おまけ お見舞い(後)

お見舞い大作戦の立て直しをはかり、その2日後、思っていたよりも早くチャンスが訪れた。琉晟からの許可がおりたのである。


「なんだそれは?」

桃弥が大きな荷物を背負っているのを桜雅が不思議そうに尋ねた。


見舞いの品は先に届けているはずなので気になったのだ。


「姉上から預かったのだが、何かは知らない。てか、朱璃の見舞いに行くと知っているはずなのに無関心みたいでさ、意外だった」


「景雪の弟子なんだから、何度も会っているのだろう」


「いや、兄貴はもう何年も本邸には来ていないはずだし、朱璃に会ったことはないと思うんだ。姉上たちが兄上の弟子に食いつかないはずはないし、もしかして女だと思っていないのかな」


「そうかもな。それに今はお前の事でいっぱいなのだろう」


「それがさー!」

桃弥が本当に驚いたように秦家での話を始めた。


実は、初日以降あの母姉妹が全く構ってこなくなったのだ。彼女たちの元には何人もの仕立て屋や、行商人が屋敷を訪れ、えらく賑やかで楽しそうだったので、近々大きな催しがあるに違いないと桃弥が言った。


「そうか、残念だったな」

桜雅が桃弥の頭を撫でた。


構われ過ぎは困るが、蚊帳の外というのはさぞかし寂しかっただろうと、桜雅は推測したのだ。


「別に、寂しかったわけじゃねーぞ。勘違いしないでくれ」


「分かっている」


「いや、分かってねー。本当に、助かったんだから。だから、頭なでるなって」


「分かった分かった」


「違うってっ。楽しそうだったが別になんとも思っていないから」


じゃれ合う?2人は、桃弥の荷物の中身が姉たちが桃弥を構わなくなった答えだと知る由もなかった。



「懐かしいな」


久しぶりに訪れた、都の端に位置する秦家の別邸に桜雅は言葉を詰まらせた。


 10年以上前、幼い頃、桃弥を始め兄たちと遊んだ想い出が胸の奥から次々に湧いてきたからだ。


「ここで、蹴鞠をした」


「ああ、凧揚げもしただろ」


「懐かしい」

ただ、ただ楽しかった。無邪気でいれたのはあの頃までだった。感慨深く桜雅は中庭の方にも足を向けた。


「あの木覚えているか?」

桃弥が大木を指差した。


「いや」


「お前が登って降りられなくなった木だ」

赤くなる桜雅をさっきの仕返しとばかりにからかう。


 忘れるはずはなかった。今までの人生の中でトップクラスの恥ずかしい出来事である。


桜雅はニヤニヤしている桃弥に言った。

「桃弥が落ちた井戸だ」


「……!」


「あの時は、大変だったな」

反撃に転じた桜雅。


詰めの甘い桃弥が話題を変えようとキョロキョロした時だった。


奥から木刀の打ち合う音が聞こえた。

「琉晟かな」


鍛錬場の方に向かった2人は驚愕事実を目にする事になる。


そこには激しく打ち合う琉晟と朱璃。


打ち合うという可愛いものではなく、さながら実戦、キンとした殺気に背筋が騒つく激しいものであった。


唖然する2人に先に気付いた琉晟が朱璃を止めた。


スーと緊迫した空気が消え、2人に気付いた


朱璃が少し息を弾ませて駆け寄って来た。

「桜雅っ桃弥っどうしたん!?」


相変わらず可愛い笑顔だな。

思わず頬が緩んだ桜雅とは逆に桃弥が大きな声を出した。


「何やってんの!? お前っ」


「何って、剣のお稽古?」


「あんなに激しいのはお稽古とは言わん! んじゃ無くて、病人が何やってる」


「ん?」


「桃弥、大きな声を出すな」

桃弥からかばうように朱璃の肩を抱いて自分の方に向けた桜雅が顔を覗き込んだ。、


「大丈夫か? いくら大会があるからと言って病み上がりで無理をしてはダメだ」


 相変わらずイケメンだけど、どうして泣きそうな顔?

