初めての喧嘩
トントントントンと心地よいリズムを刻む音。グツグツと液体を煮込む音に鼻孔をくすぐる香しい匂い。
それらは初めて感じる筈のものなのにとても懐かしく感じる。
それらに導かれる様にゆっくりと瞳を開くと見慣れない天井があった。
身を起こしてあたりを確認するとそこは6畳程の広さの畳の間で、私はそこにひかれた布団の上で寝ていた事をしる。自分の身なりを見ると見慣れないサイズの合ってないTシャツを着ていた。
自分の持つ最後の記憶と現状が一致しない。私は確か、No.7から逃げて…
「目が覚めた?」
声を掛けられ慌ててそちらを向いて警戒をする。
そこには茶色のボブカットのお姉ちゃんが私に優しい笑顔を向けて立っていた。
「もうちょっと待ってね。もうすぐでご飯ができるから」
お姉ちゃんはそう言うと背を向けて作業を再開した。
現状を必死に理解しようと努める。どうして私はこんな所で何をしているのだろうか?
混濁する記憶を必死に整理してると、隣の部屋にあった背に低いテーブルに食べ物が並べられていく。
それからはとてもいい匂いがして私の空腹を刺激した。私はそれに駆け寄りじっと眺めて居るとお姉ちゃんは食べていいよと言ってくれた。
こんな風にお皿に乗ったご飯はいつ以来だろうか?
傍に置いてあった二本の棒を握ると刺すように使ってみるがうまくいかない。
「あ、ごめんね。今スプーンとフォークを持ってくるね」
お姉ちゃんはそう言って席を立ち、再び戻ってきて私にスプーンとフォークを渡してくれる。
今度はそれを使って、並べられた料理を口に運ぶ。
すると全身に電気が走ったような衝撃を受ける。こんなにおいしいものは初めて食べた!
私は夢中になって料理を口にかき込む。並べられた料理をあっという間に平らげると私はおかわりを要望した。
するとお姉ちゃんは優しい笑顔を向けておかわりを持ってきてくれる。それもあっという間に平らげた。
結局打ち止めになるまで私はおかわりを繰り返した。
そして、初めてこの空腹感が幾分か満たされるという感覚を味わった。
「お姉ちゃんのご飯おいしかった!」
「フフッ、ありがとう」
お姉ちゃんはそう言うと机の上に並んでいた空いた食器を片付け始めた。
その時改めて疑問に思った。
「所でお姉ちゃんはだぁれ?ここは何処?」
するとお姉ちゃんは手を止めて近くにしゃがみ込んで優しく答えてくれた。
「私は湊本可奈美。ここは私の借りてるアパートの部屋」
「なんで私はここに居るの?」
「覚えてないの?ここの直ぐ傍で倒れてたんだよ」
倒れてた?
…そうだ、私はNo.7に殺されすぎてもう残り命が少なかったんだった。その影響もあって力も前ほどでなくなってる。それで疲れちゃって、気絶したんだった。
「…思い出した。私行かなきゃ!」
「行くって何処に?」
「それは…えーっと」
なんて説明すればいいんだろうか?
「とりあえず今日はもう遅いからここに泊まっていきなさい。それから明日もう一度ゆっくり考えよう」
可奈美お姉ちゃんがそう言ってくれたのでとりあえず私はその言葉に従う事にした。
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刑事課の扉が開け放たれ私は飯尾に腕を引っ張られる形で連れ込まれていた。
もうすでに遅くは無い時間帯なのに意外とそこには人が詰めており現在進行している例の事件が問題視されてる証拠なのだろうか。飯尾はその中を無遠慮に私を引きずりながらある人物の下まで歩いて行く。
「樋口警部!大事なお話があります!」
そう言われて樋口と呼ばれた男は目を通していた書類から視線を私たちに向けて
「飯尾警部補、何事だ?それに一緒に居るのは…」
「緊急時につきこう言った形で連行しました」
「それは良いんだけど、そろそろこれ外してくれない?」
私は飯尾に腕に付けられたアクセサリーを見せつけると、「いい機会だもうしばらくつけておけ」等と言われてしまった。
