37 エピローグ ……愛の中で。

 ずっと、我慢をしていた涙。

 その鞠の涙を見て、無言のまま、透は鞠を抱きしめた。


 ……先輩らしく、一個上の年上らしく、泣かないでさよならをしようと思ったのだけど、……できなかった。

 結局、私は最後まで、中学校の、そして音楽部の先輩としては、あんまりいい先輩ではなかったな……、と、そんなことを、暖かい透の腕の中で鞠は思った。


 ……それから鞠は、みんなのいる校庭に戻って、みんなと一緒に集合写真を取って、桜を見て、通い慣れた三津坂西中学校のもう通ることのない校門を出て、無事に、みんなと一緒に、笑顔で、思い出の三津坂西中学校を卒業した。

 ……最後に、三津坂西中学校の門のところを、卒業証書の入った筒を持って、みんなで(南や大橋くんとも)一緒に駆け抜けたときに、鞠はなんだかちょっとだけ、自分が本当に大人になれたような気がした。

 ……それが、すごく鞠は嬉しかった。


 エピローグ


 ……愛の中で。


 半月後。


 鞠の東京への引越しの前日。

「ベートベンは耳が聞こえなくなっても、ピアノを続けたんですよね?」と電話の向こう側で、すごく懐かしい言葉を、透は言った。

 それは二人がお付き合いを始めた、去年の夏のお祭りのときに、透が鞠に言った言葉だった。(そのことを、ちゃんと鞠は覚えていた)

「にゃー」と手毬が鞠の膝の上で鳴いた。

 その鳴き声を聞いて、そういえば、手毬を拾ったのは、あの日の神社の草むらの中だっけ。と鞠は懐かしい記憶を思い出した。

 手毬は鞠と透を結びつけてくれた、縁結びの猫だと、鞠は思っていた。だから鞠は、手毬の首輪に『赤い糸』のお守りをアクセサリーとして、くっつけていた。

「急にどうしたの?」

 ベットの上に座っている鞠は、手毬の頭を撫でながら、透に言う。

「嬉しんです。先輩が音楽を続けてくることが」透は言う。

 透もきっと、わかっていて、そんな言葉を言っている。

「ありがとう」

 と、鞠は言う。

「じゃあね」

「はい。手紙書きますね」

「……うん」

「はい」

「じゃあ」

「はい」

「おやすみなさい。透くん」

「……おやすみなさい。さようなら。……鞠」

 そう言って、吉木透は電話を切った。


 透の将来の夢は、音楽の教師になることだった。

 生徒たちと悩みを共有して、生徒たちの目線に合わせること。そんな教師になること。それが透の夢だった。

 鞠はそんな透のことを思って、寝る前に、引越しの記念として、鞠の両親の前で、家にあるグランドピアノで、きらきら星変奏曲を静かに弾いた。

 ……星が、すごく綺麗な夜だったからだ。


 三雲 薄明かりの中で 終わり

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三雲 薄明かりの中で 雨世界 @amesekai

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