 思わず仰け反りながら朱璃は琉晟に助けを求める。


『お二人とも、景雪様のお見舞いに来られたのですよね』


「……!」


琉晟の手話を理解した桃弥が目を見開く。

「兄上かよ」


桜雅も理解したようだ。

「そうか景雪だったのか」


  朱璃もまた、自分が寝込んでいると勘違いされていたことに気がついた。心配してくれたんだとジンときて2人を見ると桃弥が言った。


「お前、ほんと丈夫だな」


「あ、ありがとう」


年頃の娘にとって、褒め言葉にしては微妙だが一応礼を言っておく。


「本当に感心する。日ごろ鍛錬の成果なのだな。俺も見習わねば」


桜雅からも純真な視線を向けられ、思わず視線をはずしてしまった。悪気はないのは分かるが何となく、辛い。


『ええ、朱璃は本当に丈夫なんです! この3年間で、体調を崩したのは一度だけです。昨年なんか、蟹を食べたもの全員寝込んだのに人一倍食べた朱璃1人無事だったんです。それから』


あの時は、犯人扱いされて違う意味で辛い目にあった。しばらくは蟹を見るのも嫌になったな……。


桜雅の瞳がキラキラしてきたのでその事は口に出さないことにした。


「そろそろ、お見舞い行く? 会ってくれるか分からないけど」

琉晟の微妙な自慢話が続きそうだったので慌てて話を変えた。


「そうだった。で、景雪の具合は? そんなに悪いのか」


『いいえ、もう熱も下がっておられます。食事も少しずつ摂られてはいますが』



朱璃が景雪の部屋前でノックをする。


「先生、桜雅様と桃弥様がお見舞いに来てくださいましたよー」


「帰れ! ぷりん泥棒 」


「何をアホな事言っているんですか! 失礼でしょう。どうぞお入り下さい」


桜雅たちは顔を見合わせる。

意味は分からないが、とても入りづらい。


琉晟がどうぞと2人を押しこめてドアを閉めてしまった。


ベットの中で起き上がった状態の景雪がチラリとこちらを見た。機嫌の悪さ全開である。


勇気ある桜雅が先陣を切った。

「体調の悪いところすまない。熱は下がったの聞いて安心した」


「あ、兄上、見舞いが遅くなり申し訳ありません。お加減いかがですか?」


「もうだいぶ良くなられました。ね、先生。明日にはお布団から出ましょうね」


「……」


  景雪はいつもながら社交辞令は通用しない。気まずい空気が流れた。


おそらく、朱璃が寝込んでいると勘違いして見舞いにきたこともバレている。


どうしたら良いのか……。


桜雅たちは、知らん顔して星のような形の平らな鉄板を磨いている景雪をただただ見つめるしかなかった。


「それは何ですか?」

どうにか桃弥が口を開く。


「……ぷりん泥棒を張り付けにするものだ」


やっと喋ってはくれたが、全く意味がわからない。


「ぷりんって泥棒か? 張り付け? それは暗器か?」

景雪は答えてくれないだろうと思いながら尋ねてみる。


 もちろん返答はなかったが、代わって朱璃が笑いながら言った。


「プリンって、私の国の食べ物でお菓子なんだけど先日、莉己様と泉李様がお見舞いに来られた時、気に入ってくださって全部食べてしまわれたんです」


あの人たちは……。

見舞いに来たんだ……。

色々と突っ込みたいのだか、どこから突っ込んで良いのか、しばらく目を泳がせていた2人がようやく口を開いた。


「それは、お気の毒に……」


 しばらくして景雪が、星の鉄板を手に腕を上げた。


「……?」


 見せてくれようとしているのか?

 桜雅が近づいた時だった。


 シュッ、カツンッ


「えっ」

景雪の手から放たれた鉄板が正面の壁に突き刺さっていた。


「もう! 先生。家の中ではやめて下さいっ。穴が開くじゃないですか」


穴が問題なのか?

