第21話 死闘
やはり待ち伏せられていた!
背に乗った人間に強化魔法をかけられ、最高速度の機関車に軽々と追いつく翼竜の群れが、ひっきりなしに襲ってくる。
私は翼竜たちの血脂を纏わせた機関車で、彼らの間を縫うように必死に運転していた。
「ま、魔法陣の始点を発見! ここからアンジェラ鉄道長たちの班に向かって魔法陣を描いていきます。……お姉さま生きてますか?!」
屋根に向かって叫ぶ。
「か、辛うじて。そんなに、何回も、聞かなくて、え、えんよ。生きとる、から」
見えないが、ははっと笑う声に血あぶくが混じっている気がする。なのに私は助けに行けない。悔しくて唇を噛み締める。いや、信じると決めたはずだ。
防御結界などビリビリに切り裂かれ、もはや用をなしていない。屋根も鋭い鉤爪で攻撃されたせいで所々穴が空いている。魔力炉だけが、こんな絶体絶命にも負けじと赤々と燃えている。
ああ、お姉さまの消耗が心配だ。翼竜たちを引き離すことに成功すれば、お姉さまを少しは休ませてあげられるのに。なにか、なにかないか。
急いで視線を運転席周辺に視線を走らせると、一つのレコーダーが目についた。
(そうだ、確か……)
急いで、車外放送のマイクにレコーダーを近づける。再生ボタンを押す。
――一瞬の沈黙後、後部車両から轟音が響いた。驚いて翼竜たちが舞い上がる。
……何十倍に増幅されたシンバルと大太鼓の音である。音楽部の音響魔法、その録音だ。
「シャル――、今のは!?」
お姉さまが耳を抑えながら、破れた天井からこちらを覗き込む。
「音響魔法の録音です。今のうちに休憩してください」
「……助かったわ。うちはもう」
そう言いかけて、お姉さまはどさりと車内に落ちてきた。
「!? お姉さま!」
力なく床に倒れるボロボロのお姉さま。着ている制服はあちこち焼け焦げ、血に汚れていた。体中傷だらけの血まみれだ。
そしてそのお腹には、――薄く赤い紋様が浮かんでいた!
「こ、これ!」
「なぁ、シャル。うちの、こと、置い、て行って。操られるギリ、ギリまで、足止めするさかい」
「嫌です! ずっと傍にいるって言ったでしょう?」
お姉さまを抱き上げてお腹を合わせる。
(《腸内フローラ》、転送――!)
しかし――、赤い紋様は健在だった。
「なんで、術は成功したはずなのに!」
「シャルの、お腹も呪いの、細菌に浸食され、てるんかも、しれん。……そや、シャルの呪いの細菌、全部うちに移してぇな。そしたら、シャルは乗っ取られることはあらへんから」
穏やかな顔で、そんな恐ろしいことを言う。
「止めてください、そんな!」
涙があふれる。
「でもこれが一番、任務成功の、可能性が高いん、や。頼む。うちはまだ信じてるさかい。シャルが任務をやり遂げるって……な?」
優しい目だった。……そんな目をされちゃ、もう、何も言えない。
「ああ、ありがとう、シャル……」
お腹を合わせて、私の中の呪いの細菌を全てお姉さまに移した。途端、お姉さまが苦悶して身をよじらせる。私を心配させじとしてか、唇を噛み声を押し殺して。
「お姉さま!」
「わる、い。しゃる。うちのこと、縛ってぇな。シャルの、こと、襲わんとも、限ら、んし」
(っ、――!)
お姉さまの制服のリボンで手首を縛り、私の制服のリボンで足を縛った。
私は涙を拭って、運転席に戻る。
――勝たなきゃ! お姉さまは私に賭けてくれたんだ。私は全力でそれに報いなければならない!
ギギギギと鉄を裂く音が天井から聞こえる。
翼竜が鉤爪で機関車の屋根を持ち上げ、引きはがしている音だ。天井がなくなり、風が吹き込んでくる。
車内の私たちは丸見えだ。魔法が殺到する。それをギリギリのコーナリングで車体を左右に振り、なんとか回避する。
車内に飛び込んできた魔弾が腕に掠る。そこから燃え上がるような痛みが走る。だが、それがどうしたっていうんだ!
頭は恐ろしいほどクリアだ。千里眼は十数キロ先の《アンソニー》を捉えている。《鉄尾》と同じくボロボロで、でもまだ動いている。――生きている!
一心不乱に機関車を走らせる。周りの何もかもがスローに見えてきて、恐ろしいほどだった。
あと、一キロ、あと数百メートル。
車輪のいくつかは外れ、どこかに転がっていった。だけどまだ走れる!
あと数十メートル!
《アンソニー》は目の前だ。ボロボロの鉄道長が驚いた顔で何かを叫んでいる。
私はフルスロットルのまま進路を固定し、お姉さまを抱えこむ。そのまま翅天翼を展開し飛び立った!
ギャギャギャギャ!! とレールから脱輪して《鉄尾》は吹っ飛んだ。最大速度のまま《アンソニー》を避けるにはこの方法しかなかった。
――これで二つの線が繋がった!
魔法陣が完成し、大地が輝く! 立ち昇る光の柱は、まるで荘厳な天のきざはしのようだった。
《アンソニー》を攻撃していた翼竜も《鉄尾》をバラバラにした翼竜も、大地からの光に消し飛ばされるようにして消滅した。
呪いの大地は浄化された!
お姉さまのお腹を見ると、赤い紋様は消えていた。腕の中のお姉さまはただ穏やかに眠っていらっしゃる。
私たちは、呪いに打ち勝ったのだ!
誰もいない空の上で快哉を叫ぶ。
(お姉さま、やり遂げましたよ! お姉さまのおかげです!)
下を見ればボロボロのアンジェラ鉄道長がこちらに向かって手を振っていた。
私はへらりと笑い返すと、地上に向かって降りて行った。
疲労と幸福感が私の胸を満たしていた。
力が抜けてカクンと大地に倒れ込む。
こちらに慌てたように向かってくる三人の姿だけが、私が見た最後の光景だった。
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