第33話 シュラフへの帰還と商人達の動向


 明くる朝、僕達は昨日の火災現場に来ていた。もちろんドリトルト商会があったであろう跡地だ。今は完全に焼け落ちてしまった建物の残骸が山のように積み上げられている場所である。


「ここまで焼けてしまっていては、盗賊との繋がりを証明出来る物も焼失してしまっているだろう。」


 瓦礫を手に取りレイラさんが呟いた。実を言うと、火災の直後にが感じられた事から火災が人為的なものであったのは明らかなのだが、それを話したところで信用されるには足らないだろう。何せこの世界では精霊の存在もほとんど認識されていないのだから無理もない。話した所で小馬鹿にされるか、鼻であしらわれる他無いだろう。


「証拠を隠蔽する為に火を放ったと考えるのが妥当でしょうが、証拠が無ければまともに取り合ってはもらえないでしょうね。」

「そうね。トレーニー伯爵としては自分が治める領地に不利益になる事に関しては取り合いたくないでしょうしね。」


 万が一にも盗賊とドリトルト商会との繋がりが露呈する事になれば、トレーニー伯爵にとってもかなりの損失につながる。他の貴族階級のみならず国からの信用にも傷をつける事になるだろう。

 そうならない為にもトレーニー伯爵自身は知らぬ存ぜぬを通すだろう。


「今の状況で何を言っても取り合ってはもらえないでしょうね。」


 レイラさんが落胆した表情から、ため息混じりにそう言った。


「でも、この前捕まえた盗賊達がいるよね?それを問いただせば・・・」

「そう簡単に吐いてくれればいいけど、難しいでしょうね。末端の盗賊にはそういった機密情報は漏らさないでしょうし知る由もないでしょう。幹部クラスになればそれこそシラを切り通すわ。」


 ルミエールさんがレイラさんを励まそうと答えるも、ノエルさんの冷静な見解に反論出来ないでいた。

 確かに、今回の一件で捕らえた盗賊団はかなり名の知れた盗賊団だという事で、雇い主の情報をおいそれと喋るとも思えない。


「ここは一端シュラフに戻って、バウダーを尋問にかけるのが得策かも知れませんね。」

「ええ。そうね。現状この町で情報を仕入れるにも難しいし、早急にフレーベル侯爵にこの話を伝えるのが一番ね。」


 レイラさんは意を決した様に立ち上がると、僕達にシュラフの街に帰還することを話した。

 そのタイミングを見計らったかの様に声を掛けてきた男達がいた。


「おお!ここにおられましたか。皆さんを探しておりましたよ。」


 この男達はルミエールさんと共にバウダー盗賊団の襲撃を受けて捕まっていた商人達だ。

 驚いたことに、商人達はピュスケの町に入って直ぐにドリトルト商会に向かったと思っていたのだが、どうやら町の市場で商品を見繕っていたらしい。その最中にドリトルト商会の火災が起こった為、商人達は火災の被害を受ける事無く、字面じづら通り事無きを得ていたのだった。


「皆さんもシュラフに戻られるのでしょう?私達もそれに同行させてもらえないかと思いまして・・・もちろん報酬はこちらで用意させて頂きますよ。」


 商人の一人がそう告げる。内容から察するに、護衛として僕達を雇いたいという事だろう。商人達はこちらに笑顔を振り撒いている。


「まぁ、それは問題ないのだが・・・」


 レイラさんが意見を求めるかの様に僕やルミエールさんとノエルさんを見回すが、僕も含めて皆、苦笑いを返す事しか出来なかった。まあ、完全にレイラさんに丸投げをしたと言うことだ。


