『暴食』する少女


「ねぇ、お兄さん」


私が声をかけるとお兄さんはこちらを振り向いてくれた。


「ねぇ、私おなかがすいてるの」


「え?」


お兄さんは少し困惑した表情を浮かべてそのあと困ったような表情を浮かべる。


「あー、それは困ったね。日本語は喋れる?」


日本語?そう言えば、場所によって言葉って違うんだっけ?

昔習った気がする。


「…えっと?日本語?こうかな?あってる?」


そうやって日本語を使うとお兄さんは少し安堵した表情を浮かべる。


「うん、それでなんだって?」


「私おなかがすいてるの」


「おなかがすいてるのか…ご両親は?お父さんやお母さんは?」


お父さん?お母さん?


「?わかんない」


「迷子かぁ…どうしたもんかなぁ」


「おなかすいた」


「わかった、とりあえず何か食べようか」


そう言って歩きだそうとしたお兄さんの袖をつかみ人気のない路地裏を指をさす。


「…?そっちに何かあるの?」


「こっち、食べてる所は人に見られちゃいけないって聞いたからこっち」


お兄さんは少し困った顔をしながらもこっちに来てくれた。

誰も居ないことを確認すると私はフードのついたパーカーを脱ぎ傍に置くと、お兄さんは急にビックリした顔でうろたえ始めた。


「ちょっ…君、その下裸!?いや、なんで急に!?」


私は質問の意味が分からなかった


「?食べるのに邪魔だから脱いだだけだよ。お兄さん大きいし」


今度はお兄さんが質問の意味が分からないって顔をしていた


「と、とりあえず。服を着て!」


そう言って目も合わせなくなってしまったお兄さんの手を取って私の下腹部まで誘導する。前かがみになったお兄さんの頭も右手を添えて私の体に近づけると、ゴクリと唾をのむ音が聞こえた。緊張してるのかな?

まぁ、いいか。それじゃあ…



「いただきます」





--------


朝早くから奇妙な事件が起きたということで現場に引っ張られてきたんだが、とにかくあたりに立ち込める血の匂いが酷くて顔をしかめる。


「飯尾先輩、おはようございます」


現場に入って話しかけて来たのは一年後輩の佐藤だった。

俺は鑑識の合間をすり抜け佐藤の下へ行く。


「…で、害者の身元は分かったのか?」


「それがですねぇ…遺体が無いんですよ」


は?

思わず間抜けな声が出てしまった。


「現状をまとめると、第一発見者はこの目の前のビルにあるスナックのオーナーで酷い血のような匂いがすると通報。その段階で遺体は既に確認できてませんでした。鑑識が調べたところ、血は人間の血であることは確認ができましたが、誰の血までかは不明。ココが殺害現場でどこかに遺体を遺棄した可能性が考えられます」


「遺体の無い殺人現場か…しかし、遺体をここから運び出すにしてもなぁ」


「…ですよねぇ」


俺と佐藤はあたりを見回す。

ここはビルとビルの間の路地裏。空気の通りが悪い事もあり、この悪臭もとどまり続けている。少し歩けばそこは人通りの多い繁華街。夜遅くの犯行だとしても人目につかず運び出すのは不可能に思える。


「とにかく聞き込みだ。少しでも情報が欲しい」


俺と佐藤はその場を後に周辺への聞き込みへ向かった。




…のだが


「情報無いですねぇ…」


日が落ちるまで聞き込みをしてみたが、何一つ手掛かりがなかった。

気付いたのが今日の早朝で、現場入りした段階でまだ血液が液体だった事からそんなに時間は立ってないと思うのだが、目撃情報が無いのだ。


「仮に現場で遺体を解体して運びだしたなら、解体に使った道具を持ち込む必要がある」


「けど、人を解体するのに使うような道具なら絶対誰かの目に入ってる筈なんですよねぇ…」


ここいら一体の防犯カメラの映像も確認をしたのだが、それらしい物を持ち歩いてる人物は居なかった。

それに、あんな場所で遺体を解体するか普通?

