36 卒業 薄明かりの中で。

 卒業


 薄明かりの中で。


「ありがとう。吉木透くん」

「なにがですか?」

 透が言う。

「私は、透くんのおかげで、音楽を続けることができるようになりました」鞠は言う。

 透は黙って鞠の言葉を聞いている。

「透くんに勇気をもらって、今の私はここにいます」

 卒業証書を手に持った鞠は、じっと、在校生である吉木透の顔を見つめる。

「あなたがいたから、私は暗闇の中で、道に迷わずに済んだんです」

 

 季節は、三月の中頃。

 三津坂西中学校の卒業式の日。

 その古い校舎にある、淡い光の差し込む、音楽部の部室である、古い音楽室の中に、二人はいる。


 この年の卒業式で、鞠は卒業生代表として、自分の課題曲である『鳥のように自由に』を、みんなの合唱のために、伴奏として、ピアノで弾いた。

 その演奏は完璧だった。

 鳥のように自由には、『三津坂西中学校の校歌』だった。

 その曲を弾いている間に、鞠は、『……みんなそれぞれ、少しずつ、自分の意思とは関係なく自然と前に進んでいく。みんな今日、中学校を卒業して、……みんな、こうして少しずつ、大人になるんだ』 

 と、そんなことを心から、思った。その演奏が終わって、礼をしたときに、思わず、こらえきれずに鞠は泣いてしまった。

(そんな恥ずかしい思い出も、数年も経てば、すごくいい思い出になるのだ。きっと)


「僕はなにもしてません」

 透は言う。

 それはいかにも、吉木透らしい素直で真っ直ぐで正直な言葉だった。

「そんなことはありません」

 鞠は言う。

「あなたは、私に好きだと告白してくれました。私の音楽が好きだと、そう私に言ってくれました。私にこれからも音楽を続けてくださいって、……そう言ってくれました」

 にっこりと笑って、鞠は言う。

「それだけで、あのころの、『すごくぎりぎりだった私は』、すごく、すごく救われました。きっと、透くんが思っている以上に、私は透くんに救われていたんだと思います」

 鞠は透を見て、……光の中で柔らかく、微笑んだ。

「だから、ありがとう」

 鞠は言う。

「本当に、……本当にありがとう」

 そこで、鞠の目から涙が溢れた。

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