エピローグ

変わりそうで変わらない日常

「そうでしたか。結果はそうなったんですね」


「なんか論文の結論を聞いてるみたいな反応ね」


 あいかわらず榊原さんはわたしの膝の上に座っている。ことの顛末てんまつを聞きながら、ハムスターハウスのカフェオレを小さな手で口に運んでいる。


「結局伊織ちゃんの勝ちかぁ」


「付き合いの長さが勝負の分け目じゃったかのう」


「あなたたちももうちょっと祝福する気にはならないの?」


 黒羽根さんと蛇ノ塚さんもコーヒーを飲みながら、それぞれ反省している。


「なんかごめんね」


「千尋が謝ることじゃないわ」


 せっかくのおいしいコーヒーなのにこれじゃ落ち着いて飲めないわ。


「おかげさまで繁盛してくれてありがたいことです」


 マスターはニコニコしながらカップを洗っている。喜んでいるならいいけど、学生がこんなにいたんじゃお店の雰囲気が壊れちゃわないかしら。ちょっと心配だわ。


「それにしても僕以外はみんな知ってたんだね」


「そりゃそうでしょ。千尋に言ったら何の意味もなくなるじゃない」


「だって僕だけ仲間外れみたいじゃない」


 まったくわがままなんだから。千尋に言ったらそれはもう告白じゃない。実際にされたらパンクして固まっちゃうに決まってるのに。


「でもさ、伊織はわかるけど、薫と七緒はなんで女の子の僕に告白したの?」


「え?」


「ん?」


 同時に固まった。何言ってるんだろう、という顔で千尋の顔を見る。千尋はよくわからないという顔で周囲を見回した。


「もしかして知らなかったの?」


「え、何を?」


 この顔の千尋は本気だ。本気で知らなかったんだわ。今までのことを思い出してみる。そう言えば二人と会ったときはもう一人の千尋が出てきてたのよね。


 今考えるともう一人の千尋がわたし以外の女装男子に振り向かないように妨害したのかもしれない。その考えはちょっと都合がよすぎるかしら。


「うちは男じゃ。ちょっと事情があってな」


「私もね。いろいろあって。伊織ちゃんと違って秘密にしてね」


「へぇ、二人とも全然そうは見えないねー」


 感心したように千尋は二人の顔とわたし、それから榊原さんと見る。榊原さんは別に隠してなかったから知ってるのよね。


「元々は男の子だったんだから見ればわかるんじゃないの?」


 そういうわたしもすぐには気付かなかったんだけど。


「そんなことないよ。二人ともかわいいし」


「そういうことすぐに言わないの」


 なんでそういうことは臆せず言えるのかしらね。千尋は興味深そうに蛇ノ塚さんと黒羽根さんの手や肩なんかを触って確かめている。


「一人の相手に心を決めたら他の人間に手を出したらいかんぞ」


「数日前に告白した人間のセリフとは思えないわね」


「そのときはフリーだったじゃろ。うちは嘘はついとらん」


 ある意味浮気しないでくれると思うと安心できるのかしら。一度愛した相手は最後までっていう仁義はこれからも教えてもらっておいた方がいいかもね。


「二人が付き合うっていうなら、放課後の部活も考えないとね。毎日私たちが一緒じゃ息が詰まるよね」


「そんなこと気にしなくていいわ。わたしだって仕事でいつも一緒ってわけにはいかないし」


 こうして周りに気を遣われるとなんだかむずがゆくなってくるわ。特に今までと変わるつもりはないのに、何か特別なことをしなくちゃいけないような気分になってくる。


「ん~、じゃあデートとか行かないとダメかな?」


「別にいいのよ。このままでも」


 今までと別に変わる必要なんてない。これまでもずっと一緒にいればそれでいいはずなのに。なんでこんなにこそばゆい気持ちになるんだろう。


「うーん。よし、わかった!」


 一人で勝手に納得して千尋は急に立ち上がる。こういうときの千尋はあんまりいいことを考えてない。


「一応聞いてあげるわ。何を思いついたの?」


「決めた。僕、これからカッコいい女の子になる!」


「また変なところに着地したわね」


 男の子に戻る必要もなくなったんだから、別にかっこよくなる必要もなくなったはずなんだけどね。千尋は立ち上がったままわたしの手をとると、さらに高らかに宣言した。


「伊織が連れまわしたくなるようなカッコいい女の子になって、もっともっといろんなところで思い出を作ろう。この間海には行ったから、今度は山?」


「アウトドアな方向ね」


 蚊に刺されるから夏の山はあんまり好みじゃないわ。そういう問題じゃないことはわかってる。でも今の千尋を止めるのは簡単じゃない。


「じゃあさじゃあさ。カッコよくなるにはトレーニングは必要だよね」


 千尋に続いて黒羽根さんも立ち上がる。あーあ、黒羽根さんの熱血に火がついちゃった。明日のトレーニングはいっそう厳しくなりそうね。


「烏丸高校筋肉部の活動はまだまだ終わらないよ」


「そうじゃな。カッコよさなら任侠を置いて他にはないけんのう」


「ちょっとちょっと。話を勝手に進めないでよ」


 放課後毎日拘束してたら本末転倒じゃない。


「じゃあこれからもみんなでがんばろう!」


 すっかり話がまとまってしまっている。わたしの意見はどうやら聞いてもらえないみたい。


「じゃあさっそく今日から再開しようよ! あ、そうだ。この間みんなでお揃いのジャージ買ったんだ。これで新生筋肉部の始まりだよ」


 お店を飛び出していった黒羽根さんに続いて千尋も出ていく。あーあ、やっぱりあの二人はこの喫茶店の雰囲気にちょっと合わないわね。


「それじゃ私たちも行きましょうか」


 榊原さんを下ろして立ち上がる。まだちょっぴり物足りないという顔の榊原さんはわたしを見上げている。


「一緒に走る?」


「遠慮しておきます。もう一杯いただいてから帰ります」


「うちも、とはいかんじゃろうな」


 コーヒーの香りに包まれながら、少しも変わらない日常にわたしの顔は微笑みを浮かべていた。

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女装男子とTS娘の恋愛はホモに含まれますか? 神坂 理樹人 @rikito_kohsaka

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