四十一

 ダンカンは猛然と敵に向かって突撃し剣を振るった。

 サルバトールはその剣を己の剣で受け、弾き返した。

 凄まじい膂力だった。夜の加護を受けたヴァンパイアがこれほどまで強いとは思わなかった。

 そしてすばしっこい。サルバトールは跳躍と共にダンカンの後ろに回り込み剣を振るおうとした。

「隊長!」

 それをフリットが左から入り受け止める。

「フリット、無理するな!」

 ダンカンはヴァンパイアとの力の差を思い知り部下に向かってそう叫んだ。

「俺だって修練を積んできたんです! 少しぐらいは成長してます!」

 サルバトールの剣に押されながらもフリットが応じる。だが、その手から剣が弾き飛ばされた。

「しまった!」

 フリットが声を上げた時、その窮地をバルドが庇い救った。

 重々しい左右の手斧が風を斬り、サルバトールを襲うが、ヴァンパイアは跳躍し、あるいは影を残して後方に下がり避ける。そこにアカツキが斬りかかったが蹴り飛ばされた。

 と、カタリナがアカツキを避けて踏み込みサルバトールに斬りつけた。

 燕尾服の前が斬り裂かれ、緑色の血が流れ出た。

「やるな、女。やはりお前は我が配下に欲しいぐらいだ」

 サルバトールの剣の応酬をカタリナは懸命に捌いている。

 ダンカン達は助太刀に入れるように周囲で様子を見守っていた。

「うぐっ!?」

 サルバトールが呻きを上げる。

 カタリナの剣が再びヴァンパイアを傷つけていた。

 それは一瞬だった。

 カタリナの剣の刃の背のノコギリ状の部分がサルバトールの剣に引っかって走り、見事に刀身を圧し折ったのだった。

「馬鹿な!? 魔剣を折っただと!?」

 サルバトールが驚愕の声を上げ真っ赤な眼光を見開いていた。

「勝負あったわね!」

 カタリナが剣を振り下ろした時、ヴァンパイアは両手の爪を瞬時に伸ばして剣を受け止めた。

 鉄のぶつかるような音が木霊した。

「爪は封印し、剣一筋でゆくつもりだったが、そうもいかんようだな」

 サルバトールは自嘲するようにそう言うと、両手の爪を振るった。

 ヴァンパイアはこちらの方が剣よりも得意のようであった。

 目にも止まらぬ嵐の様な猛撃をカタリナは全て受け止め弾いていた。

 サルバトールは間合いを取ったが、カタリナは後を追い、踏み込み様に剣を振るっていた。

 ヴァンパイアの身体から緑色の血が舞った。

「ここまでやるとは……」

 サルバトールが驚愕の声を漏らしていた。

 囲んでいたダンカン達も少しずつ間合いを詰めてゆく。

 カタリナの猛攻に意気を挫かれたのか、ダンカン達が囲みを詰めると、サルバトールは忙しなく周囲を見回した。

「サルバトール、年貢の納め時だな」

 ダンカンが言うと、サルバトールはフリットの頭上を跳躍し建物の上へ乗った。だが、その背を素早くゲゴンガの矢が追い、ヴァンパイアの片足に突き刺さり、聖水で満たされた矢はサルバトールの片足を灰へと変え飛散させたのだった。

 サルバトールはバランスを崩し屋根の上で手を突いた。

「卑怯者! 下りて戦え! それでも将か!」

 アカツキが声を上げた。

 サルバトールは屋根の上で一本足で立っていた。

 その時だった。

 太い角笛の音が静寂に包まれた城下へと響き渡った。

 敵襲の合図だ。

「俺の役目は終わった! お前達は暗黒卿の前に踏み拉かれるがいい!」

 サルバトールは跳躍しその姿は見えなくなった。

 そして戦意を失わせる鬨の声が轟いた。

 門は衝車で破壊してしまっている。つまり、敵が城内に雪崩れ込んできたと言うことだ。

「暗黒卿……」

 アカツキが呟いた。その両眼が怒りに満ち溢れている。

「アカツキ、約束を忘れてはいないだろうな?」

 ダンカンは青年になったばかりの男の肩に手を置き目を向けて尋ねた。

「はい。いついかなるときも隊長の命令を尊重します」

 アカツキは目を逸らさずにそう言った。

「よし、ならば良い」

 程なくして幾つもの分隊が走ってくるのが見えた。

「状況はどうなっている!?」

 ダンカンは一人の分隊長に向かって尋ねた。

「外で待機していたイージア勢とバルケル勢が敵とぶつかり大半を引き付け時間を稼いでいる。エーラン将軍は退却を指示された。だが、外は内部に侵入しようとする敵兵に塞がれていて出られん。これはサグデン伯爵が押さえている」

 分隊長は呼吸を整えると言った。

「だから俺達はその間にあのオークどもが利用していたと思われる村落へ続く秘密の抜け道を探すよう命ぜられた。エーラン将軍や我らはそこから退却する。お前達も探すのを手伝ってくれ。ジェイバー中隊長とバーシバル小隊長の見立ててでは恐らくは王宮に抜け道はあると思われる」

 王宮はここから真っ直ぐ北だ。まだ遠いがその影が見えている。

 ダンカンは頷いた。

「ダンカン隊、行くぞ!」

 無数の分隊の後をダンカンも部下率い追ったのだった。



 二



 城とはどこでも荘厳なものだった。粗暴なオークには似合わないほどの外部も内部も立派な造りだった。

 蝋燭という蝋燭に灯が点った。だが、それらは紫色の炎だった。

 各分隊は散った。

 ダンカン隊もカタリナにフリットとバルドを預け、一部屋一部屋丹念に調べ始めた。

「書棚の裏とかが怪しいわよ」

 別れ際にカタリナがそう助言した。

 ダンカンとアカツキとゲゴンガはベッドの下や、言われた通り書棚の裏や、絨毯を引っぺがしてその下を探し始めた。

 外ではどうなっているのだろう。敵も味方も規模が分からない。サルバトールの暗躍で多くの兵を失ったのも事実だ。イージア勢とバルケル勢が敗走すれば敵はまともに雪崩れ込んでくるだろう。その前に探し出さなくてはならない。

「この部屋はありません」

 アカツキが言った。

「そうだな、よし次へ行こう」

 ダンカンは二人を率いて廊下に出た。

 と、その時、声が響き渡った。

「あったぞ! 玉座の裏に抜け道が!」

 思ったよりも早く抜け道は見つかった。

「ジェイバー中隊長に報告だ! 急げよ!」

 伝令と思われる兵がダンカン達の前を駆け抜けて行った。

「隊長!」

 カタリナ達が合流した。

「俺達のやることは抜け道を守ることになるだろうな」

 だがダンカンは妙な胸騒ぎを覚えていた。あるいはここが自分の死に場所になるようなそんな気がしたのだった。だが、例え俺が死んでも部下達は絶対に死なせない。彼は固く心に誓い、神々と亡きイージスに加護を願ったのだった。

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