第2話

 光の奔流に振り回され、暴力的な回転にもみくちゃにされる。


「あわわぁぁぁあっ!?」


 永遠とも思えた渦はいつのまにか消えていた。


「失敗......だったのか?」


 思わず身震いする。しかし、意識を収束させて、落ち着いてみると、


「はわわぁぁぁあっ!?」


 自由落下運動をしていた。


「なんで?」


 それは誰にも分からないが、不用意に喋ると舌を噛みそうになることは分かった。どうにかしなければ、もし地面に衝突すればいくら神と言えどもただでは済まない。遥か下方には緑の大地が待ち構えていた。


「くそっ.....」


 思わず歯噛みする。この加速度運動を軽減させる方法を必死で考えたが、落下しながらでは、いい案も思い浮かばない。地面が迫ってきている。不穏な気配を感じ取ったのだろうか、鳥たちが一斉に何処かへ飛んでゆく。


「鳥!?」


 鳥がいるのか、と思った瞬間、ひとつ重大なことを思い出した。そう、彼は天界を統べる神だということを。人と同じ姿をしていたため、長らく出現させていなかった羽を使う時が来たのである。


「ふっ!!」


 背中は沈黙している。


「はっ!!」


 もぞもぞ......


「てりゃあ!!」


 バサァアアとようやく羽が出現した。神ともあろう者が羽さえ使えないとなれば、彼の精神も地に堕ちていただろうが、危なかった。

 なんとか羽の感覚を思い出し、懸命に羽ばたかせる。地面は目前まで迫っている。辺りには誰もいないようだ。


「勢いを殺しきれないな」


 と言うなり、

 バサァアアと新たに翼を生やした。三対六枚の白銀の羽を駆使して完全に勢いを相殺する。少し感覚が戻ってきたミリは、ふわりと音もなく地面に降り立った。


「ここはどこだ?」


 と翼をしまって呟く。形は少し違うが太陽のような天体が地平線から顔を出して昇っていることを確認し、異世界であると仮説を立てる。草木の生い茂り穏やかな風が吹くこの辺りには、少なくとも凶暴な生物や動物の類は見られない。


「翼よ」


 格好付けたが、言わなくても生える。光を撒き散らす銀翼を一対出現させ、空高くへ飛翔してみると、


「あれはなんだ?」


 奇妙に動く黒いモノと人型の生命が交戦、否、後者が一方的に追われているようだ。ひとまず話を聞くため、三対まで翼を生やし、目標地点まで猛然と飛翔する。こちらに気づいたようで、黒いモノは顔の向きを変えた。形が不確定なソレは、まるで触手のようなものを伸ばしてきた。


「握手?」


 とりあえず手を伸ばしてみると、シュッと鋭く突いてきたので引っ込める。


「危ないじゃん!! 怒るよ!!」


 少し威圧するとソレは体を硬直させたが、また触手で突いてきた。その気なら、こちらも手を打とう、と僅かに体を捻って回避し、追撃を食らう前に拳を撃ち込む。かなり手加減をしたはずだが、ソレは痙攣して二度と動かなくなった。


「正当防衛だ、そう、これは正当防衛だ」


 とひとまず自分を落ち着かせようとするが、話も聞かずに命を絶ってしまったとなれば、神など名乗る資格もない。頭を抱えてうんうんいうミリに、おずおずと話しかける者がいた。


「あの、助けていただいて、ぁ、ありがとうございます!!」


 ぺこりと頭を下げたのは、爽やかな水色で彩られたワンピースに身を包んだ少女だった。とっくに逃げたと思っていたゆえ、ミリは少し驚き、というかそもそも言語が理解できたことに驚いた。


「あっ、怪我はないですか?」


「はいっ、お陰様で」


 そして少女は彼の後ろで沈黙する黒いモノに目を遣り、


「倒して下さったのですか?」


 と尋ねた。

 ミリは、ぎくっとして、冷や汗をたらたら流しながら、


「いえ、あれはきっと死んだフリをしているのです」


と目を泳がせる。


「なら、早く逃げないと!!」


 ミリと少女は急いで避難する。


「もう大丈夫でしょう」


 とミリ。罪悪感を感じないでもない。


「ところで、貴方のお名前は?」


 肩で息をしながら少女が尋ねた。


「私はミリという者です。各地を転々とする旅人みたいなものです」


 余計な詮索を防ぐために、咄嗟に嘘をついてしまったが、大丈夫だろうか?


「成る程、旅人の方でしたか」


 と少女は納得顔を見せたので恐らく問題ない。少し話を聞くと、山で薬草を採取し終え、家に帰るところであったという。


「私はこの地に来たばかりなので、もし良ければ道案内をしてもらってもいいですか?」


「はい、喜んで! ここを下ったところに街があるのでそこにお連れしますね」


 街が存在するのか、と彼は内心で呟く。どれほどの文明を持つのだろうと期待して少女についていった。


 しばらく山を下ると、突然視界がひらけた。


「ここが、この辺りで最も大きなリベリスという街です。」


 少女がすこし誇らしげに言った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る