建国記念日
外山康平@紅蓮
本編
無限に広がる恒河沙の星々は地球を淡い光で包み、壮麗なる銀河の大パノラマは生命の恵みをたたえるようだ。
地球周回軌道をスペースシャトルが進む。海と雲が織り成す白銀の反射光がシャトルを照らし上げる。シャトルの翼には星条旗が刻まれ、世界一の軍事大国の権威と技術力を象徴するものだ。
『こちらアメリカ合衆国、スペースシャトルエンタープライズ。円盤は地球に接近している。月軌道での突然の出現から、空間跳躍技術を有していると思われる。これより大統領の命令に従いエイリアンとコンタクトをとる』
宇宙飛行士たちの眼前には巨大な円盤が構える。金色に輝くそれは幻想的であり、人を誘惑する魔性と言うべき何かがあった。エンタープライズからの報告によれば直径六キロメートルと言う。
『未知との遭遇ってやつだ。気合を入れろ』
地球外生命体襲来の一報はホワイトハウスにももたらされ、アメリカ合衆国大統領ロナルド・J・ジョーカーの耳にも入っている。強権的なジョーカーはこの事態に自ら指揮を執ることを望んだ。
ホワイトハウス地下に設けられた本部にて、ジョーカーは管制官からマイクをあてがわれ、国家元首の威厳を醸しながら着席する。
『こちらジョーカーだ。エリア51とリンクし、全チャンネルでエイリアンとのコミュニケーションを図れ』
宇宙研究機関のコンピューターに接続し、エンタープライズが一通りの電波を送信した、その時だった!
円盤が閃光を放ち、急速に転進する。
『こちらエンタープライズ! エイリアンに動きあり! 本体から複数の子機を分離、まずい! エンタープライズにも接近します!』
エンタープライズの急報を受け、管制官らがざわめく。
『熱源多数! これらは円盤から分離された飛翔体と思われます!』
爆発音と共に乗組員が叫ぶ。エンタープライズ機内は阿鼻叫喚の地獄絵図だ。
『畜生! 奴ら撃ってきやがった! 直撃だ! 左翼が溶解、機内の気圧が低下してる! 空気が吸い出される!』
『息ができないっ!』
『大統領閣下、すぐに迎撃を! こいつらはインベーダーです、地球を侵──』
『どうした!? エンタープライズ応答せよ、応答せよ!』
音声はそれきりだった。応答を呼び掛けるが、二度目の爆発音の直後、エンタープライズからの一切の反応が途絶えた。管制官がジョーカーを見上げ、首を振る。
この瞬間、地球外生命体とのファーストコンタクトに臨んだ乗組員の尊い命が宇宙の塵芥となったのだ。
『大統領閣下! 円盤から分離された飛翔体は散開し、世界各地に向かいます!』
「……何だと!? マルヂネス国防長官、この状況をどう見る?」
「電波交信が裏目に出ましたな。エイリアンに情報を与えてしまいました。明らかに敵対する意図を持った侵略行為です」
元海兵隊大将である叩き上げの国防長官が大統領に意見した。
「国連安保理緊急会合を要請する! 今の議長国は日本だな。プライムミニスタータイゾウと協議する。呼び出せ」
日本国との電話首脳会談を大統領が命じるが、首席補佐官が進言する。
「閣下、日本では今衆議院予算委員会が開かれています。しばしお待ちを」
ジョーカーは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
* *
【 国 会 中 継 】
【 衆議院予算委員会 ~衆議院第一委員会室より中継~ 】
公共放送のテレビ画面にテロップが表示され、アナウンサーが淡々と解説する。
『衆議院予算委員会です。本日は物部泰三内閣総理大臣、青梅一郎財務大臣を含む関係閣僚が出席しての集中審議となります』
予算委員会委員長がレジメをめくる。
『続きまして労働党の質疑に入ります。保守党の質疑時間の範囲内でこれを許します』
予算委員会には羽賀信義内閣官房長官と荒垣健防衛大臣を除くほとんどの閣僚が出席していた。要人が一ヶ所に集まることは危機管理上好ましいとは言えないが……
「事務方が騒がしいな」
ちらと官僚席を見やり、物部がぼやいた。