「それよりも、例の遺体の無い殺人事件の犯人に遭遇しました」
樋口はそれを聞くと手に持っていた資料を机の上に置くと「聞こう」と短く言葉を発する。
それに頷いた飯尾は懐から携帯端末を取り出し監視カメラに映ったNo.23の写真を見せる。
「この人物が犯人です」
「…だとして、これでは顔が確認出来ん」
「見たんです」
「…何をだ?」
「犯行現場の一部始終を!俺と佐藤、それからここに居るこいつが証人です!」
力説する飯尾に興味をひかれたのかその場にいた人たちが次々と集まってきた。
だが、反応は冷ややかなものだった。
「それで、犯人の特徴は?」
「犯人は身長が約140㎝弱ほどで肩まである灰色の髪にまだ幼さの残る少女でした」
飯尾の発言にあたりが少しざわつき始める。
「で、犯行の手口は?」
「それは…その、おなかがぐぱぁーって開いて対象の男性を丸呑みにしてしまったんです」
次の発言で一瞬の沈黙の後に刑事課は大きな笑い声で包まれた。
「て、てめぇら!信じられないだろうがなぁッ!事実なんだよ!!」
「本当の話なんです。信じらませんが自分も目撃しました」
佐藤も合わせて発言したが、それでも信じてはもらえてる感じはしない。
「どうでも良いけど、さっさと見つけて始末しないと犠牲者が増えるだけよ」
今まで黙ってた私が口を開くと誰だよお前と言われてしまった。それに私はため息をこぼし説明しようとした時
「渋谷事件の重要参考人だ」
樋口が口を開きあたりに動揺が走る。
「私について理解してもらえた所で今度はこいつのヤバさを教えてあげる。こいつの眉間にスラッグ弾4発9㎜パラベラムを合計45発打ち込んで逃げおおせた化け物よ」
今度は周りの人間が顔を見合わせ反応に困ると言った表情を浮かべる。
まぁ、普通ならそうよね。
「さらに問題はこいつ全身どこでも口になる可能性がある。少なくとも胸から下腹部にかけてと右手が大きく裂けて口になったのは確認した。迂闊に近づかない事ね」
今度は机の上に広げられた地図の下へ行き現場を確認する。
既に記された二点が通報のあった地点、そこに先ほど遭遇した地点を地図にかき込みさらに逃げた方角も記入する。
どれも人気の多い場所だが、それと同時に人気のない場所にもほど近い場所でもあった。さらに数か所似たような場所を見つけて印をつける。
「この地点でも犯行を行った、もしくは行われる可能性がある場所」
「なぁ、氷室。今回の一件で逆上した奴が本気になって人を食い散らかし始めたらどうなる?」
「さてね、少なくともこの街の人間が数えきれないくらい犠牲になるでしょうね」
「…樋口警部!早急に人手を集め包囲網を作るのがよいかと思いますが」
近くに来て一緒になって地図を確認していた樋口は少し考える素振りを見せてから慎重に言葉を発する。
「…数人はこの未確認の現場に向い確認をとれ、他は最終目撃現場から聞き込みを開始、ホシの足取りを追え。単独行動は厳禁何があっても最低二人組で挑み犯人との不用意な接触は避けろ。増員の手配は私がする」
刑事課の人間が驚いたような顔を浮かべるがすぐさま表情は切り替わり足早にその場を去ってゆく
「樋口警部、ありがとうございます」
「私とて、にわかには信じがたい…だがお前が嘘を言ってるとも思えない。それに…」
樋口は私の方を見る
「……どうして彼女はSATの格好をしてるんだ?」
「…街中で自然と銃を持っていても違和感ないようにしたつもりなんだけど?」
その発言を聞いた飯尾は頭を抱えた。
私は着替えを済ませると飯尾たちと共に街に繰り出し聞き込みをしていた。
その間に連絡が入り、私が検討付けた場所の一つに犯行の痕跡を発見したらしい。こうなると既に出た犠牲者の数はわからなくなってきた。この国は年間で未発見の失踪者は約2000人ほどいると聞いたが今回はそのうち一体何人がNo.23の犠牲者なのだろうか?
