カミサマの異世界侵攻〜神ですがモブキャラとして異世界を変革します〜

@yumesaki9

第1話

 人の目に触れられることのない、単調な白亜の宮殿が天空に屹立している。そのなかの一つの部屋に、気怠そうな表情を浮かべた男が足を組んで座っていた。


 生き神。その呼称は、かつてこの世界に起こった波乱をおさめた彼に人々が勝手につけた、感謝賞賛、畏敬の念の表れである。今、退屈そうに世界連邦議事録をぺらぺらとめくっている姿からはとても想像できないが、これでも最前線では鬼神のように、貧しく恵まれない人々の前では女神のように、いまの平和に大きく貢献したのである。

 勿論、彼が本当に神であることを知っているものは、殆どいない。それは彼が望んだことである。余計な感情を持たせないよう。


「ミリ様、先程から目線が全く動いておりませんが」


彼の専属監視員がトントンと長机を叩く。しっかりして貰わないと困ります、と語気を強める。


「ちゃ、ちゃんと見てるから」


 なんでこうなったかな......と彼はぼやいた。一応神なんですけど、ねぇ......と心情は複雑である。


 事の発端は一ヶ月前に遡る。波乱が終結し、功績によって半ば無理矢理に地球連邦総督にされた彼を待ち受けていたのは、彼に言わせてみれば"酷く退屈"な作業の山であった。天上界での日々は多忙を極め、自由な時間を取ることもままならない。

 鬱屈とした毎日に心が折れそうになった彼が考えたのは、誰にも気付かれず下界に遊びに行こう! というものだった。


 全力で気配を消し、空気の流れに逆らわないよう、そっと歩を進めていく。宮殿の使用人達のスケジュールは把握済みである。唯一の出口である門まで、最適なルートを選択し、スムーズに脱出する......つもりであった。

 不意に、近くの廊下から話し声が聞こえた。何故!? そこに人など、いない筈だ。しかし話し声が聞こえるのは事実。


「そうか......」


 今日は連邦の役員が宮殿を訪問する日であった。どうして忘れていたのだろう、と考える前に口が動いた。


隠蔽ハイド


空間の操作を得意とする彼の固有魔法である。

 物音を立てないよう、息を殺す。


「......」


 話し声が遠ざかるのをひたすら待った。しかしここで悲劇が起きる。役員に付き添っていた侍従がどうして、何かに躓き、壁に引っ付くようにしていたミリに手が当たってしまったのである。侍従はあれ? と戸惑ったが、すべてを見ていた役人はすぐに何かを察したようで、おもむろにミリに顔を向けた。


「後で話を聞かせてもらおうか」


 すぐにそれと分かった役人はミリと共に最前線で活躍したイアソンであった。

 規律に煩かったイアソンは、当然見逃すはずも無く、専属監視員という非常に有り難い置き土産を残して帰っていった。


 これが事の次第である。


 心の中で不満を言いながらも雑務を終わらせて部屋を出ると、足は自然と学術図書館へ向かった。近頃多忙な彼が、心身の休息のために頻繁に通っている場所である。


 外装が質素な図書館は、内装が凝っていて、見上げると、垂直壁に沿った大理石の支柱が丸天井を支えている。重厚な本棚の質感が、壁にかけられた名高い絵画の色彩が、そこに荘厳な雰囲気を醸し出す。

 辺りを見回すと、あまり利用するものの少ない図書館に先客の人影が見えた。室内だというのにフードを深く被っているため、誰かは分からないが、ミリは特に気にせず、ふらふらと適当な本を探す。どの本も面白そうだが、ふと一冊の本が目に留まった。外見は特に他と変わりないが、不思議とそれに惹きつけられる。


「"世界転移術式について" なんてあったか?」


 記憶にないが、手にとって見てみると、


「これは......!!」


 古代の魔道士が生涯にわたって研究したとある、異世界へ転移する術式が幾つも載っていた。

 最初の術式は空間転移から始まり、ページを捲るたびに、より高度なものが組み合わさっていく。最後のページには、神であるミリも理解が出来ないような、超超高度術式が姿を見せた。


「この魔道士は結局転移できたのだろうか」


 今となっては知ることもできないが、それがミリの好奇心をおおいに突いた。

 試してみる価値はある。その結論に至ったミリは、万が一のため置き手紙を書き残した後、裏庭で術式を組むことにした。

 書き残した手紙はこのようなものだ。

「暫く出掛ける。戻らないかもしれないが、心配しないでくれ。代役はイアソンに抜擢させる」

 裏庭に出ると、外はもう薄暗くなっていて、ひんやりとした風が穏やかに通り過ぎていく。

 先程覚えた術式を慎重に積み重ね終わった時には、既に太陽も殆ど沈んでいた。誰かが置き手紙に気づいたのだろうか、名前を呼ぶ声が聞こえる。急がなければ。


「術式発動」


 突如として、虹色に煌く渦が発生した。覗き込んでみるものの、何も見えない。


「ミリ様っ!!」


「何をなされるおつもりですかっ!!」


 気付けば何人かに見つかってしまっていた。


「やばっ」


 ミリは体を掴まれる前に、渦の中に身を躍らせた。





ーーーーーーあとがきーーーーーーーー

 読んでいただき、ありがとうございます。是非とも御感想、御指摘等をいただければ、と思います。

 基本的に、二日に一話、19時更新としております。

 どうぞよろしくお願いします。

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