質問に立つ議員が口を開いたところで、官僚が物部に耳打ちする。
「……えっ!!? 地球外生命体!?」
「総理、お車を手配いたします。こちらへ」
「物部総理! 逃げるのか!? 立法府を何と心得ているのか」
腰を浮かした物部だったが、苦々しい表情で座り直す。彼は政策ではタカ派であり、出自も豪族に連なる系譜であるが、肝心なところで押しが弱い。
「総理! 円盤が迫っています。お早く!」
「そうしたいのは山々なんだが、この議員しつこくて」
悲しいかな、日本国は議院内閣制である。国務大臣は国会で答弁しなければならない。
「総理、今地球外生命体とのことだが、そんなホラ話が国会で通用するとお考えか!?」
口を歪ませ、物部が挙手する。
「委員長」
「物部内閣総理大臣」
「これはまさに、まさにですね、地球外生命体の襲来。我が国の安全を脅かす武力攻撃事態であります。いわば私はシビリアンコントロールにおける自衛隊の最高指揮官でありますから、国民の生命、財産を守るため首相官邸内閣危機管理センターで対応にあたる所存です。……ちょっと野党の皆さん、野次がうるさいですよ」
物部氏は神話にも記され、軍事面で天皇を補佐する一族であった。
「寝言を言うな総理! 労働党はでたらめな答弁を行う保守党物部政権に対し内閣不信任決議案を提出させていただく!」
「静粛に! 静粛に願います!」
委員長が諌めるが、与野党の理事が委員長席に詰め寄り協議を始めた。
喧騒の中、痺れを切らした保守党理事が委員長に告げる。
「! ただいま理事から動議が提出されました。異例ではありますが、地球外生命体の襲来により当予算委員会の進行が難しくなりました。内閣総理大臣を含む全国務大臣及び関係各省庁職員の退席を許すことに異議ありませんか?」
なし! と保守党議員や改新党議員が委員長に返す。
近年、政界は再編され、保守党と労働党の二大政党制となっている。改新党も加わり、三つ巴となる日も近い。
「異議なしと認めます。よって本日の衆議院予算委員会は散会とします」
幕引きはやや強引ではあったが、宣言を受け、皆が席を立つ。
「内閣官房長官に緊急記者会見をお願いします。私は危機管理センターにて対応にあたります。センターに電話首脳会談を設けてください」
「かしこまりました総理」
「それから、荒垣防衛大臣には引き続き市ヶ谷で自衛隊の指揮を」
中継のカメラが引き、アナウンサーが解説する。
『国会中継を変更しまして、引き続き地球外生命体関連の情報をお伝えします』
公共放送の画面を青色の枠が囲み、白字で最新情報を伝える。
【 天皇皇后両陛下は地下シェルターに避難。 宮内庁 】
【 航空自衛隊スクランブル発進。地対空ミサイルを市ヶ谷に配備。 防衛省 】
【 災害用伝言ダイヤルを開設。 #171 】
【 峯坂建設ほか災害時協定を結ぶ政府指定企業、現地対策本部を設置。 】
『公共交通機関に深刻な影響が出ています。羽田空港、成田空港を離発着する全ての便が空中待機、あるいは離陸を見合わせています。首都圏を走る鉄道は相次いで運転見合わせを決めました』
画面が新宿駅を映す。駅構内から群衆があふれていた。
『こちら新宿駅です。中央線、山手線、総武線が相次いで運転見合わせとなり、人々はバスに長蛇の列をなしています』
突如画面が漆黒に変わり、明朝体の白字で警告文が表示される。
『速報です! Jアラートが発令されました! 全国瞬時警報システムにより、日本国政府から自治体を通じて国民保護に関する情報が送信されました。該当区域の方は不要不急の外出は避け、地下、あるいは頑丈な建物に避難してください』
【 国民保護に関する情報 】
【 武力攻撃事態。武力攻撃事態。地球外生命体による大規模攻撃の可能性があります。 】
【 対象地域: 東京都 千葉県 神奈川県 】
* *
首相官邸一階記者会見場には報道各社が詰めかけ、取材に躍起になっていた。だが肝心の情報が錯綜している。
混乱は黒船来航の比ではない。