時間をかけて解体なんてしてたら人目につくし、かと言って大人数で…ってならそれだけで目立つだろう。そんな集団行動の素振りを見せる連中も居なかった。

そんな事を色々考えてる時に電話が鳴り表示を確認すると


「…非通知?」


少し考えた後に電話に出ると


『…出るのが遅い』


電話越しにそんなことを言われた。

と言うか、誰だこいつ。非通知でかけてくる知り合いなんて居ない。…が、この声はどこかで聞き覚えがあった。

これは、確か……

ハッとする。


「ジェーン・ドゥ!?」


渋谷事件の重要参考人。取り調べ調書に出鱈目書きまくって無罪放免になったあの女!


『思い出すのも遅い』


「ハイハイ悪うございました!切るぞ!」


『待って、人が死んだ』


その言葉に通話を切ろうとした手が止まる。


「…お前が殺したのか?」


『だったら電話すると思う?』


「じゃあ、犯人は?」


『…死んだ』


「死人ばっかりじゃねぇか。それで何の用なんだよ」


『その殺した犯人の仲間がこの国に居る可能性があるの。何か情報は無い?』


「あぁ?そう言って教えるとでも思ってるのか?一般人に捜査情報を漏らす馬鹿なんざ居ねぇよ!」


そう言い放つと、電話から少しの間沈黙が流れ


『じゃあ、質問を変えるわ。とても奇妙で不可解で、皆目見当もつかない珍事件が起きてるでしょ?』


「は?なんでしっ…」


そこまで言って言葉を止める。

待て待て、落ち着け。あいつが知ってる訳ないだろ!まだマスコミにも発表されてない情報だぞこれ。

焦るな、落ち着け!これはあいつがカマかけてるだけなんだ。

一旦冷静に深呼吸をして、


「しらねー、そんな事件起きてないですしー、平和ですしー」


『…あらそう?今日一日駆けずり回って収穫ゼロでしょ?ご愁傷様』


「はぁ!?何偉そうに言ってんだ!さてはテメェ何か知ってんな!?」


…やってしまった。

隣に居た佐藤も頭を抱えている。


「…ジェーンさん?」


『……氷室ナナよ。あなた本当に面白いわね。今からそっちに向かうから、そこでちゃんとお話ししましょう』


その言葉を最後に通話が切れる。


「…あぁッ!クソッ!本当に腹が立つなアイツは!」




--------


電話を終えて目的地に着くと、不機嫌ですって言う表情を隠しもしない飯尾と見慣れない男が立っていた。

立ち話っていう訳にも行かず近くのファミレスに行くことを提案して場を移す事にした。

簡単な紹介を終えた所で本題に入る。


「…不本意だが情報交換と行こうじゃないか」


本当に不本意なんだろう、嫌々と言う感情が完全にむき出しになっている。


「犯人の仲間がこの国に居るって言ったな?それは海外の組織なのか?」


「少なくとも、現状襲い掛かってきた連中はこの国の外でサイボーグになって現れてるわ」


「サイボーグに?」


コーヒーをすすりながらそうよと答える。


「先輩今回の一件もサイボーグが?」


飯尾は困ったように頭をかく


「参ったな…この間の渋谷事件で大分急速に法案整備が進んでるが…」


「サイボーグ犯罪対策とかも今急ピッチで進められてるんですがね…」


何やらサイボーグ犯罪対策は良い状態では無いらしい


「…暴れたサイボーグって取り押さえられるんですかね?」


「私には出来るわ」


「お前も半サイボーグだろ、生身の人間には無理だ。渋谷見ればわかんだろ。生身で戦車相手にするようなもんだよ」