とにかく今は見失ったNo.23の足取りを追おう。
流石に大通りで派手に発砲までして追い立てた事もあって今回は目撃情報が多かった。それを統合して逃走経路を確認してみたら
「まずいな…これこの街の外に行ってるぞ」
「この先はベッドタウンですからね。繁華街と違って夜遅くなると人気がなくなりますね」
「…もし民家に忍び込んで人を食ってたりしたらそれこそ目も当てられないわね」
「とにかく、この情報を共有して現地に行って見るしかないだろ」
そう言って私たちは足を運ぶのだった。
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ピンポーンと玄関のチャイムが鳴る音で目を覚ます。
まだ少し眠っていたい頭と体を何とか起こし玄関に向かい扉を開けるとそこにはスーツを着た二人の男性が立っておりその手には警察手帳が握られていた。
「朝早くにすみません。少しお話よろしいですか?」
その問いに私は「はい」と答えると、刑事さんの一人が写真を見せて来た。そこに映っていたのは見覚えのあるパーカー姿の人物だった。
「この人物に見覚えはありませんか?」
「…この人がどうかしたんですか?」
「見覚えはありませんか?」
今度は語尾を少し強めに良い寄られてしまった。私は少し迷ったが
「…見てません」
そう答えた。
「そうですか、朝早くから失礼しました」
そう言って立ち去ろうとする二人を慌てて引き留めて今度は私が問う
「その人、何かあったんですか?」
すると二人の刑事さん顔を見合わせてから
「ちょっとした失踪事件にかかわってまして、もし見かけたらご一報ください」
立ち去る刑事さんを今度は引き留めず私はゆっくりと部屋に戻る。
あのパーカー姿後ろ姿だったけど…
私はその足で部屋干ししていた彼女のパーカーを後ろから確認してみると、先ほど見せられた写真と一致した。
となると、警察はこの子を探してる?
私はまだ和室で眠っている名前も知らない女の子を見つめる。失踪事件にかかわってるって言ってたけど…
私は少女を優しく起こすと、彼女はまだ眠たそうに目をこすりながら身を起こした。
「…?ご飯?」
「起こしちゃってごめんね。さっき警察の人が来て、あなたの事を探してたの。何か知らない?」
「警察?」
その反応はまるで警察自体が何なのかわかってない様にも見えたので、私は質問の仕方を変えてみる事にした。
「うーん…それじゃあ、お父さんとかお母さんとかは何してるの?」
「わかんない」
「自分の名前はわかる?」
「名前?名前だったら私は23」
「23?」
「うん、No.23って言うのが私の名前だよ」
No.23…確かあの日あんちゃんの所のガレージでバイクさんが言ってた…一番注意しなきゃいけない人。
でも、この子はそんなに危険な感じはしなくて…どちらかと言うと純粋な子供みたいに感じる。それに何故だろう、何処となくナナちゃんに似てる気がするんだよね。見た目とか性格とかじゃなくて…うまく言えないけど。
「?可奈美お姉ちゃんどうしたの?」
少し考えこんでるとNo.23はすこし不安そうな顔をして私の顔を覗き込んで来た。
「ううん、何でもない。それでえぇーっと…」
そこで言葉に詰まる。なんと言うか、人を番号で呼ぶのに抵抗を感じる。
「ねぇ?他になんて呼ばれたりするの?」
「…?No.23としか呼ばれたことないよ」
「あだ名とかも無いの?」
「うん」
うーん、ナナちゃんは本人がそう呼んでくれって言うからそう呼んでるし、トゥエルブちゃんももっと仲良くなったら本名教えてくれるって言ってしばらくはトゥエルブって呼ばなきゃダメって本人から言われたし…バイクさんは…まぁあの人は特殊だとして、トゥエンティスリーちゃんは呼びにくいし…なんか良い呼び方無いかなぁ?
23…23…トゥースリー…昔のアニメでそんなタイトルあった気がするな。お父さんが好きだった。…そうだ!
「ねぇねぇ、No.23ちゃんの事イヴちゃんって呼んじゃダメかな?」
「イヴ…?」
「うん、なんか番号で呼んでると人っぽくない感じがして…あ!でも、嫌だったら断っても良いからね!」
「…イヴ…イヴ!うん、なんかNo.23って呼ばれるより嬉しい!」
「それじゃあ、これからはイヴちゃんって呼ぶね」
「うん!」
彼女は本当にうれしそうに満面の笑みを浮かべて力強くうなずいた。
こうしてみてると本当にかわいい子供…まるで年の離れた妹みたいな感じがする。
…で、これからの事に関してどうしよう。
刑事さんは失踪事件に『関わってる』って言ったよね。どういうことなのかしら?
イヴちゃんの失踪『届』が出てるならそう言うだろうし…集団失踪?
もしかして集団で誘拐とかされたりしてその被害者のうちの一人とか?
…私、冷静になってイヴちゃんはナナちゃんと同じ境遇の子。ナナちゃんは自分の事を『作られた怪物』なんて言ってた。だったらこの子も同じ?
