じゅういち

 これは後日談。

 あの波乱に満ちた御心祭はなんとか無事に終了した。舞台袖とはいえ、公衆の面前でキスしたわたしたちはあとでこっぴどく叱られたけれど、それもまたいい思い出。お母さんが目をキラキラさせながらその辺りのくだりをそれでそれでとしつこいくらいあれこれ訊いてきて、そんなわたしたち親子の様子を恵美子ときぃさんが信じられないものを見ちゃったとでも言いたげに目を見開いていたのは……。ああ、うん。……こっちの記憶は早く忘れたい。

 御心祭が終わり、お姉さまは正式に生徒会と和解した。美滝様が生徒会長となった新しい生徒会にはもちろんみらいさんもいたけれど、彼女もわたしに泣きながら謝ってくれたりしたから。……これはこれでおあいこにしちゃった。

 だってわたしが聖徒のお姉さま方を愛しているように、みらいさんも生徒会の役員を愛していただけなのだから。そう思うとあんまり怒る気にはなれなかった。元々わたしのお姉さまが悪いんだし。

 そうそう、お姉さまのボイコット事件については一切が不問に処された。

 なぜなら風見様と事前に打ち合わせていた通り、カタリナ様は美滝様が生徒会長につく事で花の君の名前が復活し、学園内に擾乱じょうらんが起きるのではないかと心配してあの様な事をなさったのだと……わたしが歌う前に風見様が全校生徒に向けて説明してくださっていたからだ。以前喫茶店で美滝様から言質げんちは取ってあったし、決して嘘は言っていないはず。そしてカタリナ様はこれからの学園の事を思い、心労から執務室に閉じこもってしまわれたのだ……というふうに意図的に話をすり替えたため、残りの三人の聖徒の様子から多少の違和感を覚える生徒がいたとしても、そこまで学校の事を考えてくださっていたなんてなんと心の清らかな方なのでしょう、という美談には勝てず、生徒のあいだに隅々まで広まっていた。うーん。結果オーライだし、考えついたときには名案だと思ったのだけれど……今考えてみたら色々と穴の多い作戦だった事は否めない。お姉さまの行動は最後の最後まで読めなかったし。

 その中でもわたしがお姉さまの身代わりに聖歌を歌う羽目になってしまったのは最大の誤算だったのだが。まあでも、それでお姉さまの起こした一件が真実味を増したのだからよしとしよう。ただ、まるで天岩戸あまのいわとの伝説のようだと噂されているのは少々困りものだけど。御隠れになったお姉さまが天照大神あまてらすおおみかみなのはいいとして、歌を歌ったわたしは天鈿女命あめのうずめなのかなぁ、って。だって神話によれば彼女の踊りが面白おかしくて、それでつい女神様は天岩戸を開けてしまったんだよね。日本史で習ったもん。

「……あなたって恐ろしい子ね」

 その話を聞いたお姉さまは心底呆れたようにそう呟いた。けれどもちろん、わたしには聞こえない。


 わたしの歌がみんなにどう聴こえていたのか。本当のところは解らない。

 なぜなら、わたしの世界とわたし以外の世界が交わる事はないから。

 やだな。そんな怪訝そうな顔をしないでくださいよ。例えば……そうですね。


 ……ねぇ。こんな話を聞いた事があるでしょうか。

 お姉さまは『マリーの部屋』って、ご存知ですか?

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シャムロックの乙女たち・〜歌うクオリア〜 月庭一花 @alice02AA

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