第32話 火災

 僕達は馬車で2日かけてトレーニー伯爵領ピュスケへとやって来た。僕は荷台でノエルさんと一緒に待機していた。


「ノアくん。ルミエールのこと、ありがとね。」


 ノエルさんは不意に呟いた。


「どうしたんですか?急に。ルミエールさんの事は僕だって大事に思ってますよ。助けて当然です。」

「そう・・・ねぇ、ノアくん。捕まっていたのがルミエールじゃなくて私だったら・・・どうしてた?」

「もちろん、同じ事をしてますよ。」

「・・・そう。」


 僕が躊躇なく答えると、一呼吸置いてノエルさんが一言、呟いた。表情こそ変わらなかったものの言葉からは安堵した様な感じがした。


「ノエルさんは結構、注意深い人柄ですから、助ける様な事態になる可能性は低そうですけどね。」

「ふふふ。一応、誉め言葉として受け取っておくわ。・・・ルミエールは昔から危なっかしい所が多くてね。」

「あー、それはナフタの森の一件で何となくわかります。」

「ふふ、そうね。まぁ、今回も何とか無事に助け出せてよかったわ。ノアくんのお陰ね。」

「2人とも何話してるの?」


 御者をしていたルミエールさんが荷台に顔を覗かせながら不思議そうにこちらを眺めていた。


「ふふっ。内緒よ。」

「えー・・・」


 頬を膨らませるルミエールさんを他所に、馬車は順調にピュスケへと向かっていた。


「そろそろフロープ大河が見えてくるぞ。」


 そう告げたのは、ルミエールさんの隣で同じく御者をしていたレイラさんだ。今のレイラさんは鎧を外しており、一見して騎士とは分からない様な外見になっていた。

 何でも、ピュスケの町中でシュラフの騎士が動き回るのはかなり目立つらしく商人としてピュスケに入るとの事。


 まあ、その話は置いといて長閑のどかな草原地帯を抜けると、目の前には大きな川が姿を現した。その川はフロープ大河と呼ばれ、トレーニー伯爵領とフレーベル侯爵領の領地の境界となっているらしい。川は数十キロに渡り続いており、川幅は200メートルを超える。


「うわっ。かなり大きな川ですね。」


 僕は荷台から顔を出して、大自然が造り出した雄大な大河を眺めていた。


「驚くのはまだ早いぞ。この道を辿っていっていくと橋が見える。」


 レイラさんに言われて、踏み固められただけの道を辿っていって見ると、フロープ大河に架かる石造りの巨大な橋が目についた。


「あれがフロープ大橋だ。」


 境界といっても兵士が見張りを行うような関所は無く、誰でも自由に行き来が出来る様になっていた。


「あの橋を渡れば直ぐにピュスケの町だ。皆、気を引き締めておくように。」


 レイラさんは告げると馬車を走らせた。


 ーーー


 ピュスケの町はレイラさんが言った通り、橋を渡って直ぐに見えてきた。町は壁に囲まれていたが、シュラフの町ほど立派な物ではなかった。


 今は町の入り口である門で審査を受けていた。


「やはり騎士は商人とは別に、専用の宿舎に身を寄せる事になりそうだ。」


 審査を終えてレイラさんが戻って来ると、そのように告げた。どうやらシュラフの騎士はピュスケの騎士団の寮の近くにある宿屋に泊まらなければならないらしい。

 これは恐らく優遇などでは無く、単に監視下に置いておくことが目的なのだろう。


「と言うことで、お前達は衛兵に同行して宿に向かってもらう。ここからは別行動だ。」

「「「はっ。」」」


 同行していた騎士達はもちろんそうなることを分かっていたので、ピュスケの衛兵達と共にそれぞれの宿舎に向かって行った。


「私達は商会に向かいます。」


 商人達は商売の許可申請を出しに行くらしく、これも別行動になった。


「我々は我々で宿を取ることにしよう。」


 馬車は商人達に任せて、とりあえず僕らは宿を確保することにして町の中に向かう。


 町の中は多くの人で賑わいを見せていたが、その賑わいはシュラフとは様子が異なっていた。

 町には首に鉄製の首輪がめられた人達が目立ち、いづれも布切れと言っても過言ではない程にボロボロの服を着ていた。


「やはり奴隷の姿が目立つな。」


 シュラフの街では規制がかかっており、奴隷は原則禁止されているのだが、ピュスケは違う。寧ろ領主の意向で奴隷が推奨されているらしい。


「奴隷が推奨されている事が犯罪の抑止力になっていて、犯罪件数はかなり少ないみたいだよ。」


 ルミエールさんが僕に教えてくれた。治安が悪いと言う訳ではないようだ。犯罪を犯した者は奴隷に落とされる。その見せしめが町の至るところにあるのだ、そりゃ犯罪を犯す人が少ないのも頷ける。だが・・・


「でもやっぱり気分が良いものでは無いですね・・・」

「これでも以前に比べるとマシになった方よ。以前は手や足に鉄枷が付けられていたのだけれど、自分の手足を切り落としてまで奴隷から解放されようとする人が多かったわ。」


 以前は相当酷い状態だったようだ。そこまでして奴隷から解放されようとする程に、奴隷の扱いが酷かったらしい。


「2、3年前にフレーベル侯爵が国王に呼び掛けて、奴隷の扱いを見直す制度を立てたの。それからは奴隷の扱いが見直されて、大分よくなったわ。」


 ノエルさんは僕に教えてくれながら、周りの奴隷の姿を眺めていたが、表情は優れない。


「まあ、この話はこれくらいにして、早く宿をさがそ!」


 ルミエールさんは雰囲気を変える様に明るく僕たちに提した。


「そうだな。あまり長居するつもりもないし、早く宿を探してしまおう。」


 ルミエールさんの提案にレイラさんが同意した直後、町に異変が起こった。


 ドカンと大きな爆発音が町の中心の方で起こり、それと同時に黒い煙が立ち上った。


 僕たちはお互いに目を会わせると、言葉を発する事もなくその煙の元へと向かった。


 ーーー


 現場に着くと、既に多くの人だかりが出来ており、隙間からは何かしらの大きな建物が勢いよく燃え盛る炎に包まれていた。


「あれは、ドリトルト商会の・・・」


 レイラさんが呟く。ノエルさんとルミエールさんも唖然としながら燃え盛る建物を見つめている。どうやら建物はレイラさんの目的だったドリトルト商会の建物らしい。


 盗賊からドリトルト商会との繋がりを知り、僕達がピュスケの町に着いた直後にドリトルト商会の建物で火災。偶然にしてはあまりにも都合が良すぎる。それは誰から見ても不自然極まりない事態であり、レイラさんの表情も険しい。


 ドリトルト商会で起こった火災は周りの建物を巻き込みながら燃え広がり、ようやく火が完全に消されたのは日も暮れて、辺りが薄暗くなり始めた頃だった。

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