「ねぇ、イヴちゃん。なんか特技とかある?特別な能力とか?」
「…?あるよ!食べる事!」
「あー…うん、昨日は確かに凄い食べっぷりだったね…」
思わず苦笑いしてしまったが、昨日は買い置き分まで丸々全部食べられたので仕方ないかなぁ…
そんな事を考えてるとイヴちゃんは右手を見せて来た。なんだろうと思ったが次の瞬間に起きたことに思わず驚いてしまう。彼女の右手が中心で真っ二つに分かれてその裂け目からは牙がむき出しになって行ったのだから。
「これだと大きい物でも一口で食べれるから便利なんだよ!」
彼女はそう言って自慢げにそれを見せてくる。
「大きい…もの?」
「うん、豚とか牛とか羊とか鯨とか人とか」
「人!?」
なんの悪びれもなくそんな事を言う彼女にびっくりする。
「ひ、人は食べちゃダメだよ!!」
そんな事を言っても彼女は首を傾げて「なんで?」と問いかけて来た。
「なんでって…人は、食べ物じゃないよ!」
「?でもおじちゃんはもっと人を食べなさいって言ってたよ」
「おじちゃん?」
「うん、変なマスクしたおじちゃんがね、私の能力は他人を食べることでその命と力をストックできるって言ってた」
「そんな…」
思わずその価値観に軽い眩暈を覚えてしまう。
「その人がなんて言ったか知らないけど、人は食べちゃダメ!」
「なんで?豚とか牛とかもダメ?」
「豚とか牛は…良いけど」
「なんで人だけ駄目なの?豚とか牛とかも同じ生き物だよね?どうして人は駄目なの?」
「それは…」
思わず言葉に詰まってしまう。倫理観がーとか言ってもこの子は納得しないだろう。
少し頭を整理する。
「ねぇ、イヴちゃんは今まで人を食べた事あるんだよね」
「うん!人を食べると豚とか牛とかよりも力が湧いてくる感じがするんだ!おなかは膨れないけど…」
「じゃあイヴちゃんは、私も食べるの?」
「食べないよ!可奈美お姉ちゃんは優しいし、おいしいごはん作ってくれるし!」
「じゃあ、私と今まで食べた人たちの違いって何かな?」
「………わからない」
「……じゃあ、私が他の人に殺されたり…食べられたりしたらどう感じる?」
「…嫌だ…とても嫌って感じる」
「でしょ?イヴちゃんが人を食べるとイヴちゃんと同じように嫌って感じる人が居るの。それが辛い事だってわかるよね?」
「…うん」
「他人にね辛い事ばかりをしてるとそのうち自分も辛い目に会うんだよ」
「…うん」
イヴちゃんは俯きながら頷く。
「これからはもう人は食べちゃダメだよ。約束する?」
「うん、約束する」
その言葉に頷き私は右手の小指を出す。するとイヴちゃんは不思議そうな顔をしてそれを見つめる。
「約束の証、こうやってお互いの小指をつないで……指切りげんまん嘘ついたら針千本飲ーます、指切った!」
「針千本も飲まなきゃいけないの!?針は食べられないんだよ!」
「だったらちゃんと約束守ってね」
そう言うと不思議と笑いがこみ上げて来た。イヴちゃんもそれにつられて笑うのだった。
で、そこまでは良かったんだけどこれからどうしよう。
今までの状況を整理するとイヴちゃんは失踪させた側って事だよね。警察に相談する…とイヴちゃんは捕まっちゃう。でも実際警察の手におえるのだろうか?
今までナナちゃんが戦ってるのを何度か見た事あるけど、正直な感想は普通の人間の手には負えないと思う。
…やっぱりここはナナちゃんに相談するべきだよね。
そう思って携帯を取り出しナナちゃんに連絡を入れようとした時だった。その本人から電話がかかって来て慌てて通話ボタンを押す。
『もしもし、可奈美?』
「うんナナちゃんどうしたの?」
『ちょっとね、変わった事は無いかしら?』
「…変わった事って言うと?」
『……厄介な事になったのよ。No.23が現れたの』
その発言に思わず唾をのんでしまう。
『アイツ、人を丸呑みにするようなとんでもない奴で…追い詰めたんだけどあと一息の所で逃がしてしまってね。それで逃げた先が可奈美の住んでるあたりの方面まで行ってる可能性があるの。見た目は身長が140㎝弱で灰色の髪で逃げた時はフード付きのパーカーを着ていたから、そんな奴見かけたら用心して、そいつは可愛らしい顔しててもえげつない捕食をするクリオネみたいな奴だから、見かけても絶対近づいちゃダメだからね』
「う、うん」
『それじゃあ』
そう言って電話を切ろうとしたナナちゃんを慌てて呼び止める。
「ナナちゃんは、その子を見つけたらどうするつもりなの?」
『……今度こそ仕留めるわ』
「…わかった」
そう言うと通話が切れた。
ナナちゃんがイヴちゃんを追い詰めていたんだ。そして、ナナちゃんはイヴちゃんを殺すつもりだ!
