四十三

「暗黒卿!?」

 こちらの兵士達が畏怖を覚えたかのようにその名を呼んだ。

 来てしまった。これで決して逃れられない戦いが始まってしまう。

 ダンカンも緊張を覚えた。

「暗黒卿! ワシと一騎討ちせよ!」

 老将ジェイバーが前に出てそう叫んだ。

「ジェイバー中隊長! 無謀です!」

 バーシバルが驚きの声を上げて諫めた。

「黙れバーシバル、お主等の縮んでしまった肝を再び熱くするにはワシ自らが戦わねばならんのだ! それが隊を率いる者、将の責任じゃ!」

「良いだろう。邪魔する者もその首は無いと思え」

 暗黒卿が一騎討ちに応じた。

 ジェイバーが駆け、剣を突き出す。

 鉄と鉄がぶつかり合った。

 だが、次の瞬間、暗黒卿の剣が老将ジェイバーを鎧兜事真っ二つにした。

 紫色の灯りに影の様な血煙が上がった。老将ジェイバーはここに斃れた。

「う、嘘だろう。ジェイバー様が」

 こちらの軍勢に、いやもう軍勢と呼べるほどの集まりでは無かった。

 その集団に動揺と絶望が走った。

 だが、一人の若者がそれらを払拭するかのように勇敢な声を上げて暗黒卿に挑みかかっていた。

 アカツキだった。

「ぬるい」

 暗黒卿が一閃し、アカツキは剣で受け損ねて弾き跳んだ。

 ダンカンはようやく目が覚めた。

「アカツキ、お前は奴の相手をするにはまだ早い!」

「では、誰が奴を止めるのです!?」

 アカツキが声を上げて反論した。

「私が」

 カタリナが進み出ようとしたが、ダンカンはイージスを失った時のことを思い出し、その肩を掴んだ。

「俺に任せてくれ」

「そんな、無茶よ!」

 カタリナが反論する。

「俺は打倒暗黒卿を目標にし修練に励んできた。その結果を知る時が来た」

「隊長、待て!」

 バルドも止めたがダンカンは暗黒卿に打ち掛かって行った。

「暗黒卿、俺がお前を斃す!」

 剣と剣がぶつかり合う。

 競り合うと暗黒卿はバイザーの下りた兜の下で笑った。

「我を斃すことを目標に剣の腕を磨いて来たとは楽しみだ」

 暗黒卿の一撃は重かった。今度まともに剣で受ければ圧し折られてしまうだろう。

 ダンカンは風と膂力の乗った一撃一撃をかわし、反撃に躍り出た。その一撃が、暗黒卿のバイザーの隙間に入った。

 切っ先が肉を裂くのを感じた。

「よくやった!」

 暗黒卿が笑いながらダンカンの剣を弾いた。

 凄まじい膂力にダンカンは体勢を崩した。

 矢のような凶刃が突き出された。

 刃は鎧を割って貫通し、ダンカンの背に抜けた。そして血を滴らせ戻ってゆく。

「いや! 隊長!」

 カタリナの悲痛な叫びが聴こえた。

 全身に激痛が走るがダンカンはあと一太刀、意地でも敵に浴びせたかった。

「う、うおおおっ!」

 ダンカンは立ち上がり、剣を振り下ろした。

 暗黒卿も剣を繰り出し、ダンカンの剣は弾き飛ばされた。

 そのまま首まで飛ばされるかと思った時、ダンカンの前に何者かが現れ、暗黒卿の剣を得物で受け止めた。

 紫色の篝火が刀身に照らし出されている。鏡の様な剣だ。

 ダンカンはその場に崩れた。

「ダンカン、後は俺に任せてくれ」

 その素晴らしい声をダンカンは忘れるはずも無かった。

「太守殿……」

 三人の仮面騎士を引き連れ、兜を脱いだ英雄バルバトス・ノヴァーがそこにいた。

 ダンカンは安堵した。太守殿なら暗黒卿を討ち果たせるかもしれない。

 身体を急に起こされた。

 アカツキがダンカンに肩を貸している。

「隊長、俺達はひとまず先に撤退です」

「馬鹿な……ぶ、部下を見捨てて撤退など……」

 ダンカンは苦痛に呻きながら言った。

「大丈夫よ、隊長。ここは私達に任せて」

 カタリナが言った。

 その目から涙が溢れ出ていた。

「隊長! 後は任せて下さい!」

 フリットも泣いていた。

「隊長、必ず勝ってオイラ達も後を追うでやんす!」

 ゲゴンガが周囲を鼓舞するように言った。

「その通りだ。安心して先に帰っていろ、隊長」

 バルドが言った。

 ダンカンは笑おうとしたが咳き込み、血を吐いた。

「悪いな、こんな様じゃ、お前達の足を引っ張るだけだもんな。行こう、アカツキ」

「はい」

 ダンカンはアカツキに肩を借りながら城の中へと入って行った。

 紫色の燭台が照らす廊下を、抜け穴のある玉座まで歩いているうちにダンカンは己の死期を悟った。

 幾度も咳き込み、血を吐いている。そして貫かれた腹部の痛みは今は感じなかった。足が鉛のように重かった。身体が凍えるようだった。死だ。死が俺を包もうとしている。かつてイージスを、何千何万の兵士達をそうしたように。今度は俺が包まれる番というわけだ。

「なぁ、アカツキ」

「何です?」

「このまま戦士になれとは言わん。だが、いい男になれよ。そして――」

 幸せにな。



 二



 ダンカンは目が覚めた。

 背中と頭の後ろ、そして尻に違和感を感じた。

 彼は起きる。

 そこは大小様々な石が転がり、浅い小川が流れていた。

「ここは?」

 ダンカンが呆然としていると後ろから声が聴こえた。

「隊長、あなたも来てしまいましたな」

 振り返るとかつての副官、ノッポのイージスが立っていた。

「イージス。そうか、ここは前に一度だけ来たことがあったな。夢の中で」

「そうですな。しかし、隊長、あなたは今回こちら側の川岸に来てしまった。残念ですが、もう戻れません」

 イージスは死んでいる。ダンカンも悟った。

「俺は死んだのだな」

「その通りです」

 イージスは頷いた。

「うちの息子の面倒を見ていただいてありがとうございました」

「いや、俺は何もしていないさ。アカツキは自分自身の力で成長したんだ」

 ダンカンは思いを馳せた。カタリナ、アカツキ、フリット、ゲゴンガ、バルド。部下達の姿を思い浮かべているとイージスが言った。

「さぁ、行きましょう。あの世を案内して差し上げますよ」

「そうか」

 ダンカンは動かなかった。その心を見透かしたようにイージスが言った。

「もはや、あなたの部下達の命運はその手から離れました。もう我らにはどうすることもできません」

「……だろうな。じゃあ、案内してくれ」

「ええ、行きましょう」

 ダンカンは歩きながら思った。俺は良い部下達に恵まれた。彼らに報いることができたかはわからない。しかし、いつか彼らが定められし生を終え、こちら側に来たら、礼を述べよう。俺はお前達の隊長で良かったと。俺を慕ってくれてありがとう。と。



 分隊長ダンカン 「完」

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分隊長ダンカン -生真面目な分隊長物語- 刃流 @kanzinei

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