まぁ、確かにサイボーグで被検体の彼らの相手は生身の人間には厳しいでしょうね。


「戦ったり取り押さえたりは、私がする」


「あぁん?お前一般人だろ?現職警官としてそれは認められんぞ!」


「一般人を守るのが警官の職務ですからね」


「…じゃあ、取り押さえる手立てはあるの?」


そう言うと二人は黙り込んでしまう。

渋谷事件を知ってるならあそこでの私の戦いも知ってる筈だ。アレを見て自分もできるなんて言う人間はそうそう居ないだろう。


「…で、そっちが抱えてる事件って言うのは?」


「あ?だから捜査情報漏洩になるから話す訳がないだろ?」


「情報交換って言ったのに?」


「そんな事言ったか?」


飯尾はそう言って佐藤の方を見る。すると佐藤はどうでしたっけと言いながら視線を泳がせる。そんな時に飯尾の電話が鳴り響き飯尾はこちらを睨みながら電話に出ると


「何だと!?わかった、今すぐ行く」


電話を切ると佐藤を促し席を立つ。そして、こちらを振り向き


「ついてくるなよ」


指をさされながらそんなことを言われた。




--------



「で、状況は?」


俺は現場に入るなり手じかに居た奴に問う。


「見ての通り、今朝の現場と同じ大量の血液だけが残された状況です」


確かに今朝と同じ飛び散った血液はまだ液体。一部はアスファルトなどに吸い込まれシミになってるけど、中心部と思われる部分は歩けば飛沫が上がるくらいには血だまり状態だった。


「現場も今朝の路地と同じく人目の付きにくい路地裏で今のところ有力な情報は得てません」


見渡す限り人気は無い。が、路地裏と言え表通りからはそう離れては居ない。

これじゃ今朝の二の前だな。そんな事を考えていた時だった。


「このあたりの防犯カメラの映像とかは既に回収してるのかしら?」


その声がした方を見るとギョッとした。

そこにはさも当然の様に氷室がいたからだった。


「えぇ、回収してます…けど」


「律儀に答えんで良い!こいつは部外者だ!」


「思いっきり関係者だと思うけど?どの道あなた達も内容を確認するのよね?」


「うるせぇ!誰かこいつをつまみ出せ!」


そう大声で叫ぶと現場に居た全員がこちらを向く。そして…


「こいつって誰ですか?」


その中の一人がそんな事を言い出した。

俺は当然こいつだ!と指をさしてそちらを見たが、我が目を疑った。

先ほどまでそこに居た氷室の姿は影も形もなかったのだった。慌てて周囲を見回して見たがどこにも氷室の姿は無かった。


「…佐藤、お前見たよな。氷室がここに居たの」


「えぇ、確かに居ましたよ」


しかし、現在何処にも姿が見えない。

一体何が起こってるんだ?


「…一先ず、カメラの映像確認しますか?」


佐藤の提案にあ、あぁと戸惑いながら答える。

それから何度も後方を確認しながら場所を移動した。





狭い車内でラップトップを広げ防犯カメラの映像を早回しで確認する。何人かは路地裏に入って行くのは確認できたがこれと言って怪しい人物は確認できなかった。


「良し、もう一度頭から確認してみよう」


「それより前回の分の映像を見せて」


再び後方からかけられた声にびっくりしながら振り向くと画面をのぞき込む氷室の姿があった。


「おまっ!どこから現れた!」


「そんなことはどうでも良いから、早く前回の分を見せて」


こいつ…!