分厚いファイルを携えた羽賀内閣官房長官が登壇し、記者に一礼する。
『本日午前、直径六キロメートルの円盤がワープにて太陽系に到達。コンタクトを試みたアメリカ合衆国に対し、地球外生命体は先制攻撃という暴挙に出ました。直後、円盤から飛翔体が分離し世界各地に侵攻、我が国の領空領海を侵し、今もなお関東地方に接近しています。これらの地球外生命体による暴挙は、明らかに我が国と世界に対する侵略であり断じて容認できません! アメリカ合衆国の立場を支持すると同時に、地球外生命体を最も強い言葉で非難します!』
「日本国政府らしからぬ強気の態度だな…….」
ゼネコン取締役社長であり、財界にも発言力を持つ峯坂篤は執務室にて号外を片手にぼやいた。
「投資家の思惑から円安も続くし、株価も不安定ですね……」
娘であり専務取締役の峯坂優衣がパソコン片手に呟く。眼鏡がモニターの光を反射する。素朴だがどこか愛らしい女性だ。
篤は眉間に皺を寄せ目を瞑っていたが、秘書を呼びつける。
「当然今夜の青梅財務大臣との会食はキャンセルだ。円盤襲来に社員も不安がってるだろう。希望者は家に帰した方がいい」
「かしこまりました」
「それから優衣。有志を集めて首都での円盤対策にあたってくれ。現地対策本部での連絡役は任せる。……荒垣大臣のそばに行ってやれ」
峯坂建設は内閣府中央防災会議と協定を結んでおり非常時にはインフラの保全のため動員される。
恋人に対し気を利かせた父に優衣は頬を赤らめた。
「了解です」
彼女は国土交通省に勤めていた元キャリア官僚である。昨年、三十を目前に父親の会社に役員待遇で再就職し、次代の経営者と目されている。
羽賀の会見は続く……
『内閣総理大臣からは、情報収集に全力を挙げ国民に正確な情報を提供すること。国土交通省を通じ付近を航行中の船舶や航空機に避難を命じること。自衛隊、警察、消防、海上保安庁など関係機関による万全の態勢を取ること。この三点について指示がありました。官邸においてはこの事案を武力攻撃事態と認定。内閣危機管理監を室長とする官邸対策室を設置しま──』
直後、公共放送、民放で唐突に中継が途絶えた。
渋谷スクランブル交差点では円盤の襲来に若者らが騒いでいたが、映像が途切れ皆戸惑う。SF映画の地球外生命体に仮装する者らが中心となっていたその騒乱は「ええじゃないか」なる社会現象を連想させるものであったが、一気に群衆が静まり返った。
「え? 停電? 故障?」
「やばいって! 地球外生命体の通信封鎖だよ! 侵略だよ侵略!」
「そんな訳ないだろ。映画の見すぎだ」
軍事に詳しい者は短文投稿型SNSや無料通話アプリで呼びかけたが、一般人には一笑に付されるだけだった。
だがそうではない者もいた。
【 通信封鎖については仰る通りです。防衛省で対応、調査させます。 】
その短文投稿型SNSのアカウント名は──『荒垣建』であった。
* *
東京上空に円盤が滞空する。母船から分離された小型の円盤ではあるものの、皇居前広場に影を落としていた。
このまま日本は、地球外生命体に蹂躙されるのか……
だが絶望の中にあっても、彼らは決して諦めない。
轟音と共に回転翼のブレードが大気を切り裂く。迷彩色の戦闘ヘリコプター四機編隊は果敢にも円盤の正面に躍り出て、国民を守らんとする自衛隊の矜持を見せる。
『ストライカー1より司令部、作戦展開区域に到達。威力偵察準備完了。送れ』
『追って命令あるまで敵を観測せよ。送れ』
『了解』
陸上自衛隊戦闘ヘリコプターによる威力偵察は、防衛省地下中央指揮所でもモニターされていた。
『皇居前広場に滞空する敵円盤子機は直径約百二十メートル。寸法は母船と同一の模様』
荒垣健防衛大臣が推移を見守る。四十二歳と政治家にしては年若い彼は防衛省情報本部の出身であり、決断力にあふれた男だ。
「東城統合幕僚副長、官邸の様子は?」
「ようやく国会対応が終わり、現在は武力攻撃事態対処法における国家安全保障会議と関係閣僚会議が開かれています」