どうしよう…
--------
………何か様子がおかしかった気がする。
可奈美との通話を終えてから彼女の受け答えにどこか不自然さを感じたのだ。
何か隠し事をしてる。そんな感じ。確証が何もないがこれは予感とでも言うのか…
「どうした?深刻そうな顔をして…」
隣で車を運転してる飯尾が私を横目でちらちら確認しながら訊ねて来た。
「…確認したいことがある。可奈美の所に行くわよ」
「は?」
私は目的地を指示して急がせた。
そこまでは車で10分もかからない距離だ。
あっという間に可奈美のアパートに到着し玄関でインターホンを鳴らす。…が反応が無い。
私は渡されていた合鍵を使って部屋の中に入るとそこには誰も居なかった。
……当然と言えば当然か、今日は平日で可奈美は大学に行ってる筈だから…
そう思いながらも可奈美の部屋を調べる。玄関から入ってすぐのキッチンの流しにはまだ洗われてない食器がある。振り返ると6畳ほどのフローリングの部屋にその隣は襖で仕切られその向こうは6畳の和室だった筈。
その襖を開けると、二組の布団が引きっぱなしになっていた。昨日ここに誰かが泊まった?
あの可奈美が布団も引きっぱなし食器も洗わずに大学に行った?
そんな日もあるのかもしれない。だが、どうしてもその泊まった誰かが気になる。
携帯端末を取り出し慌てて可奈美に連絡を入れようとするが、まったく繋がらない。今度は可奈美の友達のかすみに連絡を入れる。
『あれ?ナナさんどうしました?』
「可奈美はそっちに居る?」
『可奈美は今日大学来てませんよ』
「なんだって?」
『すみれに今日は大学いけないゴメンって連絡入れてから連絡が付かないのよ。…もしかして、ナナさんも連絡つかないの?』
「えぇ、もしかしたら厄介な事に巻き込まれてるかもしれないから、可奈美を見かけたら連絡頂戴」
『わ、わかった』
そう言って通話を切ると飯尾が何かを見つけたらしく私たちを呼び出す。
「これを見て見ろ」
そこにあったのは布団の下に隠されていた見覚えのあるパーカーがあった。
思わず舌打ちをする。
アイツはこちらの関係性を知っていて人質でも取ったのか?それとも…
いや、あいつの手口的には可奈美が食われたならここは既に血の海になってる筈だ。
慌てて外へ駆け出しあたりを見渡す。当たり前だがその何処にも可奈美の姿は見えない。
最悪だ。
「可奈美が爆弾と一緒にどこかに行った可能性が出て来た」
「本部には連絡を入れた。星と一緒に女子大生が居る可能性があると。それから服装も変わってる筈だ。氷室、物は考えようだ、二人で行動してる場合そちらの方が目立つときもある」
「私は、可奈美を餌みたいな使い方はしたくないんだけど?」
「こうなっちまったモノはしょうが無いだろ!あとはその子の無事を祈るばかりだが…」
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ナナちゃんごめんなさい。私逃げます。
そう心の中で呟いてイヴちゃんの手を引きながらアパートから離れて行く。
でも結局逃げてどうするの?根本的な解決を先延ばしにしてるだけ…
ううん、あきらめちゃダメ!絶対にイヴちゃんも助かる道がある筈
…それにしても、警官の数が多い。このあたりに潜伏してるって言うのがバレてるんだ。
このまま市街地の方には行けない。となると残された道は…
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警官の囲い込みの効果を期待したいところ…
捜査本部からの情報を地図に落とし込み整理をする。そこから見いだされる結論は、逃げ道は未整理区画。
約13年前の震災の爪痕が未だ強く残ってる地域。あそこなら人もほとんどおらず目撃証言は取れないし都市システムも機能していないから防犯映像とかもほとんど機能していない。その分ならず者とかが根城にしてるところが多いらしいが…
地図にある程度の結論を出す。可奈美のアパートからの距離、最後に連絡した時にはまだ部屋に居たと仮定してそこからの時間的逆算、それらを合わせて地図に印をつける。
「ここに向かうわよ」
私のその発言に飯尾たちも頷き車へ乗り込む。
「待ってなさい可奈美…」
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そこは、時間が止まったままの状態だった。
瓦解した建物も多々目につき、中には無事の様にも窺えるものもあるが、その大半は瓦礫の山と化していた。
こうやって未整理区画に足を運ぶことなんてそんなにない。でも未だに残ってるこの傷跡。いろんな人の心に残った傷跡。
私はその中を今歩いてる。
「ごめんねイヴちゃん。おなか空いてるでしょ?」
私の問いにイヴちゃんは首を横に振る。
「おなかすいてるけど平気だよ」
私は慌てて持ち出した荷物の中を探りその中にチョコレートがあるのを発見してそれをイヴちゃんに渡す。
「これ食べて良いからね」
「ありがとう」
そう言って彼女はチョコを受け取り大事そうに握る。
それを確認して再び歩みを進める。
それからしばらく歩いているといつの間にか人の気配に囲まれてる事に気が付いた。私は警戒してイヴちゃんを私の後ろに隠し周りを警戒していると、物陰からぞろぞろと人が姿を現してきた。
「ねぇ、お姉さんこんな所で何してんの?」
その人たちは見るからに怪しさ満点で、それを見て私の心臓の鼓動が跳ね上がるのがわかった。
もともと男性は苦手だった。普通の男性なら最近は慣れてきた感じはあったのだが、こういったタイプの人たちはいつまでも苦手で……どんなに平常を装っても昔のトラウマと言うものは簡単に消えてはくれない。
「ここいら俺たちの縄張りなんだけど…知ってる?」
「…す、すみません。知りません…でした。見逃してもらえないです…か?」
震える体を強く抑え込み私はそう答える。
「この子何気に可愛くね?」
男たちのうちの一人がそんなことを言い出し、それに周りの男たちが同調を始める。
「ねぇ、お姉さん俺たちと一緒にちょっとだけ遊ばない?良い薬があるんだけどさぁ」
「ごめんなさい、私そう言うのは…」
「悪いようにはしねぇって」
そう言って男の一人が私の体を掴んで強く引っ張る。するとそれに合わせて他の男たちも私の体を引っ張ってくる。当然抵抗するが男たちの力の方が圧倒的に強く私はなすすべもなかった。
「可奈美お姉ちゃんを放せ!」
イヴちゃんが大声を上げる。
そこでようやくイヴちゃんに気が付いた男たちの一人がその小ぶりな頭を鷲掴みにする。
「やめて!その子には…!」
「安心しろって、乱暴はしねぇからよ」
「そうそう、こう見えても俺たちは紳士的だしねぇー」
男たちは私とイヴちゃんを分断するようにさらに間に割って入ってきた。そのせいで視界が遮られ既に何が起こってるかわからなかった。
「それじゃあ、そっちのちっこいのは俺がもらうわ」
男たちの隙間から、一際体格の大きい男がイヴちゃんに迫っていくのが見えた。
私は必死になって男たちを振り払おうとするけど、まったく歯が立たない。
「こらこら暴れるなって」
「これから気持ち良くなろうってんだからさ」
そう言いながら一人の男が注射器を取り出しこれ見よがしに見せてくる。それを見てかつての光景がフラッシュバックしてくる。私を押さえつけて服を脱がして乱暴をしてきたあの男…腕に刺されたあの薬。
頭ぐちゃぐちゃになって、まともな思考ができなくなって、ただひたすらに犯されて…
気が付いたらナナちゃんが…
「グエッ」
奇妙な声が上がる。
全員の視線が一斉にそちらに向くと先ほどの大男が蹲り、その隣でイヴちゃんの頭を掴んでる男が大笑いをしていた。
「こいつ、金的もらってやんの」
それを聞くと男たちは全員で大笑いを始める。
その時、それはあっという間の一瞬だった。
イヴちゃんが頭を鷲掴みにしている男の手を握ったかと思ったら、そこを中心にして体を捻り男の腕をあらぬ方向に曲げたかと思ったら、その次には顔面に両足で蹴りを打ち込んでいた。
その一瞬の出来事に男は悲鳴を上げる前に地面に倒れ気絶していた。
その光景に全員があっけにとられて沈黙が訪れる。
「可奈美お姉ちゃんを…放せ」
今度は確実に殺す。そう言った強い殺意の乗った言葉を放ち彼女は間合いを詰めてくる。
男たちも、それに私も思わず後退りをしてしまう。