しかし、どうせ拒否した所でこいつは何らかの手段を使って映像を見るんだろう。

俺は観念して前回の映像を見せる事にした。


「はぁ、これバレたらどうやって説明したものか…」


俺の愚痴も意に介さず氷室は食い入るように映像を見ている。


「まぁ、先輩これで何か情報が手に入れば先輩の手柄にできますよ」


佐藤もそんな事を言い出す。思わず頭を抱えた時だった


「見つけた」


氷室がそんな事を言い出し画面を見せてくる。俺たちは二人してその画面をのぞき込む。


「こいつ、二つの現場で共通して存在してる」


氷室が指さす先にはフードをかぷった小柄な人影が写っていた。


「ちなみに、さっきの現場付近の映像だと男性と二人で路地裏に入って行くところは写っていたわよ」


「何だと!?」


確認をし直してみる。

すると確かにその映像はあった。その後にも何人か人が入って行ったりしていたので気にも留めなかったのだが…

その後そのフードを被った人物は路地裏から出てくるところは画面には映っていなかった。


「…いや、しかしだ。この小柄な人物が犯人で一緒に居た人間が被害者?冗談だろ。体格差考えろよ、抑え込むことすら容易いだろうが」


「相手がサイボーグでも同じことが言えるの?」


そう聞かれて思わず言葉を詰まらせてしまう。正直あんまり自身は無い。


「見当はついた。あとは私の仕事ね」


「待て、氷室!」


だが、氷室は待つことをせずに姿を消していた。

思わず頭を抱える。


「佐藤、このフード被った奴を探すぞ。氷室もそいつの所に向かう筈だ」


この人物が犯人かどうかそれはわからないが、一先ず確認をする必要がある。

捜査本部に一報を入れて俺たちはそれを探す事にした。





しばらくこの周辺を探し回ってみたがそれらしい人物を見つけることができずに繁華街をさまよっていた。

すれ違う人物を全員確認しながら歩いているが、それは途方もない数で正直気が滅入り始めていた。

そんな時だった。

フードを被った小柄な人影を発見したのは…

佐藤を呼んで姿を確認すると少し様子を窺って見た。氷室の話を信じるのは癪だが、サイボーグと言う危険性もある。接触はあくまでも慎重にだ。

その人物は、近場に居た男性に声をかけて何かしらの会話をしてその後人気のない所へと足を運び時始めた。

すかさず俺たちもその後をつけて路地裏へ向かう。表通りと違いまったくと言って人気のないこの場所、雑踏の賑やかさも身を潜め耳を澄ませば何やら話し声が聞こえて来てゆっくりとそちらを覗き込む。

するとそこには先ほどの男性とフードを被った人物が何やら話していた。

かと思えばフードを被った人物はそのパーカーを脱ぎ去り少し離れた所にそれを置くと男性に迫る。薄暗い所為で詳細は確認できないが、おそらくそれは少女だと思われた。灰色の肩まである髪の間から窺える横顔は何処となく幼さを感じ取れる。それよりも驚いたのはパーカーを脱ぎ去るとその下が全裸だった事だ。その少女は男の手を引いて前かがみにさせる。身長差があるから男もそれに合わせてしゃがみ込み始めた。


「なんっすかこれ?売春?」


「結局人違いかよ。とは言えあれは未成年だろ?止めるぞ」


そう言って踏み込もうとした時驚愕の光景を目にした。

男の頭が少女の胸の中に埋まっていたのだ。目の錯覚か何かかとも思ったが次の瞬間にはおびただしい量の血が噴き出し始め、固いものをかみ砕くような音を響かせながら男の体は少女の小さい体の中に飲み込まれて行った。

何が起きたのか全く理解ができなかった。ただ目の前には血だまりの中に佇む全裸の少女が一人だけ残されていた。さらに異様な光景は続き全身に浴びていた返り血は吸収される様に消えて行きあっという間に綺麗な体に戻っていた。

少女は脱ぎ捨てたパーカーを拾おうとした時急にこちらを向いた。どうやら気づかれたらしい。


「みられた?」


何処となくあどけなさの残る声でそんな事を言ってくる。

得体のしれないモノを前に完全に体は強張って身動きが満足に取れなくなってしまっていた。


「みたの?」


少女は繰り返し訊ねてくる。


「みたんだ…見られた時はどうするんだったっけ?」


そう言って小首をかしげる様子は可愛らしさすらあるのに、今はそれすら恐ろしさを感じる。


「そうだ、みんな食べちゃえば良いんだ。それで目撃者はゼロ!」


少女は一歩一歩確実に距離を詰めてくる。

そして、目の前まで来たときその姿は恐ろしいモノへと変貌をする。

胸元から下腹部まで一本の筋が入ったかと思うと次の瞬間それは左右に開きトラバサミを連想させる牙をむき出しにして来た。その光景に思わず腰が抜けて地べたにしゃがみこんでしまった。そんな俺たちを飲み込もうとした時、背後から大きな発砲音が響き目の前の大口が後方の仰け反っていた。それに間髪入れずに背後から人影が飛び込み俺たちとの間に割って入り続けて手にしたショットガンであの化け物に弾丸を打ち込んでいた。

その人物は防弾チョッキや弾倉ベルトを身にまとい顔もバラクラバを被った上に防弾メットを装備しており誰だかわからない。そしてその装備をよく見てみると背中に大きく「POLICE」の文字があった。


「SAT!?」


思わず声を上げた。特殊急襲部隊が動いてる話なんて聞いてないぞ。

それよりもなぜ一人だけ?

