四十

 ダンカンは部下を率いて閑散とした大通りを北に向かう。

 その間に多くの兵士の亡骸が倒れていた。

 サルバトールの仕業だろう。そしてヴァンパイアはこの先にいる。

 と、その時だった、殺され倒れていたと思われた兵士達が次々とゆっくり身を起こした。

 真っ赤な眼光をし、口の端からは牙が出ている。

 任に急かされ、ダンカンは兵士の亡骸を調べるべきだったと悔やんだ。こいつらはヴァンパイア化していたのだ。

 周囲をヴァンパイアと成り果てた兵士達に瞬く間に囲まれダンカン隊は窮地に陥った。

 ここで終わりかもしれん。一瞬そんな言葉が脳裏を過ぎったが、ダンカンは頭を振り声を上げた。

「全員抜刀、円陣を組め! 安心しろ、聖水の力を得た剣なら、ヴァンパイアの鋼のような身体にも通用する、勝てる!」

 ダンカンは己に言い聞かせるようにそう声を上げた。

「ここから先には行かさない。子爵閣下の命令だ。お前達を殺すか、こちら側に引き込むか、いずれかをやってみせよう。だが、ダンカン、ヴァンパイアもそう悪くはないぞ」

 そう言ったのは顔馴染みの分隊長だった。

「アレス……。俺達がお前達を解放してやる!」

 ヴァンパイア達が一斉に躍り掛かって来た。

 歯牙を剥き出しにし、赤い目を狂気に歪ませ。得物を振るってくる。

 鉄と鉄がぶつかり合う音が聴こえた。

 敵はヴァンパイアになったためかその力は増幅している。

 そうか、とダンカンは気付いた。もう夜なのだ。空を見上げる。仮初めだった厚い黒雲は去り、三日月が顔を見せていた。

 ダンカンは次々剣を交え、打ち返し、斬り返し、苦労しながら敵の首を跳ねた。

 絹を裂いた悲鳴を残し、敵は灰となって崩れ落ちた。

 左右、後ろからも仲間の息遣いと剣を打ち合う音が聴こえてくる。

 ダンカンはアカツキを振り返った。

 隣にいたアカツキは敵に誘い込まれ深々と敵の群れの中に入り込んでいた。

「アカツキ、下がれ! 戻って来い!」

 だが、そのアカツキが突如剣を取り落とした。

 ヴァンパイアの眼光をまともに見て身体が麻痺したのだろう。

「陣形を移動する! みんなついて来い!」

 ダンカンはそう言うと一目散にアカツキの前に飛び出て迫る凶刃を全て弾き返した。

「アカツキ、大丈夫か!?」

 だが、アカツキは地面に崩れ落ちたままだった。

「アカツキ!」

 フリットの心配する声がする。

「麻痺の視線だ。難しいかもしれんが、奴らの目を真っ直ぐ見返すな。皆、気を付けろ!」

 ダンカンは声を上げた。仲間達の応じる声がする。

 ふと、厚い敵の層の向こう側にサルバトールが佇んでいるのが見えた。

 ダンカンは怒った。仲間を奪った憎き敵だ。

 剣を振るいヴァンパイアとなった兵士の首を跳ねる。灰が飛散する。

 ふと、ダンカンは頭の中に声が流れてくるのを聴いた。

「お前は我が忠実なるしもべだ」

 甘美な声が頭の中でそう言った。

「はい、私はあなた様の忠実なるしもべです」

 ダンカンは応じた。

「よし、ならば憎き敵を血祭りに上げるのだ」

 その言葉にダンカンは頷き振り返った。

 一人は倒れ、残る憎き敵が四人いた。忠実なる同士を斬り裂き灰としている。

 ダンカンは剣を上げた。

「隊長!」

 振り下ろされた剣をオーガーが戦斧で受け止めた。そして頬を殴られた。

 ふと、ダンカンは眠りから覚めた気分になった。

「俺は一体?」

「洗脳されていたのだ」

 バルドが言った。

「くっ、俺としたことが」

 術が破れ、サルバトールが忌々し気に舌打ちするのを聴いた。

 敵の猛攻が続いている。前から横から上から、驚異的な動きでダンカン隊を翻弄している。

 しかし、背後でカタリナとバルドがよく敵を片付け、フリットとゲゴンガの助勢もしていた。

 と、アカツキが起き上がった。

「しまった、俺は気絶していたのか!?」

 アカツキが声を上げた。

「アカツキ、ヴァンパイアの視線には注意しろ。麻痺させる力がある」

「わかりました」

 アカツキが亡き父の形見両手剣ビョルンを旋回させた。

 躍り掛かって来た二体のヴァンパイアが灰となって宙へ散らばった。

「良いぞ、アカツキ」

 ダンカンは嬉しく思いながら自分も敵と対峙する。

 弾き、弾かれ、避け、避けられの繰り返しの間の一瞬で敵の首を落とすしかなかった。だが、修羅の様な修練の成果が出ていたようで、相手の隙を見つけるのが自分では上手くなったとダンカンは思った。

 アカツキと協力して敵を倒し、時に仲間達を鼓舞してダンカンは夢中で戦った。アカツキも癖のある長い金色の長髪を振り乱し、多方面のヴァンパイアに遅れを取らなかった。

 アカツキは良い戦士になれる。父イージスの様な。

 ダンカンはそう思い戦いの最中嬉しくなった。

 敵の層が薄くなり、足元には多くの灰が積もっていた。

 後ろを振り返る。

 カタリナ達の相手も限られてきていた。

「みんな、もう少しだ!」

 ダンカンの剣は敵の腕を一刀両断し灰に変えた。

 悲鳴を上げる敵の首を跳ねたのはアカツキだった。

「よくやった」

 ダンカンが声を掛けると、アカツキは力強く微笑んだ。

「後ろは終わったわ!」

 カタリナ達がこちらに合流する。

「やれ! 殺してしまうのだ!」

 サルバトールの声と共に残るヴァンパイアが襲い掛かって来た。

 跳躍し、建物の壁を走って襲い掛かってくる者、正面から斬りかかって来る者、その全てをダンカン隊は討滅した。

「よもや、たかだか六人の者に我が兵が敗れるとは」

 一人残されたサルバトールが言った。

「サルバトール、覚悟しろ! お前の歯牙に掛かり、望まぬ形で死を迎えた者達の仇、俺達が討つ!」

 ダンカンは声を上げるとヴァンパイアの首魁目掛けて斬りかかって行った。

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