幻想魔法の英雄譚(の短編)

抹茶

プロローグ、そしてエピローグ。



「ひぃ!や、やめ……」


――ザシュ!


 ……今1人、名も知らぬ騎士が息絶えた。


「GEHIHIHIHI」


 気味の悪い声で甲高く笑うのはゴブリン達だった。


 魔王が誕生してから2日、人類は《9割がた滅亡》していた。

 圧倒的な力を持つ魔物・魔族たちを従え、強化を施し人類圏へと魔王軍が侵攻を開始してから、たったの1日たりとも凌いだ国はいなかった。

 

 そして今、魔王軍の来た魔王城より最も離れた地に存在する名も無き王国が、滅ぼされようとしていた。

 逃げ込んできた者も、元から居た者も関係無く、全員が決死の思いで抗い続ける。


 だがしかし、誰の目にも明らかだった。勝ち目など無いことが。


 魔王軍の総勢は20万ほどに及ぶ。その内分けは気の遠くなるほど豊富な種類の魔物たちだが、一部は魔族たちである。

 奴らは、単体でも一般市民には危険な力を持ち、その上で魔王により強化を施されていた。


 もう滅亡は目前だ。全てが終わる。悪魔の手によって人は死に絶え、そして新たな時代が幕を明ける。それが、”人類と魔王軍”の全てだった。





 赤い髪の少女ナイヤは、王都の街並みをただひたすらに走っていた。

 買ってもらったばかりの服はぼろぼろに破け、靴などあってないようなものだった。


 足の裏は酷く切れ、踏み続ける石によって大きく抉れていく。

 それでも尚、少女は止まろうとはしなかった。振り向くことなどできない。今振り向けば、その圧倒的な恐怖に生きることを諦めてしまうことを、少女はその小さな命で鮮明に悟っていた。


「ッ……ッ……」


 けれども足は廃れ、体力はとうの昔に限界を迎えていた。ただひたすらに走った頭は、酷く悲鳴をあげていた。

 

――呼吸の仕方がわからない。


 吸っているようで、何も口から入らなかった。ただ、スカスカとした虚しい音が耳に届く。

 

 嗚呼ああ


――ここで、終わる。


 それが確かに感じて取れた。すぐ近くへと迫る不快な足音と醜い息遣い。


 憎くて憎くて、そして悔しい。その思いで埋め尽くされながら、彼女は瞳を閉じた。

 どうやら、ついに足を止めてしまったせいか生きることを自分は諦めたのだと気付いた。もう、終わりにしよう、と。



 今日は、彼女が13歳となる誕生日だった。優しく明るい両親とともに、彼女は欲しかったワンピースを買ったのだ。幸せだった。

 何もかもが明るい生活に満ちていた彼女の人生には、唐突に闇が降ってきた。全てを塗りつぶす、絶望が。


(嫌だよ……嫌だ……死にたくない……死にたくないよ……)


 彼女の視界の外で振り上げられた棍棒が、それを持つ醜い顔のゴブリンと同じく不細工に振り下ろされた。それは、少女の命程度を軽く吹き飛ばすもの。

 このまま、彼女の命は終わりを迎える――。


 それは、朧気な意識が、本能が理性を上回って、最後に口にした


「【死にたく……ない……】」


――『魔法とは自然界から逸脱した魔の力が、その言葉と生物の忠実なる〝本能〟に促されるままに創造さうまれるものだ』


 だから例えば、奇跡的な出来事だとしても。


――【瞬不死シニタクナイ】。


 振り下ろされた棍棒は、その奇跡の魔法によって”消滅”した。そのまま、それを所持していたゴブリンを消す。

 まるで暴力のような魔法。奇跡の魔法。抗う力。その全てで以て表せない、理不尽なまでの力。


 少女は選ばれた。今この瞬間に、世界の全てを賭けた”戦いの地”に。

 彼女は選ばれた、救世の英雄であり、混沌の親として。











――トン



 轟音と共に、破滅が其処そこに居た。

 

 何の前触れもなく、其処に現れたのは、一頭の龍だった。蒼い色をした光沢を放つ鱗が輝き、大きく丸め込まれた翼は光を反射していた。


 次の瞬間。


「GUUWAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」


 翼が大きく開かれ、咆哮が轟いた。

 敵か味方か。龍の咆哮は、全ての魔物と魔族を《消し飛ばし》、全ての人類を《再生》させた。


 現れた額には、銀色の宝珠が埋め込まれ、美しく輝いた。双瞳が鋭く地平線を睨み、小さく息が吸われる。


 フワリと、風が少女の頬を撫でた時――


――空は晴れ渡っていた。



『我は龍。生物の頂点に立つ存在。人族たちよ、魔物たちよ、魔族たちよ、我の力を以てして畏怖せよ、敬具せよ、称えよ、怯えよ。……魔王――よ、汝を滅するために我は《在る》。【英雄の勇者ヒーロー・オブ・ヒーロー】』


 


――貴様は生かしてはおけない。


 龍の現れた国は、生き延びた。他の全ての国は、滅びた。何もかもが失われた。

 人も、物も、土地も、力も、知識も、全てが失われた。何もかもが無くなった王都の街中で、倒れる少女。


 その額には、が空いていた。そしてそこに、絶大なまでの魔力と、人類初の『龍の力』が残された。



 復讐を誓った。幸せを視た。喜びも、楽しさも、悲しみも、怒りも、全てが――


「要らない」


 どんなに幸せであろうと、どんなに平和であろうと、それは暴力の前では悲しい程に脆い。何もかもが、気付いた時には無くなり、終わってしまう。

 全てを失うならば、何も持たなければ良い。ただ、ただ私は――。













 遠い伝承に、僅かに記されている言葉があった。


『魔王を滅ぼす者、龍と魔の力を持ち、全てを”裏切った”者。彼の者こそが、魔龍ロードである。』



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幻想魔法の英雄譚(の短編) 抹茶 @bakauke16

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