そこは触れない方が賢明だと判断し、桜雅が質問した。


「その鉄板は小刀なのか?」

「手裏剣っていいます。私の国では昔忍者が使ってたんです」


 どういう経緯だったか忘れたが景雪に教えたところ、すぐに作製してしまい実用化に向けて試行錯誤を繰り返しているのだ。

因みに撒きビシは完成している。


「朱璃剣?」


「お前がつくったのか?」


「違います。朱璃の朱璃じゃないんですよー」


 壁にささった手裏剣を抜いて説明をしているところに、琉晟が甘い香りをさせながら戻ってきた。


「いい香りがする」


「これがプリンですよ」


「ぷりん!」


 興味津々の二人に景雪が冷たく言い放つ。

「帰れっ」


『お二人が玉子と牛乳を持って来てくださったので、作ることできたのですよ』

景雪を無視して琉晟が二人に礼を言った。


莉己に言われて持参した玉子と牛乳の使い道が、やっと理解出来た2人は顔を見合わせた。思うことは同じだ。

というか、本当に全部食べてしまったんだろうか。

まさしく嫌がらせの如くに見舞いに来た二人の様子が目に浮かぶ。


「見舞いの心得、そっくりそのまま返したいな」

「同感」


遠い目をしている2人の様子に朱璃が心配そうに眉を寄せた。


「2人とも大丈夫? 疲れてるな。 そうやんなー大変やなーーちゃんと寝てる?」


黒くないって良いなあ~やっぱり癒される。

目を細める桜雅を見て、時々充電に来なくてはと思う桃弥であった。


『あなたたちのは茶室に用意してますからね。ごゆっくりどうぞ』


「やった。行こー」

朱璃に促され、2人はもう一度景雪に挨拶すると部屋をあとにした。



「うまい!」

プリンは大好評。


「全部食べてしまった莉己様の気持ちが少しわかった」


「ああ、俺も大好きだ」


「ありがとう」


プリンを食べるイケメンって可愛いなと改めて思う朱璃であった。


「あっそうだ。姉上から荷物を預かってきた」


「私に? もう出来たのかな」

心当たりがあるような朱璃の態度に桜雅が尋ねる。


「会ったことがあるのか?」


「うん。毎日お会いしてるよ? 」


「えっ? そうなのか」

桃弥がびっくりした声を出した。


荷をほどきながら逆に朱璃が首を傾げる。

「ほぼ毎日、本邸にお邪魔してるで。一昨日は仕立て屋さんも呼んでくださって、服を製っていただいたし。桃弥知らんかったんや? わぁ~可愛い!」


普段着は商人の男の子のような服を着ていたのだが、女の子なのに勿体ないと動きやすいが可愛いデザインで作っていただいたのだ。


 嬉しそうに服を見せてくれる朱璃を見つめる桃弥の肩を叩き、桜雅が小さな声で言った。

「どんまい」


巧妙に桃弥には隠されていたのだろう。

蚊帳の外ではなく、いじられていたのだ。今頃、桃弥の驚いた顔をあてにして茶会でもしているだろう。


「すまん。元はといえば俺が間違った情報を」


「気にするな。見舞いの心得とか色々勉強にもなった。朱璃も元気だし、景雪も大丈夫そうだし、なんの問題もない。それにここに来ることが出来た。それが嬉しい」


「ああ。今度来た時は、木登りしような」


余談ではあるが、後に 秦家の別邸、通称 欅雪の館は手裏剣やプリンなど多くの発明がされた研究所として発明家たちの聖地になったと言われている。


「兄上、まだ、マスクしていたな」


「機嫌の悪さはあの人たちのせいだけでもないか……。ま、当分、出てこないということだな」


「その方が平和でいい」


しかし桃弥のささやかな願いは叶わなかった。


 その数日後、どこで聞きつけたのか、目もくらむほどのキラキラした人物と共に大量の玉子と牛乳、砂糖が秦家に運び込まれ大騒ぎになることになる。


もちろん桜雅たちも駆り出されることになるのだが、ほっこりとここ数日の疲れを癒す彼らは知る由もなかった。

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異世界から来た娘が堪らなく可愛いんだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています @kyou555

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