他に控えてるのか?

いや、よく見たら装備の細部がかつて見た事のあるそれとは違って見える。こいつは一体?

そんな疑問をよそにその人物は戦闘行動を続ける。

ショットガンを打ち尽くしたのかそれを背中にしまうと入れ替わりでサブマシンガンを取り出し小刻みに射撃を繰り返す。それに合わせて後方に下がり続けた化け物はついに壁際まで追い詰められた。


「チッ」


SATの格好をした人物は舌打ちをしてサブマシンガンの弾倉を手際よく交換すると再び少女の姿をした化け物に狙いを定める。


「…ひどいなぁ」


そう言って少女は胸に大きく開いた口を閉じこちらに向き直す。


「何回死んだかわからないじゃない。鉛玉は食べられないんだよ?知らないの?」


少女がかざした左手から無数の金属片が地面へと落ちてゆく。

それは先ほどまで打ち込まれた弾丸だった。


「…何してるのさっさとここから離れなさい」


SATの人物は急に話しかけてそんなことを言い出す。しかし、この声は…


「氷室!?お前か!?」


「死にたくなかったらさっさと立ち去る!」


氷室に怒鳴りつけられながら俺たちは立ち上がりその場を一旦は離れた。


「先輩?」


先を行く佐藤がこちらを振り向き首を傾げる。


「…俺たちが、俺が逃げてどうする!ここで逃げたら真実はわからず仕舞いだ!」


そう言うと俺は踵を返し現場へと戻った。





--------



さて、どうしたものか

ブリーチャーにはスラッグ弾を詰めて来たがそれも打ち切った詰め替えてる暇はなさそうだし…

それにしてもまた死なない系の能力なのかしら?


「あなたは一体だぁれ?」


目の前の少女はそんな事を訊ねてくる。


「そう言うあなたこそ何者よ。普通じゃないわね」


「私は私だよ。それよりも私おなかがすいてるんだ」


「鉛玉ならいくらでもおごるわよ」


「だから、鉛玉は食べられないんだってぇ」


少女は口をとがらせながら文句を言う。


「だから、あなたを食べたいの!」


そう言うと少女は駆け出し私との間合いを急激に詰めて来た。それに合わせてMP5を数発発射したが、その時には彼女の右手に銃を握られてしまっていた。すると今度はその右手が手のひらから大きく裂けて牙をむき出しにして銃ごと私の右腕を飲み込んでかみ砕こうとしてきた。


「…?金属?」


少女は困惑した表情を浮かべてそのまま右腕を引っ張ってきた。それに合わせて私も右腕を聞くと金属をひっかく音を立てながら引き抜くことをできたが、服の袖も銃もいっぺんに持っていかれてしまった。

少女の右腕は金属を粉々にかみ砕く音を立てしばらくするとその右腕から銃だったものを吐き出した。それは原型がわからなくなるくらいズタズタのボロボロにされていた。


「その右手…」


私のむき出しになった真っ黒い戦闘用義手を指さしながら少女はつぶやく。


「もしかして…あなたがNo.7?」


やはりこいつも被検体…しかし、サイボーグでは無い?

少なくとも戦った感覚は生身の肉体と戦ってる感じだ。


「そうね!そうなのね!やっと会えた!」


何やら被検体の少女は喜んでいる。


「やっと!やっと私のおなかが満たされるのね!私ね言われたの!No.7を食べればこの空腹もおさまるだろうって!でもね、我慢できなくてちょっとあっちこっちでつまみ食いしちゃったんだ。すぐに出て来てくれないNo.7が悪いんだよ!」


何を言ってるんだ?つまみ食い?

