いじめられなくて、ざまあみろ

naka-motoo

いじめられなくて、ざまあみろ

 待ってたんだよこの時を。

 ウチの社長がわたしに厳命した。


「カナエ。世界一のロックバンドを創れ」


 わたしは生まれながらのプロデューサー。

 ウチの超絶零細レーベルが細々とブルース専門の演歌歌手やバック・ビートのクラシックピアニストなんかをプロデュースしながら生き延びてきたニッチ戦略も限界で、社長はそれでも音楽で生きていくことを捨てたくなくて、わたしの手腕に最後の望みを託してくれた。


 日本中を駆け回ったよ、ボロボロの軽四ワゴンに寝泊まりして。


 ライブハウス。

 劇団。

 飯場。

 ボクシングジム。

 刑務所。

 ミニシアター。

 ネットカフェ。

 企業団地。

 合同就職説明会。

 被災地。


 ロックバンドに一番大切なものを知るわたしだからこそそういう選択をした。


 ロックバンドに一番大切なもの。


 辛酸、だよ。


 ベーシスト:蓮花

 左手の小指がない29歳の男。

 でも反社じゃない。

 高卒で製紙会社に就職して工場の主任を務め若い子達をまとめてた。

 新入社員が操作を誤った機械に巻き込まれて指を失った。

 それでもベースを捨てなかった。


 ギタリスト:ウコク

 50代の男。

 池袋の通り魔に妻と生後半年の娘を刺し殺され。

 普通のサラリーマンだった彼はけれども護送中の犯人に無言で歩み寄り無造作にナイフで刺して復讐を果たした。

 彼は服役中にエレクトリック・ギターを懇願し、趣味のバンドマンだった彼はギター・マシンと化した。


 ドラマー:馬頭

 父母が経営していた小さな縫製工場が震災で全焼し、父母の救出が無理だと冷静に判断した中学生の彼はドラムキットを工場兼自宅の二階から自分の背中が大火傷を負っているのにも気付かずにすべて搬出し、既に中3だった彼はどの大人の世話にもならず、ライブハウスでバイトしながら叩き続けて来た。

 17歳の少年。


 わたしが命を惜しまずに探し出したこの最高のクソッタレのような男たちの、フロントを務める、最後の人格を探していた。


 4ピースの最後の1ピース。


 そしてわたしは遂に出会ってしまった。


「ねえ、アナタ。名前は?」

紫華シハナ

「年は?」

「14」

「学校は?」

「行ってる」

「毎日?」

「はい」

「どうして」

「アイツらを殺すタイミングを図ってる」


 わたしはまだ中学二年生のこの女の子をスカウトしに彼女の中学校へ向かった。


「中学辞めても構いませんよね。センセイ」

「義務教育ですからそれは」

「じゃあ、いじめられない権利は?」

「いじめはありません」

「じゃあ、これは」


 そう言ってわたしは女の校長の鼻をモーションなしの右拳で殴った。ボトボトと鼻腔から血を垂らし手で鼻を覆う校長。

 でも周囲のセンセイどもは何が正解かわからずに動かず一声も発しない。


「この子がいつも遭っているこういうことはいじめではないということですねセンセイ」


 わたしは紫華に中学を辞めさせた。


「お父さん、お母さん。この子に『いじめられるオマエにも原因がある』って言ったそうですね」

「だってそうでしょう。集団生活でうまくやれないなら社会に出ても適応できないでしょう」

「お母さん、同居してた姑さんをグループホームに入れたそうですね。お父さんはお母さんに強く迫られてそうしたと」

「だ、だからなんだって言うんですか。お義母さんはその方が年の近い人達と一緒で楽しいからって施設へ行ったんです」

「つまりお母さんは姑さんとの集団生活に適応できなかったんですね。そして今度は紫華さんとの集団生活にも適応できない」

「て、適応できないのはその子の方です!」

「死ね。クソ野郎」


 わたしは紫華に無能な両親の娘であることも辞めさせた。紫華をわたしの養女にして一緒に暮らし始めた。


「紫華。これがアナタの新しい家族。そして級友であり同志たちよ」


 わたしは馬頭がバイトしてるライブハウスの、客席には誰もいないステージにバンドを配置につけて、空いているフロントのマイクスタンドの前に紫華を立たせた。


 ウコクのカッティングを合図に、バンドが轟音をハウスに叩きつける。

 鳩尾に響き、紫花の美しい黒髪を静電気で浮き立つようにビリビリと震わせる。

 わたしは紫華にわたしの願望を述べた。


「紫華。歌詞は要らない。メロディーも要らない。アナタの叫びたいように叫んでみて」


 彼女は躊躇してる。

 でもウコクは許さなかった。

 唐突に刑務所で15年間マシンと化して弾き続けたギターソロをナイフの鋭利さで紫華に突き立てる。


 紫華は右手の爪でぶらりと下げた左手の二の腕をえぐる。


 蓮花が4本しかない左の指で正確に弦を抑え込みボボボボと間隙の識別できない高速ビートをはじく。


 紫華が両手で黒髪をわしっ、と掴んだ。そしてそれを無茶苦茶に搔きむしる。


 馬頭が最初はスネアをサブマシンガンのように、それからスティックを直角を超える打点に引き上げてタムを、ガトリング砲のような音圧でもって紫華を撃ち貫いた。


 とうとう紫華は叫んだ。


「うああああああああっ!

 うおおおおおおおおっ!

 うあーっ!

 たあーっ!

 とうっ!」


 徐々にそれは英語じみたいろはにほへとの音に変わる。


 ・・・・

 るららるらるらあっ!

 ダララララララララ!

 ホウッ!

 ・・・・・・


 なんだこれは。


 無意味な五十音の連なりでしかないのに、涙がドボドボと溢れ出る。


 なんなんだ、こいつら。


 わたしはこのバンドを、売る。


 もしもこいつらの音が世界に届かなかったら。


 わたしの方から世界を見限ってやる。


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