東城に文書が手渡される。
「! ……官邸に待機していた統合幕僚長を通じ、内閣総理大臣からの命令を確認しました!」
「読み上げてくれ」
「はい……『地球外生命体の襲来は前例がなく、想定し得ない事案ではある。しかしながら国民の生命財産を脅かすことは明らかだ。アメリカ合衆国大統領と協議の上、異例ではあるが自衛隊法第八十二条第三項の規定により地球外生命体の円盤を弾道ミサイル等(弾道ミサイルその他その落下により人命又は財産に対する重大な被害が生じると認められる物体であって航空機以外のものを言う)とみなし、内閣総理大臣より防衛大臣に円盤の破壊措置命令を下す』……以上です」
東城は朗々と命令書を読み上げた。
弾道ミサイル「等」としたのがミソだ。宇宙から飛来する危険物には違いない、という日本国政府の公式見解であり、実際先ほどの内閣官房長官緊急記者会見やJアラートでも弾道ミサイルが飛来した場合のオペレーションを応用している。とかく法律、政治はまどろっこしい。
「了解した。東城統幕副長。航空総隊司令官を指揮官とする統合任務部隊を編成。陸上自衛隊、海上自衛隊の部隊を組み込み、三自衛隊の統合運用により円盤に対処せよ」
統合任務部隊とは、陸海空自衛隊を一本化した運用方式である。陸海空いずれかの司令官が指揮官と定められ、垣根を越えて戦力が提供される。
陸上幕僚長、そして海上幕僚長と頷き、東城が防衛大臣の補佐を始めた。
「横田基地の統合任務部隊指揮官より連絡。すでに航空自衛隊F15戦闘機が緊急発進しております」
画面が切り替わり、関東甲信越の地形が表示される。
『航空自衛隊より第二波迎撃部隊上がりました! 百里基地よりメサイアフライト、横田基地よりジークフリードフライト発進。会敵予想時刻、メサイア十二時四分、ジークフリード同十二分』
基地と円盤を結ぶ飛行ルートが緑線で示される。
「了解した。絶対にこちらからは仕掛けるな。武器の使用は対領空侵犯措置の規定を準用する」
本職だけあって荒垣は要領が良い。彼の所属していた防衛省情報本部は、言うなれば防衛省のスパイ機関である。
荒垣は日本国のために身を粉にして働く決意であったが、一役人としての限界を感じ政界に転身。保守党勢力にも労働党勢力にも寄らない『改新党』を盟友と共に結党し、防衛大臣としての入閣を要請された。まさしく停滞する政界に現れた新星である。
『こちら統合任務部隊司令部! 円盤が光線を放った!』
「何!?」
『メサイア2が撃墜されました!』
正面スクリーンが空撮映像に切り替わる。
金の円盤が光を放ったかと思うと、映像にノイズが走った。
『同時に、円盤のシールド展開をメサイアフライトが確認! 千代田区一帯に近寄れません!』
オーロラのごとく光の幕が皇居周辺を覆い隠していた。
荒垣が色を失い、椅子に座り込む。
「天皇皇后両陛下、内閣総理大臣、衆参正副議長、最高裁判所長官……要人が皆人質にとられた……!」
「統幕副長! 攻撃するなら敵がシールドを完成させる前の今しかありません!」
「いや、人質に何をされるか分かったもんじゃない! 撤退だ!」
意見が割れる。荒垣は防衛大臣としての職責に押し潰されそうだ。
泣きっ面に蜂。事態はさらに悪化する。
『敵円盤、下部から円柱状の物体を突き出しました。地表をえぐり……円盤が皇居前広場を掘削しています!』
「連中は地質調査でもするつもりか」
「統幕副長の仰る通り。これが連中の狙いだろう。シールドを展開して各国首脳を人質に取りながら、ボーリング調査で地球の資源を調べている。……なめた真似しやがって」
言うまでもなく、人類の歴史においても資源を巡り多くの国家が戦乱を繰り広げてきた。
『ストライカー1より第四対戦車ヘリコプター隊司令部へ。射撃の可否を問う!』
『第四対戦車ヘリコプター隊司令部より東部方面総監部へ。射撃の可否を問う!』
『東部方面総監部より統合任務部隊司令部へ。射撃の可否を問う!』
