第22話 あとのこと
あれから二日経った。
本部からの迎えの魔導列車に乗せられ、今は帰途の最中である。
私は、《鉄尾》を牽引している後部デッキに立ち、ぼんやりと風に吹かれていた。
「……《鉄尾》、ごめんね。ぐちゃぐちゃにしちゃって」
《なんの、特S級任務が果たせたことに比べれば大したことではありません。むしろ感謝しているのですよ。私を十全に使ってもらえて》
半壊しながらもそう答える声は誇らしげだ。此度の《鉄尾》と《アンソニー》の活躍には名誉魔導列車賞の授与が決まっている。数十年ぶりの快挙だった。
「……そっか、ありがとう《鉄尾》」
私は力なく笑った。《鉄尾》は目ざとくつついてきた。
《……元気がないですね。そういえば、榛名防衛部部長のお見舞いにはいけたのですか?》
「う゛っ」
実はまだお姉さまの起きているときに会いに行けてない。見たのは寝顔ばかりである。
今回の事件で入院した人は極わずかだった。
腸内細菌に操られていた生徒たちは無事正気に戻り、全員メディカルチェックで異常なし。
一方で、お姉さまは病棟車両に即入院。呪いの細菌は体からすっかり消失したものの、負った怪我が酷すぎた。アンジェラ鉄道長も呪術部員も科学部員も、問答無用で入院。勿論私も。
ただ、私は怪我が比較的軽かったせいもあり、こうして散歩程度のことは許されている。
しかし、やってることといったら、《鉄尾》に愚痴である。情けない。私は手すりにがくっと突っ伏した。
「……お姉さまの傷を見るにつけ、自分の無力さを思い知らされるというか。もっとやりようがあったんじゃないかって思うと、お姉さまを傷つけたことが居たたまれなくて……」
《それで逃げてきたと》
「う゛っ!」
ホントに容赦のない列車である。
《はぁ、逃げても無駄だと思いますけどね。だってあの方は、逃げた者は追うタイプでしょうsh》
《鉄尾》がそこまで言いかけたとき、ドカーンと背後のドアが開いた。
ビクッと肩を跳ねさせると、聞き覚えのある声!
「ほんまそれや! うちから逃げようなんて百年早いわ!」
「お、お姉さま?!」
慌てて振り返ると、そこには松葉杖をついてあちこち包帯だらけのお姉さまが!
……ツカツカと歩み寄り私に飛びついてきた!
「お、お姉さま、お怪我に障ります!」
わたわたして必死に制止するも、お姉さまは私の首筋に顔を埋めてぐりぐりと甘えている。
「固い事言わへんの! うち怪我よりシャル不足で死にそうやったんよ!」
「そんなことで死なんでくださいよ!」
思わずつっこむと、お姉さまは頬を膨らませて私を見上げた。
「だって、シャル全然会いに来んし……。なぁうちが怪我したこと、全然気に病むことやないんやで? それどころか、死を覚悟した時に比べれば、この結果は満点や。全員五体満足で生きとる。これ以上望んだら罰が当たるくらいや」
「で、でも……」
「でももヘチマもない! シャルはうちの自慢の子や。これ以上自分を卑下するんなら、他ならぬうちが許さへんもん。……もう、こんなどこに出しても恥ずかしくない子をどうやったら貶せるんや……わけがわからへん」
ぶつぶつとお姉さまは独りごちた。
またドカーンと背後のドアが開いた。うちの鉄道長が仁王立ちしていた。
「そうだぞ! 真っ先に操られた俺が可哀相になるくらい、よくもやって下さいましたね! 花丸だ、ちくしょうが!」
「褒めてるんですかそれ?!」
「この上なくだ! やったなバーカバーカ」
子供か! と言いたかったが自重した。えらい私!
鉄道長は懐から紙を取り出し、こちらに突きつけた。
「特S級呪いの大地を浄伐した英雄さんに、本部から打診が着ているぞ! 『此度の功績をもって鉄道長に任ず』……返答やいかに!?」
思わぬ打診に私は目を見開いた。
「て、鉄道長って、……《鉄尾》の鉄道長は貴方じゃないですか?」
「当たり前だばーか。俺だって今回の任務には少なからず貢献したからな。これで賭けカードの件は相殺! 鉄道長続行だ!」
「任務に貢献……してましたっけ?」
「《アンソニー》を発見しただろう!」
そうだった、今回の任務は《アンソニー》の発見か呪いの解明までだったのだ。色々あって浄伐までしてしまったが。
いやそれより今は、目の前の問題をどうするかだ。
「お前は多分別の魔導学園列車の鉄道長に就任することになるだろうが。……で、どうするんだ?」
「う、うちはシャルがどんな道を選んでも祝福するよ、多分……」
(多分かー!)
私もお姉さまが名残惜しい。が、自分の道は自分で決めなければ! 私はカッと目を見開いた。
「……すみませんが、お断りさせてください」
ぺこりと頭を下げる。
途端張り切ったのは鉄道長だった。
「よし、よく言った! これからもうちでこき使ってやるからな! 覚悟しろよ!」
ふんすふんすと鼻息荒く言い残して、鉄道長は去っていった。
(あれは、私が断ることを期待してたな……)
「いいの? シャル」
お姉さまがわたしをじっと見つめる。
この目には嘘はつけない。
私は、頷いた。
「今回の事件で、思い知ったんです。私は無力だなぁって……」
「あんな、シャル。何度も言うけど……」
「分かってます。今回の結果はましな方だって。ただ私はもっともっと強くなりたいんです。お姉さまと皆を守れるように。そのためには圧倒的に経験が足りない。皆の命を背負えるほどの覚悟が欲しい。ゾンビ村までの道中『責任は私が背負う!』なんて啖呵切っちゃったけど、あの時の私に本当の意味での覚悟はありませんでしたから」
苦笑いすると、お姉さまは痛々しげな顔をした。
「シャル……」
私はそっと首を振った。だからやるべきことがある。
「だから、まだ私は鉄道長の元で勉強します! お姉さまもご指導ご鞭撻のほど、どうかよろしくお願いします!」
ぺこりと頭を下げる。
頭上からため息が聞こえた。
(あ、呆れられた?)
「違う違う。うちもまだまだやなぁて思って。うちも今回短絡的な行動しすぎたわ。《フローラ》の件じゃ危うく人殺しになるところやったし」
止めてくれてありがとなぁ。二人で一緒に強くなろ。とお姉さまは手を差し出した。
私はその手をぐっと力強く握った。お姉さまも握り返してくれる。
温かい手だった。この温かさに報いようと、今回ただひたすらに足掻いたが、少しは応えられただろうか。
ちらりと見上げると、お姉さまの優しい笑顔。……答えはもう、これだけで充分だった。
「っと、お姉さま、お部屋に戻りましょう? 怪我の治りが遅くなりますから」
「ふふ、そやな。はよう治して、シャルのことビシビシ鍛えんと。な、肩貸してな」
「肩と言わず、抱えていきますよ。お姉さまの松葉杖の使い方は危なっかしいですからね」
「そんな冗談。うちはそんなに不器用やないわ」
「ふふふ、さぁ、それはどうでしょうかね」
私たちは、軽やかに言い合いながら後部デッキを後にする。
ドアが閉まる前にふと振り返ると、《鉄尾》が訳知り顔に言う。
《まぁ、これにて一件落着ってことですね。お二人ともお幸せに》
私は呆気にとられた後、くすくすと笑った。
「ありがとう」
爽やかな風が吹き入り、それはそれはいい日だった。
魔導学園列車と特S級呪いの大地 北斗 @usaban
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます