第十二話 それは残酷な

 要から向けられた銃口が玲人には分からなかった。恐怖ではなく、困惑の視線で彼はその銃口を見ていた。


「事象であれ、混乱は招く。石の破壊は決定事項だ、それに意思のある事象がどうなるか断言できない」


 銃口を向ける要は淡々としていて、その顔には何の感情もない。息がつまるプレッシャーを初めて全身に感じる、これが殺気というのだろう。


「よく、生き延びたって」


 混乱のあまり口走ったのはこの場とは関係のない事だった。

 でも、彼はそういってくれたじゃないか。それで少し誇らしくなって、嬉しくて、怖くて苦手な人だったけど、別の一面を知れた気がして。


 彼の指先は変わらなかった。冬の湖面のように凍てついた表情がただ玲人を見ていて、そこで初めて恐怖が湧き上がった。


「な、七谷!」

「……俺も五十六として異議はない」


 悠は硬い表情をしていた。苦渋のような色は見えるが、それでも彼が何かの覚悟をしていることが手に取るように伝わった。きっと、彼も変わらないと悟った。

 どうして、何故、なんで、何もかも分からなかった。――ただ、自分の命に価値はなかったのだと、殺されるのだと玲人は絶望した。


 と、ふわりと鼻先で花の香りがした。何か温かいものが、玲人の前に立ち塞がっている。


「弥……子」


 彼女はまっすぐに要を見ていた。


「弥子、上の判断はすでに出ている。どけ」


 要の口調は機械のようで、しかし僅かな苛立ちがあった。

 だが、弥子はひるまなかった。その背は華奢だが真っすぐで、泣きたいぐらいに頼もしい。しかし、その背に縋ることも思いつかず、玲人はただその背を呆然と見つめていた。


「二ノ倉君は切り札になるよ」


 予想外の切り返しだったのか、要の銃口がわずかにぶれた。


「……なんのだ」

「私への」


 それはあまりにも予想外で、悠ですら呆然と彼女を見ていた。


「現状私を殺すことは不可能、人は狂気に汚染される。あなたたちに私は殺せない。でも、彼は違う」


 高慢な神のようなことを、驚くほど普通の少女のように彼女は続ける。どんな顔をしているのか、玲人からはその背以外に見ることはできない。だが、あの穏やかな笑顔を浮かべている気配がした。


「現象である彼は私への銀の弾丸となりうる、現状唯一の意志ある存在だ――こんな人材、そう出てこないと思うよ」


 何の反論も起きなかった。ただ、永遠のような沈黙がその場に続いた。自分の心臓の音だけが、はっきりと玲人にも聞こえた。

 やがて、銃口は降ろされた。


「……一考の余地はある。掛け合ってみるか」


 張り詰めたような空気の重みがなくなり、どっと体から力が抜けた。要は何事もなかったように携帯を取り出すと外に出ていく。

 ほっとすると足が震えていたことに初めて玲人は気が付いた。


「二ノ倉君」


 弥子が振り返る。変わらない、温かな笑顔がそこにあった。


「ごめんね、こうなった以上君が生き残るには一つしかない。私を殺しうる切り札だと証明し、肯定される力が必要だ」

「殺しうるって」


 弥子が何を言っているのか、理解できなかった。だが、彼女はなんでもないようにほほ笑んでいる。


「まあ、一流の才能は必須だし、私はチート過多だから、そう上手くはいかないけどね。でも、きっと余裕はできる――生き残る道はあるよ」


 その生き残る先に何があるのか、彼女は分かっているのだろうか。

あまりに無茶苦茶で残酷な内容に、玲人は泣きたいような、否定をしたいような、悔しいような、怒りたいような――そんな滅茶苦茶な気持ちになった。

 何と彼女に返せばいいのか分からず、結局一言だけ問いかけた。


「どうして」


 弥子は答えない。ただ困ったような微笑がそこにある。その微笑に怒りが抑えきれなかった。


「なんでお前は笑っているんだよ! 違うだろ、お前はそれでいいのかよ! おかしいだろ、お前は今、俺にお前を殺せって言ったんだぞ!」


 救われたことは分かっている。それでも抑えられなかった。納得がいかなかった、そんな顔を彼女にしてほしくなかった。


「うん、そうだね――でも死んでほしくなかったんだ」


 それでも、彼女は穏やかな微笑を玲人に向け続ける。怒りも慈悲も悲壮さも何もない笑顔だった。

 邪神となった少女が本当は何を思っているのか、玲人には分からなかった。かける言葉が今度こそ分からなかった。


「……確認が取れた」


 いつの間にか、要がその場に戻ってきていた。


「今後を考えれば無視できない可能性として承認された。坊主、覚悟はいいな?」


 裁定は延命だった。救われた、だが一方で背負わされたものの重さが、喜ぶ気持ちになんてさせてくれなかった。死という直近の絶望が、これからという未来の絶望にすり替わっただけだった。


「……ああ」


 死にたくなかった。銃口が恐ろしかった、人間じゃないと指をさされることよりも、生々しい死が恐ろしかった。

 納得できるわけではない、こんなのはおかしいと全身で分かっている。それでも――死を受け入れることは違う。彼にはその勇気がなくて、されど生を選ぶ勇気があった。


「ああ、いいぜ、やってやるよ」


 何をなのかは玲人自身、しっかりとは見えていなかった。それでも手負いの獣が吠えるように、要を鋭く見やった。

 弥子は何も言わなかった。悠は強張った顔で、ギリギリのところで生き延びた同級生のにらみつけるように答える横顔を見ていた。


 結局のところ、これは不幸のジェットコースターでもなんでもない。格好つけるなら宿命で、どうしようもないただの必然だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

バッドステップ! 石崎 @1192296

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