『統合任務部隊司令部より中央指揮所へ。射撃の可否を問う!』
現場から上層部へ攻撃の可否が問われた。現場レベルでは判断できず、たらい回しとなる。
東城は目線で荒垣に判断を求める。東城は荒垣よりひと回り年上であり百戦錬磨の猛将であるが、文民である防衛大臣の命令は絶対だ。
「待て! ……中止だ……」
荒垣の言葉に皆が振り向く。彼は拳を震わせていた。
「攻撃中止! 態勢を立て直すぞ!」
苦渋の決断であった。
悔しいのだ。守るべき人を人質に取られ、手が出せない。意見こそ違うが、根底にある志は同じ。この場にいるのは皆国民を守るため志願した誇り高き者だ。
『……了解。ストライカー隊、ファルコン隊、退却せよ!』
* *
隔絶された中央官庁街、その首相官邸地下内閣危機管理センターでは物部が中心となり、この未曾有の事態の対応を協議していた。
「総理、円盤のシールドにより電話、インターネット、人工衛星とあらゆる電波通信が阻害されています」
「電波が遮断される直前、ホワイトハウスから緊急連絡がありました。ロサンゼルス、ニューヨーク、モスクワ、エジプト、シドニー、リオデジャネイロ、北京、世界各地に円盤の子機が侵攻したとのことです」
内閣情報通信政策監と内閣危機管理監が報告した。
「総理、今動ける閣僚は荒垣先生だけですぜ。敵の科学技術はよく分からんが要は俺たちは閉じ込められたってことだろ? 書類上、先生を内閣総理大臣臨時代理に指定し、権限を認めてやるしかねえんじゃねえか?」
青梅がべらんめえ口調で物部に提案する。
彼は老齢だがその柔軟な発想と思考はいまだ若者にも負けず、日本の未来を信じて疑わないベテランの政治家である。
「それしかないようですね。防衛省中央指揮所と連絡は取れますか?」
「直通電話が一本だけです。しかし、敵に探知される可能性があります」
「やるしかないでしょう。私たち政府が恐れていては何も始まりませんよ。……私が直談判しましょう」
* *
「荒垣です。……総理!? ……かしこまりました」
荒垣は受話器を置いた。傍らの国会議員が威儀を正す。
「たった今閣議決定された。……内閣総理大臣臨時代理に俺を指名。東京をすみやかに奪還せよとのことだ。直後に音声が途切れてしまったが……立花、お前には内閣官房長官を任せたい」
立花なる国会議員が頷いた。眼鏡が光り理知的な風貌だ。
「承った」
立花保治は改新党代表であり、結党に携わった荒垣の盟友である。防衛官僚出身の荒垣とは違い商社出身の世襲議員だが、よき相棒だ。
ふたりは不敵な笑みをこぼし、軽く拳をぶつける。
「それから、東城統幕副長には明朝までに米軍と交渉し、反撃作戦を立案していただきたい」
「了解しました! ……作戦名は『ヤタガラス作戦』としましょう」
「なるほど。神武天皇の東征にあやかるとしますか」
東城は闘志をみなぎらせた。猛将の本領発揮だ。
「総理。駐日米国大使と在日米軍司令官がお見えです」
日本国はアメリカ合衆国の言いなりである。このタイミングでの訪問は明らかに地球外生命体対処において米軍が主導権を握るための布石だ。防衛省情報本部出身の荒垣は直感し、席を立った。
「わかった。横暴な米軍のことだ。核を使いかねない」
「俺も行こう。アメリカ流の権謀術数には慣れている」
* *
……日付は変わり、二月十一日。奇しくも平成最後の建国記念日である。
統合任務部隊司令部の置かれる航空自衛隊横田基地滑走路には陸海空自衛官が整列し、指揮官の到着を待っていた。峯坂建設を始めとする民間企業幹部も並ぶ。
報道各社も詰めかけ、カメラが列を敷く。荒垣が秘書を通じ呼びかけたものだ。同時に自身の短文投稿型SNSにも書き込んでいる。彼曰く、情報は武器なのだ。
「敬礼!」
ヤタガラス作戦統合任務部隊指揮官である航空総隊司令官が登壇する。彼が演説をするかと思われたが、後ろを振り向く。
一人の男が勇ましく登壇してきた。赤字で『防衛省』と刻まれたジャケットを羽織る彼は……荒垣健内閣総理大臣臨時代理だ!
