エピローグでありプロローグ

第8話 エピローグ 墓参り

お盆の時期になって、僕は母の墓を訪れた。一人で。母と繋がりのある人達は、もう僕と妹しかいないし、その妹はもう足が不自由だ。それ故僕は一人で行くしかない。乗り換えのバスを使って、昼過ぎに出かけた。線香とそれに伴う道具類、母との思い出をいっちょ前に感傷に浸りながら、電動バスは時速60キロで進んでいく。道路の端、システムエラーで衝突した自動運転の車に乗る人たちは、どこに責任を投げつけようかと躍起になっている。まだ保険は確立していない。

皮肉にも行き先の墓地は、駅前の病院のバス停の次で、僕は都合良く彼女の見舞いに立ち寄った。


「おはよう」


「もう昼過ぎだよ? こんにちは」


 元気そうに雫は、冗談を交える。


「雫」


「うん?」


「いや、なんでもない」


 彼女は不思議そうに首を傾げるが、すぐに手前の本に目を移す。彼女は現在いまを生きるのに必死だ。

 当初、僕は今の時代にあまり関わりを持つべきではないと考えていた。古い人間は今の時代に適合しないと思っていたし、僕より早く目覚めた人たちは、十分に惨い仕打ちを受けていたとニュースでやっていた。生きてく中で、目にする迫害もあった。距離をとり、自分のことを隠すべきだと思った。だから、葉摘さんをお母さんと呼んだことはないし、徹さんとお父さんと呼んだこともない。彼らと距離をある程度置くべきか、ということも考えた。だけど、葉摘さん達は、零距離で接してくれた。それが温かった。雫さんも僕より相応しい人がいると思うのに、昔の人間の僕を必要としてくれている。さん付で呼ばせてくれない。

だから僕は、彼女に病気のことを言ってしまった。例え、僕や彼女に関わった人達が、病気に罹って死んだとしても、最期まで彼女の隣にいたかった。だが、このまま黙っていることは彼女を裏切ることだとわかってしまったのだ。


そのせいで、僕は、彼女が、そのうち眠ってしまうのがたまらなく悔しい。

 彼女に必要とされているのが、悲しいほど有り難い。


「ありがとう……」


「えっ?」


 少し考え事をしていた僕の思いが溢れたのか、とびっくりする。感謝の言葉を口にしたのは雫だった。


「今日も来てくれて」


「――ううん。明日も来るよ」


 出かかった言葉を捨てて、面会時間終了間際まで居た僕は、慌てて病院を出る。元カノには顔を出さない。あれから何度もこの病院には来ているが、行っていない。


「終点~」


 気の抜けた機械音声のような声が車内アナウンスとして流れる。辺りは既に薄暗くなっており見通しが悪い。陽が落ちる。水を入れる桶を両手に、持ってきた小道具を脇で閉じる。一段一段と慎重に石段を上っていく。


「あっ」


 月光が墓地を儚く照らす中、いつかの老人が、母に水をやっていた。


「こんばんは」


 先に話しかけられ、萎縮する。


「……こんばんは」


 僕は、この老人について不信感という感情を一番に募らせていた。


「誰?」


「儂はただの老人じゃよ」


 ただ少し訳ありのな、と老人は付け足す。


「この人には、何もしてやれなかった」


 その一言が引っかかる。


「それはあの世に行っても悔やみ切れん。ちなみに少年はこの人の何なのだ?」


「息子だよ」


 母の味方は、僕と妹だけなのに、この老人が分かったような、悔やむとか言われるのはとても癪に障る。いつだって、支えてきたのは僕達だけなんだ。


「そうか、よかった。よかった」


 老人は、ぽろぽろと涙を溢し始める。


「儂は睡眠病でな。家族より先に死んでしまった。今は、当時関係のあった人たちの墓に訪れとるんじゃよ」


「おじさんもなの?」


「少年もか」


 それから僕と老人は、いままでのことを話し始めた。


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睡眠死 無為憂 @Pman

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