「ちょ、調子に乗るなよ!このクソガキがッ!」
激昂した男がイヴちゃんに襲い掛かるが、彼女はそれをいとも容易く返り討ちにしてしまう。
その光景を見て、さらに怒り高ぶった彼らは今度は一斉に襲い掛かるが彼女はそれを的確に潰して行く。
その暴力的光景があの日の光景を思い出させてしまう。ナナちゃんが居なくなったあの日。暴漢を殴り殺してたあの光景。怖かった。
「もうやめて!」
私はたまらず叫んだ。その叫びにイヴちゃんの動きが止まる。
だが、男たちはその一瞬を見逃さなかった。一人の男がその瞬間に石で彼女の頭を思いっきり殴りつけた。
それを機に囲んでいた男たちは思いっきり殴る蹴るの暴行を続けてゆく。
ひとしきりそれが続くとぐったりと横たわるイヴちゃんの姿が見えた。
「…イヴちゃん?」
反応が無い。
「そんな…」
私の所為だ。
私がこんな所に連れて来てしまったから…
「死んだのか?」
「おい、どうすんだよ」
「知るかよ。いつも通り処分するしかねぇだろ」
私は茫然としていた。目の前の現実を現実として受け止めたくなかった。
そんな中聞こえた。かすかでも確かに。
「約束は守ってるよ」と
彼女は私との約束をしっかりと守っていたのだ。思わず涙がこぼれる。
「おい、嘘だろ」
男たちがざわつき始める。
それに合わせて顔を上げるとそこには血塗れになりながらも立ち上がるイヴちゃんの姿があった。
その血も吸収されるかのように消えて行き、男たちを睨みながら迫ってくる。
「可奈美お姉ちゃんは絶対に助けるから、泣かないで」
「クソッ!何だよこいつ」
イヴちゃんは深呼吸をしてそれから思いっきり踏み込んだ。
踏み込まれた男は咄嗟に持っていた鉄パイプを彼女の頭目掛けて振り下ろしたが、彼女の頭は二つに裂けて鉄パイプにかみついた。
その光景に男は思わず悲鳴を上げる。
「化け物!」
鉄パイプをかみ砕いた彼女はそれを両腕から吐き出し、目の前の男の顎に膝蹴りを決める。すると男の体は宙を舞い地面に叩きつけられた。
それを見ていた男の一人が私を羽交い絞めにしてナイフを突きつけて来た。
「う、動くな!こいつがどうなってもいいのか!?」
その脅しにイヴちゃんは動きを止める。
それに合わせて男たちは今度は慎重に彼女を取り囲んでゆく。
そうやって、互いがいつ踏み込むか間をはかっていた時だった。
パンッと発砲音が聞こえたかと思ったら次には私の目の前にあったナイフが地面に落ちた。それを合図にイヴちゃんは周りに居た男たちを次々となぎ倒して行く。
「何が起こって…ウッ」
私を羽交い絞めにしていた男はそんな声を上げると力が緩み、すかさず脱出をする。そして振り返ると、そこには首を絞められ青い顔をしている男の姿があった。首を絞めている人物は私が離れたのを確認すると首をひっかけるようにして背負い投げされ地面に叩きつけられた。
そこに居た人物は…
「ナナ…ちゃん」
「見つけたわよ、可奈美」
それと同時にイヴちゃんが最後の一人を失神させるとこちらを見て
「……No.7」
「No.23…よくも可奈美を」
「待って違うの!」
私は二人の間に入って叫ぶ。
「可奈美どいて、そいつが殺せない」
「…そんな必要ない!」
「可奈美はそいつがどれだけ危険な奴だかわかってないんだ!」
「わかってないよ!イヴちゃんはそんな悪い子じゃない!」
「イヴ…?」
ナナちゃんはそう言って私の後ろに居るイヴちゃんを覗き込む。
「犬や猫じゃないんだから、そんな名前を付けた所で怪物は怪物なのよ」
「…ナナちゃんみたいに?」
「…………そうよ、そいつは私と同じ怪物」
「だったら私絶対に退かない!」
「どうして!?」
「ナナちゃんと同じだから!ナナちゃんは私の大切な人なんだよ。ナナちゃんが怪物って言うなら、この子も誰かの大切な人になれるよ!」
「人を食うのよ!」
「もう食べないって約束した!」
「何よそれ…」
ナナちゃんは頭を抱えだす。
「お願いよ可奈美、退いて」
「退かない」
「可奈美!」
私はゆっくりと後退りイヴちゃんの所まで下がり彼女の手を握る。
「逃げるよ」
私は小さくつぶやくとイヴちゃんの手を握ってその場を走り去った。