「では明日の朝に、ピュスケを出る事でよろしいですか?」

「・・・ああ。それで問題ない。」


 商人は僕達の反応を見るや否や、直ぐに出発の予定を決めてしまう。それも僕達が慌てる事のない範囲でだ。

 さすがのレイラさんもため息混じりではあったが了承した。


「あの商人達は商売の神に護られているんでしょうかね?」

「かみ?」

「あぁ・・・いえ、何でもないです。それより、他の騎士の皆さんにも伝えておいた方がいいんじゃないですか?」

「確かに。早速、あいつらが泊まってる宿に向かってみよう。」


 僕が商人達を見ながら呟くと、それがレイラさんの耳に届いてしまったらしい。神の存在はこの世界で知られていないので、僕が発した言葉の意味も理解出来ていないだろう。現にレイラさんは不思議そうな顔で僕を見ていた。


 それは置いておくとして、レイラさん以外のシュラフの騎士達は、別の宿に泊まっているので、この事は伝えておかないといけない。

 レイラさんは急ぎ他の騎士達と合流すべく、この場を後にした。

 商人達も自身の準備があるからと散って行った。心なしか商人達の足取りが軽やかそうに見えたのだが、それが意味する理由を知ったのは、僕達がシュラフに向かい出発してからの事だった。


 ーーー


「・・・と言う事は、皆さんちゃんと自身の商売が出来たって事ですか?」

「ええ。まぁ、実際にはが出来なかったので今は直接利益としては上がっていませんが。」


 商人達はドリトルト商会からピュスケの町で商売の許可を取り付ける予定だったが、火災でそれが出来なかった。しかし商人達は売り買いがダメならと他の地域で売れそうな商品を物々交換という形で確保していた。


 原則として商人がそれぞれの国や町などで商売をする際には許可を取る必要があるのだが、金銭が動かない物々交換であれば特に許可などは必要ないそうだ。


「でも物々交換て原則は等価交換になっちゃいますよね?あまり得はしてないんじゃ無いですか?」

「そうですね。確かに商売の許可が出ていればもっと儲けられていたでしょう。」


 商人は言葉に溜めを作ると、笑みを浮かべながら続けた。


「ですが今回は他の国の商人達との知己がかなり得られましたので、結果としては大いにプラスと言えるでしょう。」


 聞くに寄ると現在、ピュスケには各国の名だたる豪商の傘下の商人もいたらしく、その様な人物と知己を得ることは何事にも他得難い出来事なのだそうだ。

 とは言っても本来であれば、次に会った際に自身の事を覚えている可能性など無きに等しいのだが、ドリトルト商会の火災というインパクトの強い出来事が有った上ではそうとも言い切れないらしい。ここにいる商人達は皆一様にホクホク顔だった。


(予想外のを逆手に取るあたり、やはりこの行商人達は只者ではないかもしれないなぁ。)


 前の世界でも、あまり商売を生業なりわいにする人達と親しくなる機会はそう多くなかったので、今回の一件から自身の商人に対する見方を上方修正する必要があるかもしれないと思うノアだった。



 ーーー


 所変わって、ノア達がピュスケの町を後にする中、ピュスケの領主であるトレーニー伯爵は今回の出来事に早急に対処する必要があった。トレーニー伯爵は手元のグラスにドボドボとワインを無造作にぎ、一口飲んだ。


「まったく、厄介な事になったわい。」

「今回の火災でドリトルト商会は多額の損害を被る事になりました。」


 トレーニー伯爵の前でかしこまる男が報告を述べる。


「わかっている。損害の費用については私個人でまかなおう。それよりバウダーも捕らえられたと聞いたが・・・それは間違いないのか?」

「はい。アジトも確認しましたが、もぬけの殻でした。シュラフから来たと言う騎士達に捕らえられたと考えて、間違いないかと。」

「まったく、高い金を出していながら捕まるとは。ましてやフレーベルの手駒に遅れを取るなぞ情けない。」


 そう言ってトレーニー伯爵は手にしていたワイングラスの中身を一気に飲み干すと、大きく息を吐き出した。


「・・・まあいい。忌々しい犬共め!今に見ておれ!」


 トレーニー伯爵は手にしたワイングラスを強く握りしめながら嫌悪感をあらわに窓の外・・・しくもシュラフから来たと言う一行が町を後にした西門を睨み付けていた。


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