ふと足元を見る。夥しい量の血が目に入り今までの彼女の行動と合わせて一つの結論に至る。


「お前、人を食うのか?」


「?人も牛も豚も鹿も猪も何でも食べるよ!食べられるモノならね」


なんの悪びれる事もなくそう言い放つ。


「…お前は被検体だな」


「そうだよ!私は被検体No.23」


No.23…確か能力不明。No.20が一番警戒しろって言っていた存在。

…確かにこいつのヤバさは出会ってみてなんとなくわかった気がする。常軌を逸した発言に行動。完全に気が触れてる。


「でもね。結構削られちゃったから今日はもう逃げるね!」


そう言ってパーカーを拾うとその場から立ち去って行く。


「氷室!」


後方から飯尾の声が聞こえるがそれどころじゃない。メットとバラクラバを脱ぎ捨て


「逃がす訳ないでしょ!」


そう叫んだ。

後ろから飯尾が「待て」と制止を掛けたが気にせず駆け出す。

アイツは削られたと言った。直感だがここで逃がしたらまた面倒な事になる。そう思ったらとにかく体が動いていた。

幸いにもNo.23に追いつくことは容易かった。彼女も追いついた私を見て目を丸くしていたが、逃げに徹する彼女を完全に追い詰める事は出来なかった。


「あんたあと何回殺せば死ぬのよ!」


「教える訳ないでしょ!」


しかし、そう言う彼女の疲労は目に見えて溜まっていた。おそらくはもう一押し。私はココが日本だって言う事も忘れてM9を遠慮なしに発砲する。むき出しの頭に何発も命中させてるが一向に死ぬ気配はない。そうこうしている内に路地裏を飛び出し繁華街の表通りに飛び出してしまった。辺りを見回すと人込みの中をかき分けて走りぬけるパーカー姿を見つけるとすかさず発砲した。

するとあたりからは悲鳴が上がり周りに居た人たちがパニック状態に陥りさらに見通しが悪くなりその状況に思わず舌打ちをする。

それからすかさず後を追おうとしたら、後ろから肩を掴まれ引き留められる。


「悪いがここまでだ。銃刀法違反で現行犯逮捕する」


そこに居たのは飯尾だった。彼はそう告げると私の手に手錠をかけた。


「…なんのつもり?」


その問いに対して飯尾は私に耳打ちをしてきた。


「流石にこの人前で発砲はまずい、一先ず場所を変えるぞ」


「でも…!」


「ここまで逃げられた時点でお前の負けだ氷室。冷静になれ」


私はNo.23が逃げた先を見つめる。嫌な予感しかしない…


「対策を練らないと、犠牲者が増える前に…」


飯尾はそれに頷くと私を連行していった。







--------


「すっかり暗くなっちゃった。日が落ちるのも早くなったなぁ」


私は空を見上げ思わず声に出す。

昨日は本当に色々あったなぁ、しばらくの間ナナちゃんと会えないのは寂しいけど仕方ないよね。

…仕方ないんだよね。


「…ナナちゃんはどうして戦ってるんだろう」


今まで疑問に思わなかった。

と言うよりもそう思うような出来事があの渋谷事件までなかったのだ。それまでは平和で、ナナちゃんも結構笑うようになってたのに…

今のナナちゃんはそんなに余裕が無いように思える。

…ナナちゃんに今まで何があったのか私は知らない。踏み込めなかった。思い返してみれば私ナナちゃんの事ほとんど知らない。でも、あの日…初めて会った日。あの雨の中人目もはばからず泣いていたナナちゃんを見た時は放っておけなかった。居なくなったあの日の悲しそうな顔は忘れられなくなった。ただ、私は彼女を助けたかった。


でも、私にできることは何もなかった


「ナナちゃん…」


そんなことを考えながら帰り道を歩き自分のアパートの部屋の近くに到着した時だった。街灯の下で蹲っている少女が居た。それを見た私は思わず声をかける。


「どうしたの?大丈夫?」


「…おなかが…すいた」


少女はその言葉を最後に気を失ってしまった。

私は少し考えた後に気を失った少女を抱えて自分の部屋に帰った。




私にはその少女とナナちゃんが被って見えてしまったから、放っておく事が出来なかったんだ。





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