…ナナちゃんは追ってはこなかった。
--------
可奈美…どうして…
私と同じ怪物だから?訳が分からない。
それに私はNo.23の事が個人的に嫌いだ。
あの人を食べる光景を見た時、昔を思い出してしまった。あの最終実験の日の事を…
自分でしでかした事が自分のトラウマになるなんて思ってもいなかった。
「氷室!」
後方から大声で怒鳴りつけてくる声が聞こえた。
「お前また発砲しただろ!日本で軽々しく銃を撃つな馬鹿やろう!」
飯尾はひとしきり怒鳴り散らすと少しはすっきりしたのか
「で?この状況の説明は?」
「可奈美とNo.23がこのチンピラどもに絡まれてた」
「…その二人は今どこに?」
「逃げた」
「はぁ!?」
「…追うわよ」
「当然だ!」
待ってて可奈美。その答えは直ぐにわかるから。
No.23が本性を押さえられないって事を…
その為には急がないと可奈美が犠牲になる前に
--------
どれくらい逃げただろうか?
今のところナナちゃんが追ってくる気配はない。私は少し足を止めて息を整える。
「イヴちゃん大丈夫?」
「うん、でもよかったの?No.7の仲間だったんでしょ?」
「…良かったかはわからない。でも、お互いに頭を冷やす時間が必要だと思ったから逃げちゃった」
「…仲直りできると良いね」
「そうだね」
「安定して…る?」
不意に第三者の声がして慌ててそちらを向くと、そこには白い足先まで隠れるコートにフードをかぶってさらにガスマスクまでつけている不気味な人物が立っていた。
「おじちゃん!」
そう言ってイヴちゃんは嬉しそうに駆け寄って行く。
「どうですかNo.23おなかは膨れましたか?」
「ちょっとだけ…」
「ふむ、No.7は食べれましたか?」
「食べてない」
「それでは人はどれだけ食べましたか?」
「結構、でも人は食べちゃダメだって…」
「誰が言いましたか?」
「可奈美お姉ちゃん」
ガスマスクの男は急にこちらを向く。しかし、すぐにイヴちゃんに向き直り
「ですが、あなたは人を食べないと力が発揮できません。それは死んだも同じことですよ?」
「…うぅぅッ」
「さっきから何なんですか!?彼女にこれ以上酷い事をさせないでください」
私はたまらず割って入った。
「ふむ、酷い事ですか…ですが、No.23が人を食べなければ死んでしまうって言われても同じことが言えますか?」
「え?」
「彼女の空腹は生存本能から直結して発生してると、私は踏んでいるのです。しかし彼女は何を与えても満足しなかった。そこで最終的に人を与えて見たのです。するとどうでしょう、バイタルは安定、能力は向上、正直言ってポテンシャルだけならNo.7をも殺せるとは踏んでいたんですがね…と、話が脱線しそうになりましたね。すみません。で、誰しも寿命ってものをお持ちです。彼女はその寿命が短いのです。その捕食する能力で他人の命を取り込み自分の物にし続けない限り彼女はあっという間に天命を全うしてしまう。それが、彼女の能力の代償です」
人を食べ続けないと…死ぬ?
「しかし、しかしです。あなたには聞きたいことがあります。彼女は全く言う事を聞きませんでした。自由奔放、天真爛漫、細かい指示は全く無視して制御不能でした。精神も極めて不安定で制御する術はないと踏んで簡単な指示だけを出しここに連れて来たのですが…意外です。一体何をしたらこんなに従順に約束を守るような子になるのですか?非常に興味深いです」
すると今度はイヴちゃんが間に入って
「可奈美お姉ちゃんを困らせちゃダメ!」
「ほら、私が知ってる限りではNo.23がこのような行動をとることが考えられません。ですから、あなたにはご同行を願います。あぁ、断ってもいいですよ。その代わり力づくで連れて行くことになりますから」
ガスマスクの男がそう言うとぞろぞろと同じような格好をした人たちが現れて私を取り囲む。
「さぁ、どうしますか?」
「…わかりました」
そう言って私はついて行くことに決めた。
No.7 extra order クリシェール @kurisyeru
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