第3話

 今、ミリの眼下には白をベースにした建造物の数々が放射状に整然と並んでいる。特に中央に聳え立つ教会のような館は、遠目から見ても美しい芸術的な構造、あまりに高い塔の鋭さが一際目立っている。

 以前まで、最高峰の技術で作られた天上界の宮殿で暮らしてはいたが、円を形作る純白の壮麗さを前に思わず嘆息が漏れる。


「ふふっ」


 少女が笑う。


「最初にここに来た人は皆、この街の美しさに見惚れるのですよ」


 確かに、それは決して誇張などではないだろう。しかし、ミリはある一点を見つめて首をかしげる。


「あれは何でしょうか?」


 ミリはある方角を指差して尋ねた。優美にして典麗な街の中心とかなり離れた区間に、小さなシミのようにも見える薄汚れた建物が物寂しく鎮座していたのだ。それに気づいた少女の表情に、一瞬翳り《かげり》が差したのをミリは見逃さなかった。


「あれは幼年学校です。さぁ、紹介したい家族がいるので早く行きましょう」


 あまりこの話はしたくなさそうなので素直に付いていくことにした。壁に囲まれているため、少し遠回りをして門から入ろうとすると、


「そこの者、身分証を確認させてくれ。発行していないのならば、手続きが必要なのだが」


 と門番に止められた。


 椅子に座り、机に置かれた書類を前にしてどうしたものか、と悩むミリ。私はここで待ってますから、と言う少女を外に残して、手続きを受けるために小ぶりな建物で書類を書こうとしたが、年齢欄が空白のままである。悠久の時を生きてきたミリは、自分の年など覚えてもいないし数えてもいない。ふと顔を上げて、受付の女性に尋ねてみることにした。


「すみません、私何歳に見えますか?」


 突然のことで戸惑った表情を見せた女性は、困惑しながらも


「えぇ......大体二十歳くらいでしょうか」


 と答えてくれたので空欄を二十の文字で埋めた。書き終わった書類を男性の担当者に渡して、身分証を受け取る。


「旅行ということですので、期限は二週間です。それより長く滞在するようでしたら、二週間後にまたお越しいただき、長期滞在手続きを取るようお願いします」


 その男性に礼を述べ、足早に外へ向かうと、待たせていた少女が柄の悪そうな男達に絡まれていた。


「ちょっとくらい、いいじゃねぇか」


「俺らと一緒に遊ぼうぜ」


 下卑た笑みを浮かばせながら、一人の屈強そうな男が少女の華奢な手を掴もうとする。誰もが目を逸らし、関わらないようにしているのを見て少女は絶望の表情を見せた。


「おっと、失礼」


 突然、手を伸ばしていた男が大きく吹っ飛んだ。走り寄ったミリがずっこけ、#偶然__・__#にも男の腹に頭をぶつけてしまったのである。転んだミリは立ち上がろうとするが、吹っ飛んだ男の仲間が


「テメェ、ふざけたことをするな!」


 と足蹴りを放つ。その動作を見切り、寸前のところで再びずっこけたように回避する。虚しく空を蹴った男はバランスを崩して倒れた。周りの人々から失笑が漏れる。


「雑魚がっ!」


 そこに残った一人が殴りかかってきた。そこそこの速さだが、足を踏み出した最初の所作で軌道が丸わかりである。

 転んだ時に落とした身分証を拾う動作で攻撃を回避したミリは、少女の方を向くと同時に男の腹に肘鉄を見舞う。


「ぐほぉっ!?」


 流れるような動作で三人の男を地面に転がしたミリは、あれ? とした表情で惚ける。


 群衆が男達にヤジを飛ばす中、


「すみません、遅くなって危険な目に遭わせてしまって」


 とミリは少女の手を引いて門まで小走りする。


「い、いえ大丈夫です。気にしないでください」


 と少女は答えたが、まだ先の恐怖が抜けきらないのだろう、声が震えている。ひとまず門番から通行の許可をもらい、街の内部に入ると、人目につかなさそうな場所まで移動した。


「先程は本当に申し訳なかったです」


 ミリは深く頭を下げる。


「そんな、頭を上げてください。もう本当に大丈夫ですから」


 と言いつつも足が震えている様子を見て、ミリは少女を優しく抱きしめた。


「怖かった、辛かったのなら、我慢する必要はありません。溢れそうな気持ちは押さえつけても害にしかなりませんよ」


 はっと気づいた。おおいにやらかしてしまったことに。出会って間もない人を抱きしめて、そのうえ教訓を垂れるなど、普通の人間がすることではない。


 やがて少女の瞳から一筋の涙が零れ落ちた。肩を震わせて嗚咽を漏らす。ミリは少女が泣き止むまでそうしていた。


「すみません、はしたない姿をお見せしてしまって」


「こちらこそ、配慮が出来ず、すみませんでした」


 もう大丈夫です、といった少女の顔は雲一つない。


「私の家まで案内しますね、家族にも紹介したいので」


 少女とミリは歩みを進める。

 この世界に住まう人々はどのような家に暮らし、どのようなものを食し、何を考え、生きているのかーーその断片が分かるかも知れないという期待が膨らむ。少女はある家の前で歩みを止めた。


「ここが、私の家です」


 少女は言うなり、


「お客さん連れてきたよー!」


 と中に声を掛ける。家の中から顔を出したのは、精悍な顔つきをした短髪の偉丈夫だった。


「あっお父様」


 お父様? 似ている要素が一つもない。この世界では親から子に遺伝しないのだろうか。不意に少女の父親がミリを睨みつけた。常人ならこれですくみあがってしまうだろうが、ミリは何でしょう? と言うように微笑を浮かべた。偉丈夫もミリに何かを認めたのだろうか、睨むのをやめ、


「お客さん、どうぞ上がって下さい」


 とミリを招いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

カミサマの異世界侵攻〜神ですがモブキャラとして異世界を変革します〜 @yumesaki9

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