おまけ お見舞い(前)
孫家の謀反終結から一夜明けた。
瀕死の重傷、いや もう亡くなっているのではないかと言われていた王が、スキップとも思える足取りで帰ってきたものだから、腰を抜かすものや涙を流すものと大騒ぎ。
朝廷内はややパニック状態となった。
事情を知っていた少数派は事態の収拾に追われる官史に同情しつつ、遠くを見つめ、場を乗りきったのだった。
そしてパニックが収まると、一変して盆と正月がいっぺんに来たようなお祭りムードとなった。
何故なら一時は謀反の主犯と言われていた王の弟、白桜雅とその側近たちが、今回の立役者であったことが明らかになったからだ。
「おーい。大丈夫かー?」
昼を過ぎた頃、桃弥が桜雅の執務室に顔を出した。
適当にあしらう事の出来ない真面目な桜雅が、ドっと疲れているのは想定済みので、夕刻の宴より早めに出廷して来たのだ。
「……。大丈夫だ。早く来てくれてありがとう」
卓にうつ伏せになっていた桜雅の頭を撫でると、気持ち良さそうに目をつむった。
「夜の宴が終わったら少し収まるだろうから。もう少し頑張れ」
「ああ」
顔を向きを変え、ジーと桃弥を見つめていた桜雅が、心配そうに今度は桃弥に問うた。
「お前は大丈夫か?」
桃弥はぼんやりと遠くの庭を見つめ、呟く。
「いつも通りかな。あーーでも、兄上たちもいるから、まだマシかな」
「そうか」
2人はお互い労うように肩を抱き合った。
実は、秦家は女系家族であり、桃弥には4人の姉と2人の妹がいる。
彼女たちは長男があんななので(唯我独尊景雪)必然的に桃弥をかなり可愛がっている(いじり倒している)。
約3年ぶりの再会が無事であるはずは……なかった。
桜雅はあえて何も聞かず、話を変えた。
「朱璃は大丈夫か? 景雪らは別邸か?」
「そうなんだけど……あのさ、朱璃のやつ熱出してぶっ倒れたらしい」
桃弥が急いでやって来たもう一つの理由はそれである。
朱璃に惚れている桜雅はきっと彼女の事を心配しているだろうと思い直ぐに知らせに来たのだ。
「……!」
「まぁ、流石に倒れないほうがおかしいよなー」
心配していたのだが、予感が的中してしまったことに心を痛め、桜雅が悲壮な顔をする。
「あんなに か弱い女性にどれほどの無理をさせてしまったのだろうか……。本当に申し訳ないことをした」
「いや、か弱くはないと思うけど……か弱くはない」
呆れ顔の桃弥の言葉は耳に入っていない桜雅はさらに眉を寄せた。
「で、容体は!? すぐに侍医を秦邸に!」
「言うと思った。落ち着けって。王族専属の侍医を本を貸すみたい扱ったら怒られるぞ。大丈夫、うちの医師がちゃんと診てくれてるから」
「そうか……。秦家の医師なら心配いらないか」
桜雅が少し落ち着いたのを見計らって、桃弥が提案する。
「肉持って持って見舞いに行こーぜ」
「ああ! 行こう、肉持って」
速攻で桜雅が食いついて来た。
今すぐにでも行こうとする桜雅を止める。
「宴に間に合わないのはまずいだろ。終わってからにしようぜ、いろいろ用意しておいて」
「わかった!」
2人は思いつく中で朱璃が好きそうなの食べ物を用意するようリストを作成し、それを女官へ託した。
とにかく精のつくものを中心に、朱璃の好きな甘味も忘れなかった(これは桃弥が考えた)
やがて、滅多にない皇子のお願いに張り切った女官たちのお陰で部屋いっぱい、食べ物で溢れかえった。
「おやおや。何事ですか? 」
「宴はこの部屋でするのか?」
おそらく分かって面白がってやって来た莉己と泉李の2人に、桜雅をたちは素直に告白した。
「宴の後で、朱璃の見舞い行こうと思っています」
桜雅の言葉を聞いて2人は顔を見合わせた。
なるほど……。
「お気持ちはわかりますが、賛成しかねますね」
眉間に美しいシワを寄せた莉己の一言で、隣の書斎に場所を移して見舞いに関するマナー講義が始まってしまった。
「どうしてお見舞いにいくのですか?」
どストレートな質問に一瞬だけムッとしたように口を固く結んだ桜雅だったが、そのままストレートに返答した。
「どうしてって、心配だからだ。本当なら代わってやりたいが……そうもいかない。それなら何でもいいから出来ることをしたい。少しでも元気が出ることをしたかった」
「心配のあまり直ぐに駆けつけたいと、その気持ちはわかりますよ。でもお見舞いで大切なのは相手を気遣う気持ちです」
「……?」
桜雅の言葉は朱璃を想う気持ちで溢れていたのに、莉己はどうしてそんな事を言うのか?
