンコツな子、結構タイプなんだよね。

 ちょっと聞きたい事もあるし。


 いろいろ考えた結果。


「お前らどっか行け。あと二度とかわいい女の子を襲うな」


 木の上から命令すると、スライム達が一斉に振り返った。


「ぴきっ?」

「ぴっ、ぴきっ!」

「ぴぴぴ、ききーっ!!」


 どうやらちゃんと魔王だと分かったようで、スライム達は元から真っ青な顔を更に青くして散り散りに逃げていった。


「えっ、どういう事……?」


 ポンコツ強気ポニテな冒険者はしばらく茫然としていたが、俺の方を見上げて叫んできた。


「そこっ! 誰かいるんでしょ! 言葉だけでモンスターを逃がすなんて、一体何者なのっ!?」


 何者……魔王はまずいよな。絶対仲良くなれない。

 何かなかったっけ。人間で、魔物を操れるような……。


 思い出した。

 せっかくだしかっこよく決めよう。

 木からポンコツ強気ポニテちゃんのすぐそばに飛び降り、俺は手を差し出した。


「お嬢さん、ケガはなかったかい? 俺は魔物使いのジャック。きみは?」


 決まった。ピンチから救って颯爽と登場。これもうフラグ立ったでしょ。

 ほら、ポンコツ強気ポニテちゃんも目を丸くして固まっちゃった。

 あれれ、そんなにびっくりさせちゃったかな?


 それから。

 すすす、と少しずつ、俺の身体を舐めるように視線を下ろしていったポニテちゃんは、ある位置でバフッと顔を真っ赤にした。


「キャーッ!! 変態――――――ッ!!」


 くるっと踵を返して一目散、ポニテちゃんは全力疾走で逃げていってしまった。

 変態と言われて思い出した。

 俺は全裸だった。


 俺は赤面した。

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