四十二

 紫色の炎が点る回廊を駆け、ダンカンや他の分隊は外へ飛び出した。

 バーシバルがおそらくはジェイバー中隊の全てを率いて待ち受けていた。彼は馬に乗ってはいなかった。

「この度のしんがりは我々ジェイバー中隊となった」

 バーシバルは声を上げて言った。

 悲壮感が漂っていた。自分達まで逃げ切れるのは不可能だろう。ここが自分達の最後の場所になるのだ。

 誰もがそんな顔をしていた。

「小隊長殿、ジェイバー中隊長はいずこに?」

 一人の兵士が尋ねた。

「それが命令したのちサグデン伯の加勢に単身飛び出して行ってしまってな。行方知れずだ」

 兵士達の意気が落ちるのをダンカンは感じた。

「イージアとバルケルは外から撤退する。我らはサグデン伯爵の大隊を撤退させてそれから後に続く」

 バーシバルが言った。

 ひとまずは紫色の篝火を焚き、撤退してくる軍勢が城の門がある場所を見失わないようにさせた。

 少しの間静寂が包んだ。

 こうして夜風に身を当てていると戦が起こっているなど感じられない穏やかさをダンカンは感じた。

 しかし、程なくして一直線の大通りの向こう側から敗走してくる者達の姿が見え出した。

「こっちだ! 早く来い!」

 バーシバルが声を上げると、ダンカン達も口々に敗走してくる軍勢を鼓舞し導いた。

 甲冑を脱ぎ捨て剣一本の軽装な姿で軍勢の兵士達が到着した。

「どこに隠し通路はあるんだ?」

 息を切らしながら必死な様子で敗走してきた兵士達が尋ねた。

「中を一直線だ。ところどころに兵を配置してある。迷わず行けるさ」

 ダンカンと同年代の顔見知りの分隊長がそう説明すると、兵士達は頷いた。

 だが、動かなかった。彼らの主、サグデン伯爵の到着を待っているのだ。

「伯爵は我らに先に逃げろと仰せだったがそうもいくまい」

 敗走してきた兵士の一人が言った。

 程なくして声が轟いた。

「お前達、何故待っていた!?」

 息を切らし、こちらも甲冑を脱ぎ捨てたサグデン伯爵が追いついてきて叫んだ。

「領主様を置き去りにはできません。さぁ、我らと共に参りましょう」

 先に到着していた兵士達が言った。

「すまん。それとバーシバル、以下その兵士諸君らもすまんな。我らはお前達を見捨てて先に撤退する」

「総大将エーラン将軍の命令です。お気になさらず。さぁ、早く行ってください」

「すまん!」

 バーシバルが言い、サグデン伯爵は城へ駆け込んだ。その後を続々と兵士達が追う。

「逃がすな! 皆殺しにせよ!」

 敗走してくる軍勢を追い立てて敵軍の声が聴こえた。

「今は夜だ。同士討ちにならぬように注意せよ、皆、行くぞ! 撤退を援護するんだ!」

 バーシバルが駆ける。

「行くぞ」

 ダンカンも部下達を振り返りその後に続く。残るジェイバー中隊の分隊も続いた。

 敗走してくるサグデンの軍勢と入れ替わりにダンカン達は敵とぶつかった。

 夜だ。人の目では敵は暗い影にしか見えなかった。

 それでも打ち合った。

「サグデンの首、逃してなるものか! こいつらを蹴散らして後を追うぞ!」

 敵の武将と思われる男の声が響いた。

 戦端が開かれた。

 ダンカンは黒い影の様な剣を、避け、反撃に出て敵の首級を上げる。

「アカツキ、お前は俺の側を離れるな!」

 ダンカンは暗い中、声を上げて言った。

 手柄に飢えた敵の猛攻は凄まじかった。それにこちらの目の頼りは月明かりだけだった。

 声を掛け合い敵か味方かを判別していた。

 ダンカンは剣を振るい敵を仕留めてゆく。

 敗走する軍勢はもういなかった。

「ひとまず当初の目的は達せた。次は我らの番だ! 皆、下がりながら戦え、城の篝火を背にして戦うんだ! 誰かもっと火を点けて来い!」

 バーシバルの声が聴こえた。

「俺の分隊が引き受ける!」

 見知った声の分隊長がそう言い部下を率いて城まで走った。

 ダンカン達はバーシバルの命令通り下がりながら戦った。例え紫色の炎でも無いよりはマシだ。少しでも視界が良くなれば余計な気を遣うことなく戦いに集中できる。

 今度は自分達が逃げる番だ。だが、敵はそう易々とは逃がしてはくれないだろう。

 不意に背後が紫色に染まった。

 城の入り口にたくさんの篝火が焚かれていた。

 兜越しに魔族の顔が見えた。と、言っても紫色に染まるその顔は結局人間と同じだった。

「お前は魔族か!?」

 こちら側の兵士の問いに対する答えは剣の一閃だった。

 あまりにも不利だ。

 と、その時だった。

「待たせたのぉ!」

 老将ジェイバーの大音声が轟き、合流した。

「ジェイバー中隊長、撤退してください」

 バーシバルが言った。

「いや、バーシバル。ワシは最後までここにおるぞ。じゃからお主の裁量で、順次分隊を撤退させよ」

「し、しかし!」

「ワシはお前達よりも長生きした。決めたのじゃ、今日ここに死に花を咲かそうとな」

 その言葉に身を打たれ、落涙する者もいた。

 バーシバルは老将の決意が揺るぎないことを察してか、頷き、声を上げて順次分隊長の名を呼んで撤退させた。

 ダンカンは複雑な心境だった。自分達の名前が呼ばれればきっと誰一人欠けることなく逃げることができるだろう。しかし、他の分隊はどうなる? フリットのような有望な若者だって多くいるのだ。それを人生の先輩が易々見捨てることなどできやしない。

「ダンカン隊にはここに残ってもらうぞ」

 バーシバルが言った。

「お主等は自覚は無いかもしれぬが、バーシバル小隊が誇る猛者軍団だ。すまんが、最後まで付き合ってもらう!」

「……分かった」

 ダンカンは頷いた。部下達がどんな顔色をしているかまでは知らなかった。しかし、残れと命令されたのだ。勝つまで剣を振るうほかはない。

 ダンカンはアカツキの助勢に入り魔族と競り合った。

 しかし、老将ジェイバーが鬼神の如き働きを見せていた。

 一見すれば我武者羅の様だが、剣を手に次々敵の首級を上げてゆく。

 その間もバーシバルは折を見て分隊を撤退させている。

 カタリナとバルドも老将並みの働きを見せていた。

「フリット! ゲゴンガ、お前達は二人一組で当たれ! アカツキには俺が付き添う!」

「はいっ!」

「了解でやんす!」

 二人の姿が確認できなかったが、声だけは聴こえた。つまりはまだ無事ということだ。ダンカンは安堵し咆哮を上げて敵の懐へ飛び込んで首を跳ねた。

 このままなら敵を逆に追い詰めることができるかもしれない。あるいは戦意を挫き、追手に掛かることも無いかもしれない。ダンカンがふと思った時だった。

 不敵な太い含み笑いが聴こえ、魔族達の間から全身を甲冑に包んだ戦士が現れた。

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