お見舞いはいけなかったのか?
桃弥は首をひねった。
反対に、莉己の言葉から何かを感じたのか桜雅はハッとした表情を見せた。
「分かったようですね」
莉己が優しく微笑んだ。
「桃弥、お前が万が一寝込んだ時、こいつが突然見舞いに来たらどうする?」
まだ分かっていない桃弥の頭を小突きながら、泉莉は莉己を指差す。
「それはもう、さらに熱が上がります」
「ふふふっ、ではお見舞いは控えますね」
「あっ、えっと、その、あの……」
「まぁ、そういう事だ」
やがてポリポリと頭をかき、莉己に頭を下げながら桃弥は「おっしゃった意味が分かりました」と反省の色を見せた。
それに気を良くしたのか。にっこりと女神の微笑みを見せながら莉己先生が降臨した。
「相手や相手のご家族に迷惑にならないようにしなくてはなりません。体調はもちろん、精神的に不安定な時もよく考えなくてはいけませんよ。女性ならば身だしなみが整わないので人に会いたくない方もいるでしょう。男性でも弱っている姿は見せたくないない人もいるでしょう。異性を訪ねる時はさらに気を遣いなさい。
それに縁起を気にする方の場合は、それも考えなくてはなりません。灰の日は死の世界に繋がると言われていますので、決して行ってはいけません。火の日は、血の色や火事の火を暗示し、それが死に繋がります。土の日は根が生えてる、病気が長引くと言われていますので避けた方が賢明でしょう」
桜雅と桃弥がだんだん遠い目をしてきたので、思わず泉李の頬がゆるむ。
「永遠にお見舞いに行けない気がして来ました」
桃弥が情けない声を出した。
「くすくすっ 目上の方の見舞いの時には特に重要ですからね。覚えておきなさい」
「はい」
「とにかく、相手のことを最優先に考えればいいだけだ。そうでないと、嫌がらせになっちまうからな」
「ふふふふっ 」
桃弥が目をそらしながら桜雅の肩を抱き部屋の外に出るべく移動する。
「琉晟に見舞いに行っていいか確認してくるよ」
「たのむ」
部屋に戻ろうとする二人に泉李が声をかけた。
「ちょっと待て。実はこれを伝えるために来たんだった。朱璃の国では、病人には消化の良いものを食べさせるらしい。水分さえしっかり取れれば、食べたくなければ食べなくても良いくらいなんだってさ」
「えーー!?」
桃弥が驚くには訳がある。ここ祇国ではとにかく精がつくものを、その代表としては肉なのだが、肉料理が数種類並ぶことも珍しくない。
「脂ものや、生ものも避けたほうが良いってさ」
「そんなので治るのか」
とにかく食べなくては治らないと思っているのは、桃弥だけではない。桜雅も半信半疑な表情である。
「そうらしいですよ。私は食欲もないのに食べなくてはならないという苦痛から解放されると思うと嬉しい限りですよ。本当に。余計に気分が悪くなる事さえありましたからね」
「……それは、わかります」
身に覚えがある桜雅が眉を寄せた。
脂の乗った肉料理は遠慮したいとどれほど思ったか。
うん、これからは朱璃の文化に従うことにしよう。
桜雅は密かに心に決めた。
「食べれそうなものだけ、厳選して持って行きなさい。そうですね。果物は喜ばれるでしょう。そうそう、玉子と牛乳が必要だといっていましたよ」
「は、はい」
「莉己様と泉李様はお見舞い行かれないのですか?」
「ええ、私たちが行くと恐縮してしまうでしょ。ゆっくり静養も出来ませんしね」
「その点、お前たちなら大丈夫だ。頼んだぜ」
こうして、桜雅と桃弥は代表して朱璃の見舞いに行くことになったのである。
因みに、溢れんばかりの食料は「私たちに任せなさい」と殆ど持っていかれた。
もちろん行き先が気になったが知らぬが仏だと身に染みて分かっている2人は、それ以上追求はしなかった。
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