貴賓の登場に直立不動となり緊張する自衛官に、荒垣は司令官を通じて楽にするよう告げる。皆のざわめきが収まったところでマイクを取った。
『これから陸海空自衛官諸君は、地球外生命体に対し全世界同時反撃作戦『ヤタガラス作戦』を開始する。今日は奇しくも建国記念日だ。我々は再び日本のために戦う。生き残る権利を懸けて戦おう』
隊員が荒垣の熱弁に呑まれていく。
荒垣がSNSまで使って呼びかけたのは、この果てしなく高い困難を共に乗り越える勇気を人々と分かち合うためだ。
『今日は単なる日本国の祝日ではなく、人類が断固たる決意を示した記念日となるだろう! 地球外生命体に思い知らせてやろう! 我々人類は決して侵略を甘んじて受け入れないと! 首都を奪還し、我々の建国記念日を祝おう!』
「うおおおおおおっ!」
歓声が大地を揺るがす。自衛官が目を輝かせ、心からの敬礼を送った。事務官らは万雷の拍手を送る。報道各社までもが圧倒されていた。
演壇から降りた荒垣を航空総隊司令官が待っていた。
「荒垣総理、出撃準備は整っています。こちらへ。パイロットスーツはロッカーに入っています。説明は機内にて」
「総理。本気で出撃なさるおつもりですか」
ネクタイをほどく荒垣に、東城統合幕僚副長が問いかける。
「全世界同時反撃作戦には政治レベルでの判断が必要な場面があるかもしれません。私が陣頭指揮を執ります」
荒垣はふたりきりになると武人としての東城を敬い敬語で接する。その東城ですら荒垣の意志におののいた。勇敢か、ただの無謀か東城には判りかねた。
彼らのもとへ女性が駆け寄る。
「大臣!」
「優衣か!」
ヤタガラス作戦の民間企業統括責任者である峯坂優衣であった。
敬礼する優衣の頭を、荒垣は優しく撫でてやる。彼は口角を上げ、空中管制機に乗り込んだ。
* *
朝焼けが海原と大地を照らし、雲を染め上げる。雲海に数十もの鋼鉄の天使たちが羽ばたく様子は壮観であり、その光景は北欧神話のワルキューレのようだ。
『こちら空中管制機ヤタガラス。全世界同時反撃作戦に加わる勇敢なる戦士たちに告ぐ。これより臨時に部隊編成を実施する。個別に管制官の指示に従え』
そこへ司令部の東城が無線を繋げる。
『日本時間午前五時過ぎ、国連安保理にて、中国とロシアがアメリカの核攻撃計画に対し拒否権を発動。この動きに北朝鮮やイランなどアメリカに敵対する国々が同調しています。先ほど、ジョーカー大統領直々の提案により全世界同時反撃作戦が追認されました。米軍、欧州連合軍が作戦展開空域に進入。中国人民解放軍、ロシア連邦軍、ブラジル軍、オーストラリア軍も攻撃準備完了。準備は抜かりありませんが、申し添えておきたいことが』
『?』
『米軍は作戦失敗の場合は核攻撃すると交換条件をちらつかせており、今立花内閣官房長官が交渉しています』
『ならば、なおさら負けるわけにはいきませんね』
荒垣は緊張した面持ちで画面を見つめる。
「円盤の動きはどうだ?」
「皇居前広場に滞空、掘削しています。動きはありません。今ならやれます!」
よし、と荒垣は拳を握りしめる。
『現在、日本標準時二月十一日午前六時。現時刻を以てヤタガラス作戦を発動する! ジョーカー大統領。お願いします』
『OK、プライムミニスターアラガキ』
国防総省地下管制室にてジョーカーが応じた。
『ヤタガラス作戦第一段階、開始!』
『米軍人工衛星より各地の円盤に『ロンギヌスの槍』が到達する! 全機回避!』
稲妻のごとく閃光が走り、シールドを貫通して光が円盤に突き刺さる!
天空より放たれたのは、人工衛星に搭載されたアメリカ合衆国の秘密兵器『ファルコンHTV』であった。弾体を宇宙空間から秒速数千メートルで撃つ。まさに神を倒すロンギヌスの槍だ。
光のカーテンが揺らぎ、霧消する。
『敵シールドの消失を確認! 作戦第二段階。円盤にミサイル攻撃せよ!』
『了解! 行くぞ、全世界一斉攻撃だ!』
発射! と口々にパイロットが唱え、F35戦闘機、F22戦闘機、F15戦闘機など多種多様な戦闘機が空対空ミサイルを放つ。
円盤は光線砲を撃ち、迎撃する。ミサイルは円盤に辿り着く前に次々と撃墜されるが、荒垣は毅然と指揮する。
『敵が迎撃してきた!』
『消耗戦だ! 円盤のエネルギーが尽きるまで吐かせ続けろ!』
朝焼けで橙色と瑠璃色に染まる幻想的な空の下、東京湾の海上自衛隊護衛艦が主砲を旋回させ、円盤に照準する。
『艦砲射撃開始! 同時に、米軍駆逐艦に巡航ミサイル攻撃を要請! 絶対に市街地と人質に当てるなよ!』
『任せてください!』
巡航ミサイルが吸い込まれるように突入し、円盤を爆炎が炙る。自衛隊の高い練度により、艦砲射撃の誤射はなく皆円盤に直撃する。日頃の血の滲むような猛訓練の賜物だ。
『命中! ……円盤、墜落しつつあり!』
『畳み掛けろ! 地対空ミサイル発射!』
弾道ミサイル迎撃で活躍するパトリオットミサイルだ。千代田区を取り囲むように布陣するトレーラーの荷台から乱れ撃つ。
金色の円盤が黒煙を噴き出しながら二重橋前に鎮座する。
『よし、第三段階、地上部隊投入!』
『了解! 重機部隊、前へ!』
陸上自衛隊施設科部隊と民間企業重機が千代田区に入り、瓦礫を排除しながら後続部隊の道を切り開く。警察、消防車両が続く。
『サルタヒコ各車! 火災発生エリアに放水開始! タケミカヅチ各車、作戦陣地に展開。以後全車救助活動を開始せよ!』
日本神話にあやかり命名された地上部隊だ。人々を救うべく奮闘する。
荒垣は祈った。円盤を撃墜しても、人質に万が一があれば意味がないのだから。
「荒垣大臣! 首相官邸から連絡です!」
荒垣は冷や汗をかき、無線機を取る。
しばしの沈黙ののち、彼は目を見開いた。
『……こちら空中管制機ヤタガラス。全部隊に告ぐ! 天皇皇后両陛下、内閣総理大臣、衆参正副議長、最高裁判所長官を含む要人全員の生存を確認! 繰り返す、生存を確認!』
『ペンタゴンと連絡がつきました! ロサンゼルス、北京で同様に円盤を撃破。残りの円盤は母船と共に撤退しているとのこと!』
喜びを態度で示す米軍関係者とは対照的に、日本政府関係者は静かにため息をついた。国民性の違いだろうか?
『こちら荒垣健内閣総理大臣臨時代理。物部泰三内閣総理大臣以下全閣僚の無事を宣言する。これにて臨時代理の職務を終える』
そう言い残し、荒垣は椅子に座り込んだ。体力精神力共に使い果たしたようだ。
機内の自衛官らが拍手を送った。
* *
皇居前広場では皆が円盤の前に集まっていた。
皇族も含め人質にされた全員が地球外生命体の影響下にあったため、中央特殊武器防護隊により身体を検査されていた。地球外からの有毒なウイルスや菌が持ち込まれてはならないのだ。建物も同様だ。検査を受けたため、ヤタガラス作戦から十数時間が経過している。
「べらぼうにでけえな、こいつは」
青梅が興味深そうに円盤を見上げる。
「荒垣大臣。本当にご苦労様でした」
「いえ。……非常事態とは言え、一連の責任は取りたいと思います」
物部は労うが、荒垣は封筒を渡す。
「私は責任を取り防衛大臣を辞職します」
物部は即座に辞表を破り捨てた。
「荒垣大臣。今辞任することこそ無責任と言うものですよ」
親子ほどに年の離れている先輩政治家に返す言葉もない。内閣総理大臣として恐るべき重圧を乗り越えて政権を築いた相手だ。
恐縮する荒垣に、作業服姿の女性が歩み寄る。
「大臣。そういう消極的なのは駄目ですよ。大臣は日本を、いや世界を一度救ってしまったんですから」
荒垣の尻が叩かれる。峯坂優衣の励ましに皆笑った。
「そういえば荒垣大臣。立花内閣官房長官代理は?」
「立花ですか? あいつは……」
* *
ソファーに腰を沈める駐日米国大使と在日米軍司令官に、立花は深々と頭を下げていた。
グアムに待機していた核兵器搭載爆撃機が離陸を取り止めた旨、部下から報告を受ける司令官の傍らで、大使はゆったりとソファーに背を預けた。
「タチバナ長官。今回は核の使用を取りやめる代わりに、ファルコンHTVを使わせてもらった。アメリカ合衆国の意向に日本国が逆らい、まして軍に注文をつけるなど本来はあり得ないことだ。プライムミニスターと懇意にしておられる大統領閣下に感謝するんだな」
「恐れ入ります。大使閣下。司令官」
米軍はあと一歩のところで核を使用しようとしていた。そこへヤタガラス作戦実行の時間を稼ぐべく裏で土下座外交に徹していたのが立花であった。一国の閣僚としての威厳を捨て頭を下げた彼は真の功労者なのだ。
絶対に日本に三度目の核など落とさせない。揺るぎない決意であった。
立花は着席すると、今度は攻めに転じる。
「……しかしながら大使閣下。我々は第二次世界大戦には負けましたが、貴国の下僕となった覚えはありません」
大使のこめかみが震えた。
「何だと」
「私には尊敬する人物がおりまして、GHQをして『従順ならざる唯一の日本人』と言わしめた男です。その名は……」
「……白洲次郎か?」
「仰る通り。私と同じく貿易を生業とする家系に生まれた政治家です。彼のことは……まあ、駐日米国大使には言うまでもないですな」
立花が身振り手振りでおどけてみせる。さらに言葉を紡ごうとしたところで、大使のスマートフォンが鳴った。
「失礼。……私だ。……これはこれは大統領閣下」
大使は立花にスマートフォンを貸す。
『ジョーカーだ。今回の日本国の奮闘に感謝する。おかげで世界は救われた。タチバナ長官。君のことも聞いているよ』
「ひとえに我が国を信頼してくださった大統領閣下のご英断の賜物です」
『正直、核攻撃中止が呼び掛けられ、ヤタガラス作戦が提案された時にはほっとしたんだ。世界各地を核攻撃した大統領とあっては末代まで恥だ。いやあ、あのマルヂネス長官を説得するのには苦労したよ』
大使と司令官は苦笑いした。
『タイゾウたちに伝えてもらいたい。今日こそが、地球外生命体のみならずアメリカ合衆国からの独立も果たした日本国の建国記念日であると……!』
* *
平成も間もなく終わる。
首相官邸一階記者会見場にはワインレッドの幕が引かれ、舞台には国務大臣と高官が着席する。会場には国民を代表する各界の著名人が着席していた。
SPに先導され、物部泰三内閣総理大臣が入場する。
『ただいまから政府による改元セレモニーを始めます。冒頭内閣総理大臣から演説がございます。それでは総理、お願いいたします』
演説は日本国のみならず海外にも中継されていた。
『国民の皆様。こんばんは。改元セレモニーにあたり、内閣総理大臣として皆様にご挨拶できることを無上の光栄とするものであります。私が子供の頃、政治家が語りかけるのは自国の国民と決まっていました。国家とは究極的には自国民のために存在するものであるからです。しかし大海原、サイバー空間、宇宙空間に活動の幅を広げた人類は、人がそうであるように、国家単独では生きられないことを痛感しました。そして二月十一日、全世界同時反撃作戦の勝利は、人類が国家、宗教、民族の違いを乗り越えて団結できることを証明しました。……皆様。今ここに、類い稀なる勇気をもって人類の未来を切り拓いた英雄がいます──荒垣健防衛大臣!』
荒垣が立ち上がり、一礼する。万雷の拍手が贈られた。
『古来より日本は他国の文化を受け入れ、吸収し、発展して参りました。そもそも日本人のルーツを辿れば、縄文人と渡来人の血が混じりあい、桓武天皇にも朝鮮王朝の血が流れています。日本は中国に律令を習い、欧米に憲政を習いました。この事例を特殊なものにしてはならない! 令和。Beautiful Harmony。元号であるならば中国の古典から選ぶべきでありましたが、我々はあえて万葉集から選びました。和。その言葉は日本を体現し、グローバル化した世界においても通用するものと考えます』
太陽が地球の稜線から浮かび上がり、海と大地を照らす。
『私は特定の宗教を信仰しているわけではありませんが、無神論者ではありません。己の内に高次元の存在を見いだし、規範とすることは人の健全な精神活動の現れであると信じているからです。昭和が国家神道の時代であり、平成が政教分離の時代であるとしたならば、令和は人々の内なる神の時代となるでしょう。先日日本国政府は有識者と共に吟味に吟味を重ねた新元号閣議決定書に署名しました。日本国憲法のもと、そこに特定の神の名はありません。新元号は内なる神との契約の箱となるでしょう』
日本全国津々浦々、老若男女が放送に聞き入っていた。
『現在、平成三十一年四月三十日午後十一時五十九分。間もなくです。もしその余裕があるならば、過去の犠牲に黙祷してください。去りゆく平成を偲び、皆が希望を繋げた令和に思いを馳せてください。令和が実りある輝かしき時代となることを願って──』
建国記念日 外山康平@紅蓮 @2677
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